白朮のモチーフ考察[原神]
今回は白朮のモチーフ考察を行いました。
中国古代の医学書がメインモチーフ。
デザインは中国とインド(草の国)の要素が混ざったキャラです。
名前の由来と設定
白朮とは、キク科の植物で中国において唐代くらいから使われていた漢方薬の材料です。
彼は薬屋という設定に合うように、薬の名前をつけられました。
彼の相棒は白蛇の長生で、白蛇と薬屋という組み合わせを聞くと、
中国において〈白蛇伝〉という古くからある伝説を思い浮かべる方もそこそこいるのではないかと思います。※白蛇伝の紹介は🔗こちら
白蛇伝は日本のかぐや姫のように、昔から言い伝えられてきた物語で、蛇が薬屋に恋をして人間に化けたけれど、正体がバレてしまうという物語です。
その後は様々なパターンがあり、共に幸せになり薬屋を続けた話もあれば、蛇は封印されたという話もあります。
キャラデザインの段階で、薬屋と白蛇の組み合わせにする際に、白蛇伝を全く意識しなかったとは思えないので、モチーフの1つとして取り入れたと思います。
また、白朮の名刺にある「去風」とは、中国医学の言葉で、漢方薬を飲んで身体の不調を治療することを意味します。
日本語のセリフでは分かりにくいですが、名刺に書かれた「謹道成朮,長有摂生」(中国語版)は、
《黄帝内経・素問・生気通天論》の文をアレンジしています。元の文↓
謹道如法、長有天命
(道に謹むこと法の如くんば、長く天命を有たん。)
▶︎養生の法を謹んで守れば、天から与えられた寿命を長く全うできる。
黄帝内経
白朮のメインモチーフは、「黄帝内経」と呼ばれる中国最古の医学書です。
この医学書は陰陽論も取り入れられており、他の璃月キャラの考察の時にも出てきた易経とも結びついています。
道教とも縁深い医学書なので、モチーフにされたのだと思います。
鍼灸医学の始まりとなった書でもあります。(針を体に刺す治療です。)
○黄帝とは
中国古代の伝説の君主です。
『黄帝内経』は黄帝の著作として言い伝えられています。
白朮は腕当てをしています。
防御目的で使われることが多い装飾品ですが、恐らく白朮のデザインにおいては腕当てをしていることよりも、その模様がキーポイントとなっているのだと思います。
黄帝内経は鍼灸について書かれたものです。
鍼灸師は治療に針を使います。
この腕当ての模様は、黄帝内経にまったく同じ形で描かれている、鍼灸の針です。
PVにて一撃で相手を仕留められていたのは、急所を知る鍼灸師だからかもしれません。鍼灸師としての力に、道士としての技も兼ね備えているように見えます。
しかもPVで作っているのは丹薬だそう。丹薬は漢方薬と道士の薬の両方を合わせ持つ言葉です。
PVに遵生合和と書かれていましたが、これは中国の医学書(養生に関する書)《遵生八箋》から来ているようです。
天賦
○金匱鍼解
《黄帝内経・素問・金匱真言論》から連れてきている名前だと思います。
金匱真言論では四季の病がどのようにやってくるかが書かれています。
それを鍼解する(針で治す)ということだと思います。
○太素診要
現代では欠落してしまっているのですが、黄帝内経の太素という巻のことだと思います。非常に長いし多岐にわたる内容なので説明不可です。
陰陽、内臓、病と気の話などをしてます。
診要は黄帝内経の素問の中にある診要経終論のことです。診察において重要なことについて書かれています。
ちなみに道教において太素とは、万物が生まれる原始的なもの、つまりギリシャ哲学で言うところの「万物の根源」みたいなもののことです。
○癒気全形論
気を癒す全形論
全形論は命の星座の1凸説明でも述べますが、黄帝内経の宝命全形論のことだと思います。
人と天地陰陽の関係について書いてあります。
○五運終天
黄帝内経の天元紀大論に五運に関する文があります。五運とは、万物を生じさせる木火土金水(五行)が、運行する(動き、万物を生成・消滅させる)こと。
終天とは世界の終わりのことなので、世界の終わりまで五行が動き続けるという意味だと推測できます。
○地に在りて形を成す
黄帝内経を読んでいる時に何度か見かけました。何ヶ所かにこの記載に近いものがあります。
①例
その天に在りては玄となり、
人に在りては道となり、
地に在りては化となす。
②例
味は形に帰し、形は気に帰し、気は精に帰し、精は化に帰す。
精は気に食(やしな)われ、形は味に食われ、化は生を生じ、気は形を生ず。
黄帝内経全体的にこの考えがあります。
○草木の滋養(味草之滋)
普通に白朮が草木から生み出すものに滋養があるという話だと思います。黄帝内経でも味の話はありますが…。
命の星座
命の星座は懸壺座。
後漢書によれば懸壺とは、医術を実践し薬を売ることを表します。
この単語は、費長房(ひちょうぼう)という後漢の方士(道士)と結びついています。
