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石垣島の住民投票を求める裁判、ここだけは押さえてほしい点、ここだけは理解してほしい点


 未だ多くの方が良くわかっていなかったり、誤解していたりする石垣島への陸上自衛隊配備計画の賛否を問う住民投票の裁判。その裁判の控訴審が1月20日から福岡高等裁判所那覇支部ではじまる。住民投票の義務付けを求める裁判は全国でもはじめてであるが、県紙も含め報道が少なく、また誤った理解を前提とした報道もあったためか、この問題について正確に理解されていないと感じることが多くある。
 そこで、これまでの経緯を簡単に説明するとともに控訴審を前にここだけは押さえてほしい点、ここだけは理解してほしい点をなるべく簡潔にわかりやすく書きたいと思う。民主主義は、多くの市民が関心を持ち、問題を共有することがとても大事だ。石垣市長が住民投票を実施しないという理由がいかに間違っており、違憲・違法であるかという点をぜひ押さえてほしい。

1.これまでの経緯の簡単な説明
 2015年6月、防衛省沖縄防衛局は中山義隆石垣市長に「陸上自衛隊配備候補地選定の現地調査に入る」ことを伝達、調査結果を受け、同年11月、若宮健嗣防衛副大臣が中山市長を市役所に訪ね、於茂登岳のふもとに位置する石垣市平得大俣地域を候補地とすること、警備部隊と地対空・地対艦のミサイル部隊で500-600人規模になることなどを説明し、計画内容を初めて明らかにした。
 2016年3月には石垣島から西に約127キロ離れた与那国島に160人規模の沿岸監視隊が配備された。石垣島の陸自は、与那国島を後方支援する最前線の実力部隊との位置づけという。
 2016年12月、中山市長は「手続きを進めないと詳細が分からない」として、配備に向けた諸手続きの開始を了承する。しかしその後も市長は、「受け入れ表明ではない。受け入れ可否の最終判断は適切な時期に行う」、「賛成、反対双方の意見を聞いて総合的に判断する」との発言に終始する。陸自配備の是非が最大の争点となった2018年3月の市長選でも、中山市長は陸自配備問題には一切触れず争点化を避け、報道機関の質問には前述の内容を繰り返していたという。そして2018年7月、中山市長は正式な受け入れ表明を行った。

 配備予定地4地区の自治会も加わる「石垣島に軍事基地をつくらせない市民連絡会」からは「言葉のまやかし」、「やり方が姑息」等、配備を認めている市民からも「やり方が気にくわない」等の声が上がった。そして何より、2018年10月1日施行の改正県環境影響評価条例(県アセス条例)が適用されると配備計画に大幅な遅れが出るので、これを免れるために2019年3月31日以前に実施した事業について適用されないという経過措置に間に合うように急いだことが批判されている(詳細は八重山毎日新聞記者比嘉盛友https://okiron.net/archives/734等を参照されたい)。

 このような状況のなか、2018年10月13日、石垣市住民投票を求める会(金城龍太郎代表)(以下単に「会」という。)が発足した。会は農業青年が代表となり、各世代がそれを支え、同年10月31日から1か月間で石垣市自治基本条例28条1項が定める住民投票請求の要件である有権者の4分の1(25%)を優に超える実に3分の1以上(37%)の1万4263筆という数の石垣市民の有効署名を集め、2018年12月20日、市長に対し、住民投票条例制定請求を行った。
 しかし、市長は、会が集めた署名は地方自治法74条1項の条例制定のための直接請求の方式で、市議会が2019年2月1日その条例制定請求を否決(10対10の可否同数となったが、平良秀之議長の裁決で否決)したので、会の求めた請求は効力を失ったとして住民投票を実施しようとしない。

 そこで2019年9月19日、請求代表者や受任者である沖縄県石垣市の市民が那覇地方裁判所に「石垣市平得大俣地域への陸上自衛隊配備計画の賛否を問う住民投票実施義務付け請求訴訟」を提起したが、2020年8月27日に却下判決が言い渡された。原告らは福岡高等裁判所那覇支部に控訴し、2021年1月20日に控訴審の第一回目口頭弁論が指定された。


