影売り(再)
僕が出合った3匹の黒猫たちは、とても気まぐれ。
垣根の下をひょいひょいとくぐったり、
昼寝に最適な柔らかな膝の上(しかも小皿1杯分のミルクつきだよ)を提供してくれる女性宅にそろりと上がりこんだりする身軽さで、
時間だとか空間だとかを自由に往来しているんだ。
でも、余りにも頻繁に時と世界を飛び越え続けたものだから、
過去に居るんだか未来に居るんだか、ここに居るんだかリスボンに居るんだか、
自分でも訳がわからなくなってしまっている。
だから、僕には3匹のように見えたけれど、本当はみんな同じ猫なのかもしれない。
実際じゃれあいもつれあってるうちに、3匹は1つに溶け合ってしまうことだってあるんだ。
僕の目の前でね。
・・よく見てよ、あの鉤尻尾でぱたぱたとしきりに地表を叩いてる子・・、
彼女は、月の裏側に居座る虚無みたいな底なしの影を引き連れている。
きっと彼女はリスボンの港で潮風に鼻を鳴らしながら、
絵本でしか見たこと無いとろりと濃密な黄色い日差しの下を歩いていたに違いない。
自分の方が主役と言わんばかりの太い影を引き連れて、勇ましく闊歩しているものだから、
砂色のアスファルトだって古城に通じる石畳みたい見えてくる。
でも、いつかきっとその影と共に、
彼女はどこかへ行ったきり帰ってこなくなるんだ・・。
リスボンよりも遥か辺境、メキシコシティよりもずっと空の青い場所 ・・。
過去よりも哀切で、未来よりも不透明、今よりももっと予定調和なもう一つの時間の中に・・。
理屈ではなく運命。
そう決まっている。
カラスだって電線上で横になり欠伸している、
そんな何も起こるはずない嘘みたいに平凡な午後に。
そしたらその夜、僕は慌てて君に会いに行くんだろう。
君は七色に光るマッチの灯を、様々な角度で闇にかざし、
幾千の影とか陰を巧みに創りだし、僕のような者たちにそれを売ってくれるんだ。
だって君は僕が出会ったたった一人の、しかもかなり腕の良い「影売り」なんだから。
あの鉤尻尾を持つ彼女の・・、せめて影だけでも、もう一度僕に見せてよ。
2度と消え去らぬ漆黒の染みのような・・。
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