尺骨神経
神経症状全般に言えることですが、痺れや感覚障害、筋力低下の所見が思っているように出ないことがあるかと思います
絞扼部位と症状を解剖学的に見ていきましょう
外傷やガングリオン以外で尺骨神経絞扼を引き起こす好発部位を5つ紹介します
尺骨神経の解剖学
小指と環指小指側1/2の感覚を支配します
C8、Th1の前枝が合流して下神経幹を形成
尺骨神経はその下神経幹の前部が内側神経束となりそこから分岐したものである
尺骨神経溝で容易に触知できます
尺骨神経は大きく本幹筋枝、浅枝筋枝、深枝筋枝に分けられます(下図)
本幹筋枝(前腕部)
支配:尺側手根屈筋、深指屈筋尺側
下図では手背枝を分岐する前の部分
前腕下部で手背枝を出し、その後背側指神経となる
浅枝筋枝(短掌筋に枝を出した後は固有掌側指神経という感覚神経繊維になる)
支配:短掌筋
深枝筋枝(枝を出す順に表記)
支配:小指外転筋、短小指屈筋、小指対立筋、3.4虫様筋、掌側、背側骨間筋、母指内転筋、短母指屈筋(深頭)
尺骨神経の走行、5つの絞扼部位
① ストルーザーズアーケード(下図A)
三頭筋の表層で膜性のトンネルを通る
70%の人に存在すると言われる腱様の軟部組織
エコーでもはっきり膜性には見にくい
②内側上腕筋間中隔(メディアルインターナルセプタム)
内側上腕筋間中隔は烏口腕筋の停止部から内側上顆まで伸びている構造です
前側に上腕筋、後側には上腕三頭筋があり、やや後方に入り込むイメージ(上図B)
③肘部管
肘部管は内側上顆の後方から尺側手根屈筋腱(腱膜)の領域
肘部管症候群は特に尺側手根屈筋の腱膜における絞扼が好発します
尺側手根屈筋の上腕頭と尺骨頭で覆われた部位(下図)
④オズボーンバンド
前腕近位1/2までは尺側手根屈筋内を貫通
以降は浅、深指屈筋と尺側手根屈筋の筋間を通過
⑤ギヨン管
豆状骨と有鈎骨の間のトンネル構造をギヨン管(尺骨神経管)と言います
後壁は豆中手靭帯、前壁は掌側尺骨手根靭帯でトンネルを形成する
尺骨神経と尺骨動脈が走行しています。
ギヨン管の手前で背側枝に分かれ(感覚枝)、
ギヨン管通過後は深枝と浅枝に分かれる
小指側を浅枝が走行
そのため、ギヨン管における絞扼は浅枝または深枝の障害が起こります
有鈎骨鈎の骨折(ゴルファーに比較的多い)の後、ギヨン管周辺軟部組織の線維化により、尺骨神経の絞扼障害が起こることがあります
またサイクリストパルシーといって、サイクリングする人がギヨン管を圧迫してしまうことがあります
他にも
腋窩部(烏口腕筋の内側、腋窩動脈の外側、広背筋の表面)や
前腕遠位(筋膜孔)での絞扼などもあります
特に腋窩部は松葉杖での圧迫などがあるため注意が必要です
評価、治療
視診
支配筋の萎縮
ティネル徴候
神経圧迫部位を叩くとその神経領域に放散痛が出現
フローマン徴候
尺骨神経深枝支配筋である母指内転筋が麻痺していることにより、長母指屈筋が代償する現象
鷲手
手内在筋萎縮によって、MP関節伸展、IP関節屈曲した状態
虫様筋の示指、中指は正中神経なので、純粋な鷲手にはならずかぎ爪変形とも言われる(下図)
尺骨神経伸張テスト
頬に手を当てる姿勢がオペラグラスに似ていることから
オペラグラステストとも呼ばれます(下図)
首を反対側へ側屈するとより伸張されます
代償として肩の挙上が入ると外転が不足し腋窩のテンションが下がるため注意が必要です
サムネイルにもあるように、投球動作でもこの姿勢になるため評価は必須です
神経自体に1cm以上の伸張を要求されます
感覚
今ではどこにでもあるアルコールを皮膚に塗り、風をあてて温度覚を確認する
筋力(MMT)
時間をかけずに評価するために現場では下記の筋力評価をよく目にします
尺側手根屈筋(本幹筋枝)
起始:上腕骨内側上顆、尺骨肘頭
停止:豆状骨、有鈎骨、第5中手骨底
掌屈、尺屈の筋力を評価
内側上顆と肘頭周囲で収縮を触知します
小指対立筋(深枝)
起始:有鈎骨
停止:5中手骨
抵抗も中手骨に加えた方が正確
以上が主な評価になります
痺れの領域、伸張ストレスで増悪、感覚鈍麻の部位、筋力低下が一致すれば尺骨神経障害と判断します
そこからどの筋力が低下もしくは萎縮しているのかで細かく絞扼部位を特定しましょう
痺れが肩外転で出るなら腋窩部、肘屈曲で出るなら肘部管、それぞれで出なかったらギヨン管とざっくりとした評価でも良いでしょう
例えば・・・
手背に感覚障害があるのにも関わらず、筋力低下がない場合はギヨン管手前で分岐した手背枝のみの障害を疑います
上記の尺骨神経の走行や支配筋の筋力を照らし合わせて敵を見つけていきましょう
肘屈曲に伴い内側側副靱帯の後方繊維が伸張されるため、尺骨神経を表面に押し出します
何かしらの原因で内側上顆を乗り越えて脱臼する人がいるそうですが、摩擦で悪影響だという報告もあれば、うまく圧を逃がしているとも言えるそうです
その点は研究により一致した初見は得られません
治療として神経腫などがなければ、神経滑走を促したり、周囲筋をリリースしたりすることは効果的でしょう
ドクターと相談してハイドロリリースを行うことも有効です
ただ闇雲に行うのではなく上記の解剖を理解してアプローチする対象を決めましょう
〜以上、月末理学療法士/そう でした〜
こちらのコンテンツは「巨人の肩の上」という言葉があるように、文献などを参考に臨床経験(失敗体験も含む)も交えて発信しています
またメディカルに完璧な正解がないことをひしひしと感じます
そのため、あくまでも自身の治療の〝引き出しの一つ〟にして頂けると幸いです
参考文献、書籍
Donald A.Neumann(原著者)PaulD.Andrew 有馬慶美 日高正巳(監訳者)筋骨格系のキネシオロジー2018
Ricard L.Drake etc(編集)グレイ解剖学2007
野村嶬(編集)標準理学療法学・作業療法学 解剖学 第4版2015