2.ここだけは押さえてほしい点、ここだけは理解してほしい点
 一審判決翌日の琉球新報の識者談話で長野県立大の野口氏が「市自治基本条例に基づき住民投票を請求する際の手続きが定められていなかったことが訴訟が却下された理由だ」と述べるなど、未だに多くの方が誤解をしている。判決は、「住民投票を請求する際の手続きが定められていない」ことは一切指摘していない。そして、以下のとおり、石垣市自治基本条例逐条解説では、自治基本条例現行28条(「以下単に「自治基本条例28条」という。」註1)の住民投票の請求方法は、地方自治法74条が定める請求の方式で行うとはっきり明示されているのである。
 したがって、石垣市の場合、住民投票を求める際の請求方法は、一つなのであり、冒頭のチャート図にあるように、例えば豊中市のように、「地方自治法74条の方式」と「条例に基づく方式」という入口が二つあるのではなく、石垣市の場合は、そもそも「入口が一つ」なのである。

石垣市自治基本条例 第28条
「【第1項】市民のうち本市において選挙権を有する者は、市政に係る重要事項について、その総数の4分の1以上の者の連署をもって、その代表者から市長に対して住民投票の実施を請求することができる。」
「【第4項】市長は、第1項の規定による請求があったときは、所定の手続を経て、住民投票を実施しなければならない。」
地方自治法 第74条
「普通地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する者は、政令で定めるところにより、その総数の50分の1以上の者の連署をもつて、その代表者から、普通地方公共団体の長に対し、条例の制定又は改廃の請求をすることができる。」

 石垣市の自治基本条例は2010年(平成22年)4月1日に施行されたが、石垣市側が石垣市自治基本条例をわかりやすく市民に説明するために作成された「逐条解説」という解説書には、住民からの住民投票請求手続きに関する自治基本条例28条1項及び4項について


石垣市自治基本条例「逐条解説」第28条(註1)
「住民投票に関する住民からの請求手続き、議員及び市長の発議について定めたものです。」
「第1項は、本市に選挙権のある者(有権者)が、地方自治法第74条(住民の条例制定改廃請求権)に基づくものの1つとして、『○○の住民投票条例』の制定について請求できることを定めています。市民はその代表者が市から認定を受け、1か月以内に市内の有権者の4分の1の連署を集め、市長に提出します。請求を受けた市長は、先ず選挙管理委員会により連署内容の有効無効の審査を経て、有効の場合、議会に付議するとともに、付議するにあたって意見を付することができます。」
「第4項は、第1項の規定による市民からの請求を拒むことができず、その請求があった場合は、所定の手続きを経て、住民投票を実施しなければならないことを定めています。」

と解説しているとおり、自治基本条例28条1項の住民投票の請求方法は、地方自治法74条の直接請求の方式で行うことが予定されているのである。
したがって、会が行った地方自治法74条の直接請求の方式で行った住民投票の直接請求は自治基本条例28条のその方式及び要件を満たしており、市長は、同条4項に基づき住民投票を実施しなければならない義務があるのである。

3.「所定の手続き」とは
 市側は当初、会が集めた署名は地方自治法74条1項の方式だったので、議会の否決により効力は失ったと説明していた。しかし、訴訟においては「逐条解説」記載の事実を認め、予備的に同条4項の「所定の手続き」とは「議会の可決」であるとその主張の力点を変えている。
 しかし、「所定の手続き」とは、住民投票を実施するために「投票日を決めたり、その告示をしたり、選挙人名簿の調製を行うこと」であることであるのは明らかである。
 なぜならば、市側のいう「所定の手続き」は「議会の可決」という主張によると、もはや自治基本条例でわざわざ4分の1という高いハードルを掲げ、その要件を満たした場合には、市長に住民投票の実施義務を課した意味がなくなることとなり、憲法94条や地方自治法14条1項に反することになるからである。以下、説明する。
 憲法94条(地方自治体の条例制定権)は「法律の範囲内」で、また、地方自治法14条1項は「法律に違反しない限りにおいて」として地方自治体は条例を制定することが可能であると定めている。
 そして、法令に違反する条例とは通説・判例では、

ア 憲法の人権保障や公共の福祉に反する事項、イ 国の法令に明らかに反する事項、ウ 法令の趣旨、目的に反する事項、エ その規制について国のみが規制できるとされている事項