壺公と呼ばれる、道教の術に長けたおじいさんが、壺(瓢箪)に入り込むところを見かけたので、費長房もお願いしてその壺の中に入れてもらいました。
そしてその後壺公に感銘を受けて、自分も仙道を学びたいと思い、壺公に弟子入りします。
仙道は申鶴考察の時に出てきた内丹術と繋がりますが、そこに触れていると長くなるので割愛します。
簡単に言うと、不老不死になる修行です。
この後、費長房は方士(道士)となり、人々を疫病から救います。
この伝説により、中国において薬屋に瓢箪を吊るす文化が根付きました。
(ちなみに白朮が薬屋というだけではなく、道士でもある伏線として、七七を仙術でキョンシーにしています)
具体的に凸の名前を見ていきましょう。
1至微呻吟
《黄帝内経・素問・宝命全形論》 より連れてきた文です。
呿吟至微、秋毫在目。
(呿吟、至微にして、秋毫の目に在り。)
▶︎些細な変化から人間の不調に気づき、洞察せよという話です。
この文は天地の陰陽と人間の体は関係しているのだという話の中に書かれています。
2脈絡明哲
《黄帝内経・素問・脈要精微論》より。分かりにくいですが間接的に連れてきた文のようです。
切脉動静、而視精明。
(脉の動静を切し、而して精明を視る。)
▶︎陰の気が動かず、陽の気も消えていない、脈に影響を及ぼす事象も少ない時間帯なので、脈を見るのは明け方にせよ…という文ですね。
3八正之気
《黄帝内経・素問・八正神明論》より。
凡刺之法、必候日月星辰四時八正之気、気定乃刺之。
(凡そ刺の法、必ず日月星辰、四時八正の気を候い、気定まりて乃ちこれを刺す。)
▶︎鍼(針の治療)は、日月・星辰(星の運行)・四時(季節)・八正の気を考慮して行う必要があるという文。
4古法故視
《黄帝内経・霊枢・官能》
法於往古、験於来今、観於窈冥、通於無窮。
(往古に法り、来今に験し、窈冥を観れば、無窮に通ぜん。)
▶︎古代の法則にのっとって、今日の経験と照らしあわせ、些細な変化もしっかり観れば、極めた道に辿り着くだろう…といういう文。
訳すの難しくて頭爆発しそうでした…。
5盈虚蔵象
《黄帝内経・素問・六節臓象論》
黄帝内経・六節臓象論の複数の場所で虚と蔵象の話をしているので、具体的にどの文から引用したか分かりませんが…。
蔵象(臓象)は内臓にあらわれる現象のこと。
盈虚は気が満ちたり、失われたりすること。
この気は陰陽の陽の気とか陰の気の考えと繋がっています。
気が満ちたり、失われたりする現象が内臓に見られることを意味しているのだと思います。
6真邪離合
《黄帝内経・素問・離合真邪論》
こちらも一文というより、論全体を意味している名前だと思います。
3凸で気を考慮して針を刺すという話がありましたが、こうするためにはどうしたらいいのだ?という黄帝の問いかけから始まります。
岐伯という人がずっと黄帝に陰陽の気と人間の体の関係性を教えているのが黄帝内経です。
邪気を追い払うためには気が虚(無い)ときに行うのではなく、邪気がやって来た時に針を刺すべきだと岐伯は答えます↓
1凸 患者の些細な変化を察し、病に気づく。
2凸 患者の状況を知るために脈をはかるが、陰の気が動かず、陽の気も消えていない、脈に影響を及ぼす事象も少ない朝方にする。
3凸 鍼(針の治療)は、日月・星辰・四時・八正の気を考慮して行う。
4凸 古の法則と今の現象を照らし合わせて治療を行う。
5凸 気の変化が内臓にあらわれる。
6凸 気が虚のときに行うのではなく、邪気がやって来た時に針を刺す。
今までの流れから、患者の病の原因を探る1凸の話から、少しずつ発展して針を刺す段階に至るのが6凸だと考えることが出来ると思います。
衣装
グリーンターラ
具体的に特定することは難しいのですが、白朮のゆったりとしたズボン、ピッタリとした服という組み合わせは、インドの観音様由来だと考えられます。全体的に仏教(特にインド)にありがちな衣装の特徴を持っています。
特に上半身の部分は敦煌の千佛洞で見つかった菩薩様の服装を参考に連れてきているようです。(この菩薩様はグリーンターラに結びつけられています。)
観音菩薩を草元素の神・ナヒーダがモチーフとしていますが、この観音菩薩の涙から生まれたのがグリーンターラです。
白朮もここをモチーフとしている可能性があり、だからこそ草元素キャラなのかもしれません。
ナヒーダもそうですが、菩薩モチーフキャラは菩薩様の影響を受けて〈他者を苦悩から救うこと〉や〈自身が苦悩を背負い、献身的になること〉を課せられていることが多いです。
白朮の献身はまるで菩薩様のようなので、尚更繋がっているように思えます。
また、白朮の左手には仏教で念仏の回数を数えるために使う数珠がついています。