とされている。
 これを踏まえ、石垣市が、「①石垣市自治基本条例28条1項で住民投票の請求は、地方自治法74条の条例制定請求の方式にします。」と定めることも、「②石垣市自治基本条例28条4項で1項の要件を満たした請求があった場合、議会が否決したとしても市長はその実施義務がある。」と定めることもなんら上記ア~オに反せず、可能であることは明らかである。
 なお、要件を満たした請求があった場合には、議会に付議することは不要だと定めることも可能である。しかし石垣市の場合は、一旦は議会に付議することを前提としている(註2)。
 一方で、市長が「市議会が否決したので会の求めた請求は、効力は失った」と主張することは憲法94条及び地方自治法14条1項に反して許されない。なぜならば市側が、自治基本条例28条4項の「所定の手続き」を、「議会の可決」であると主張することは、同条1項で、地方自治法74条の署名の要件である「50分の1」から「4分の1」とハードルを上げ、さらに「議会の可決」が必要というものであり、このような解釈は地上自治法74条で認められた住民の権利を著しく制限するものとして、上記アイウいずれかに該当することになり許されないからである。
 以上のとおり、市側の解釈は、憲法94条及び地方自治法14条1項が保障する地方自治体の条例制定権を悪用し、憲法および地方自治法で保障された地方自治体の自治権及び住民の権利を著しく制限するものとしてあり得ない。

4.「所定の手続き」は事前に定める必要がない
 住民投票については一般的に地方自治法74条1項で〇〇の住民投票の「条例」制定を求める「個別未定型」と、別途条例による「住民投票請求」の方式定め、例えば有権者の4分の1の要件を満たした署名を集めた場合は、議会に付議することなく実施が義務付けられている「常設必至型」だけが考えられがちであるが、石垣市の住民投票条例を考察すれば、これは「個別必至型」という類型ということができる。これは、冒頭のチャート図をみればわかるように、常設型と違い、署名数の要件(例えば4分の1)を満たすことが出来なかった場合でも、50分の1以上の署名があれば地方自治法74条の通常の手続きとして議会で審議が可能となることや、個々の住民投票のテーマや性質ごとに投票資格者を外国人や未成年者にも広げたりすることが可能となるもので、上述した憲法94条の地方自治体の条例制定権を理解できれば、一般的な「個別未定型」と「常設必至型」に拘泥されず、このような「個別必至型」の条例の定めが法的にも十分に可能であるということが理解できるかと思う。
 したがって、市長は、同条4項に基づき速やかに投票日を決め、その告示、そして選挙人名簿の調製を行い、住民投票を実施すべき義務がある。これこそが「所定の手続き」であり、これらは事前に定めるのではなく、自治基本条例42条3項に基づき「本件」住民投票における実施のための個別規則を定めればよいものである。

石垣市自治基本条例「逐条解説」第42条第3項
「この条例の第7章から第16章に定める施策の推進に関して、必要な事項は別で定める。」
*自治基本条例28条の市民からの住民投票の請求及び市長の義務は第8章に記載がある。

5.さいごに
 一審である那覇地方裁判所では、却下判決がなされたが、判決は、市長に住民投票実施義務があるか否かには一切踏み込んでいない。却下理由である「処分性」について1月20日から始まる控訴審において争っていく予定である。ぜひ注目し、多くの方に関心をもってほしい。
 


註1 2016年3月7日の自治基本条例改正により、男女共同参画の推進を定めた条文が第25条として追加されたため、住民投票条項27条はその内容のまま28条へと繰り下げられた。したがって条例制定の際のパブリックコメント用の逐条解説の住民投票条項は、27条として解説しているが、この本文では混乱を招かないように28条と記載している。

註2 つまり、石垣市自治基本条例に基づく住民投票は、議会の条例制定における審議と住民投票による意見という双方を可視化させることを想定しているものともいえる。メリットとしては、間接民主主義と直接民主主義の双方の意見が聞けるということがあげられるが、これが市民にとってわかりやすいのかという問題は確かにある。しかしながら、これは今後より望ましい住民投票の設計とはという問題であり、本件裁判とはまた別の問題である。現行条例の解釈上、議会が否決したとしても、市長には住民投票を実施すべき義務があるということにはまったく変わりはない。

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