これは道教でも使われていましたが、主に仏教の影響が強いです。
右手は仏教や様々な宗教(道教も含む)の修行者が付けていた手甲。
この指とつなげた手甲はアジアによくあるため、スメール、璃月、稲妻キャラがよくしています。
ガチャの名前の意味
現在復刻されていますが、白朮のガチャの名前は「心珠循琅」です。
これは二重の意味が込められていると思います。
①《黄帝内経・素問・平人気象論》の1文
夫平心脉来、累累如連珠、如循琅玕。
(夫れ平なる心脉の来たるは、累累として連なる珠の如し、琅玕を循るが如し。)
▶︎正常な心脈は、珠がころころと繋がり流れるような…もしくは、琅玕(翡翠の玉)を撫で回すようなものだ。
ここを4字繋げたのですが、切り抜いて繋げただけなら意味として成り立ちません。
恐らくダブルミーニングとなっています。それが以下の部分。
②心珠とは仏教の用語で、清らかな仏性を備えた美しい珠のような心を意味します。
循琅というのは、一つの言葉ではなく、上の黄帝内経から取ってこられたように、循と琅で考えるべき言葉だと思います。
循は循環、
琅は翡翠のような石(珠)。
白朮は翡翠のような色合いをしていることや、仏教モチーフであることから、
翡翠のように美しく仏性を備えた珠=白朮ということだと思います。
また、
循環するという言葉は、左腕の翡翠のような玉の数珠と関係していると思います。
先述した通り、数珠は念仏を唱える際に、一つ一つの玉を触り回して(循環して)いきます。
それを表現しているのだと思います。
つまり、黄帝内経の脈の要素と、
キャラデザインの数珠の要素が合わさった言葉だと捉えられます。
モチーフ武器
モチーフ武器は碧落の瓏
これは翡翠で出来た祭器です。
鍾離もそうですが、古代中国の神に祈る祭器と言えば、翡翠でした。(特に緑の翡翠)
この碧落の瓏は美玉に関するストーリーとなっていますが、中国で玉(ぎょく)はまず最初に翡翠を指します。
またこの武器には定土玉圭とも書かれているのですが、これも中国古代に使われていた翡翠の儀礼用の祭器を意味します。
詳しくは鍾離の考察の方をご覧下さい。
玉佩
他の国のキャラが腰にキーホルダーのように神の目をつけているのと、璃月キャラクターが腰に神の目や玉を付けているのとでは意味合いが変わってくると思います。
中国古代の歴史ドラマを見ていると、よく腰に玉佩(ぎょくはい)と呼ばれるものをつけていることがあります。
そしてあるあるなのが、その牌を大切にとっておいたお陰で、主人公の身分が保証されて元の家に戻れたり、色んな場所に行けたりするパターン。
歴史ドラマのお決まりパターンです。毎度毎度出てきます。
玉佩は1種のお守りでもあり、身分を保証するものでもありました。
色んな形があります。
礼服には玉佩をつけるのが定番です。
ちなみに白朮がつけている玉(ぎょく)は翡翠です。
(玉と聞くと丸いイメージがあるかもしれませんが、別に丸くなくても貴重な鉱石を玉と呼びます。)
鍾離や申鶴の考察の時にも触れましたが、翡翠は中国においてとても愛された玉です。
玉佩は翡翠で作られることがほとんどでした。白朮の玉佩のように下に組紐をつけるのが定番です。
その他
後ろに背負っている服は清代の皇帝の服に見えます。
また、髪型も剃られていませんが三つ編みのようにする所は清代あるあるでした。
しかし私としてはちょっと他のモチーフと一致していないので、この2つは保留にしています。
(璃月自体が明清期をモチーフとしていることを踏まえると、おかしくはないのですが…)
平らな靴は錦履と呼ばれるものだと思います。
古代から存在している中国の靴です。つま先が弓なりに曲がったものもありますが、元々は曲がっていませんでした。
白朮を知る3には、
「もし病あり、来たりて救いを求むる者あれば、その貴賎貧富を問うべからず。また、後先に悩まず、得失を考えず、他者の悩みを、己の悩みと見るべし。さすれば、蒼生の良医となれよう。」という文があります。
これは、唐代の孫思邈(そんしばく)という医者かつ道士だった人が書いた『千金翼方』の中の文を利用したアレンジバージョンの言葉です。
孫思邈は、大医は貴賎も他のどんなことも関係なくみる人であるべきと言いました。
このように白朮はどちらかというと、唐もしくはそれ以前の古代中国のモチーフが多いです。
まとめ
考察がかなり大変なキャラでした。
黄帝内経の文がとてつもなく長く、とんでもない量に目が回りそうでした。
ただ医術と道教や陰陽論の結びつきなど、調べるほど奥深いと感じる点が多数ありました。
これからも多くの方に白朮が愛されますように。
※今回の考察はXにて先行公開していたものです。普段モチーフ考察はXにて投稿していますが、これからnoteにもまとめていこうと思います。(HanaのXアカウント)