【小説】孤独の住宅建築家_02
□まえがき□
<プロフィール欄>
栂池京信:アトリエ・ツガイケ一級建築士事務所 主宰
都内を中心に個人住宅や集合住宅の設計監理をおこなう。
男性/43歳/独身(離婚歴?)その他プライベートは不明。
※もちろん、架空の人物である。
その他、登場する人物、計画、建築、組織、全て架空のものであります。
□1□
「栂池先生。ひとつ、螺旋階段を計画していただけないでしょうか。」
朝一番。唐突な電話は、不動産管理会社カレッドの糸屋くんからであった。
「SANS_Vilaの103号の部屋です。メゾネットの吹抜け部分にです。」
SANS_Vilaは、私が設計監理して3年前に竣工したRC打放しの集合住宅だ。都内の高台190m2(57坪)程の敷地に6戸のメゾネット住居から成立する。
コンセプトはSOHO(Small Office & Home Office)職住一体型住居群だ。
計画の相談を受けたのは、いまから5年ほど前であった。
木下田信恵さん、という女性からの依頼。父親から受継いだ土地の有効活用である。すでに高齢の信恵さんから、息子さん達への相続のことも考えての依頼であった。私は、将来のライフスタイルの変化にも対応した賃貸集合住宅を提案、次の世代に受け継いでいける計画を実現させた。現在はすでに、長男の光輝氏が管理されている。
カレッドは、その各部屋のテナント仲介と管理を専任でおこなっている。
「その螺旋階段ってゆうのは、オーナーの木下田さんの要望なのかい?」
「いえ、新しいテナントの株式会社 S_NETZ・曽根谷研社長のご希望です。
費用は‥もちろん栂池先生のフィーも含め、S_NETZで払うそうです。」
「それでもさ。
将来退去するときには、設置する螺旋階段は残していく旨をオーナー
とテナントさんとの間でキチンと『覚書』交わしておいてもらってね。」
「心得ております。木下田さまにも栂池先生にも、ご安心ください。」
「まあ、それで木下田さんが承諾なら、協力はやぶさかではなけど。」
株式会社 S_NETZは、社員3~4名の小さなITベンチャー企業だそうだ。
SANS_Vilaの103号の部屋面積は延で約15坪の広さである。
1階の事務所部分は約9坪、2階は約6坪。ちょうどいい広さなのだろう。
「ただ、そもそも1階~2階を繋ぐ階段は室内にすでにあるでしょう。」「2階まで吹抜けている1階打合せスペースを魅力的にしたいそうです。
設計された栂池先生のデザインで。建物を気にいられたのでしょう。」
「そ、そりゃまた嬉しいねぇ。照れちゃうな。」
S_NETZ・曽根谷社長はSANS_Vilaを愛してくれるテナントさんのようだ。
オーナーにとって、建築家にとって、冥利に尽きる嬉しい出会いである。
スマホをきり、すぐにスケッチに取りかかった。
‥ただ、螺旋階段はどーもなぁ。階段下のスペースが使えなくなる。
設置工事のさいの搬入のこともクリアできるディテールも必要か‥。
それでもランチを挟み、4時間ほどでスケッチは出来上がった。
PDFに落とし込み、馴染みの2人にCCメールを送る。
ひとりは、平林構造事務所の平林顕宗先生。
構造計算上の積載荷重に螺旋階段は耐えうるのか。念の為のチェックだ。もうひとりは、鉄骨金物製作の ミツカメ工業の光森剛健社長。
階段製作と設置、見積を直接依頼する。ディテールも確認してもらおう。
この工事は、元請の麻倉工務店を通すより、直接発注がスマートだろう。
作業を終え、足を伸ばしてコーヒーを燻らせているとインターホンが鳴る。
「 ちー。っす! 」
秋元皇太郎くんが、約束の時刻から15分遅れでやってきた。
□2□
秋元皇太郎。独立して3年あまりの若手建築家だ。
主に個人住宅の改修や、店舗設計が得意だという。
「お、イケてんじゃないっスか。この螺旋階段のディテール。」
「塗装工事がいらないよう、溶融亜鉛メッキのドブ漬けの鋼板にしたよ。
今の建物内に設置するんで、工場じゃなく現場で組立てでなきゃダメだ。
溶接作業は部屋の中に火花が散るからN.G.だ。踏板は支柱にポルト接合。
このディテール、光森さんなら出来るって言ってくれんじゃないかな‥。
それよか『Mプロジェクト』の現場のほうは、どうなんだい?」
「基礎配筋完了!麻倉さんトコの本橋監督に、ホント助けられてますよ。」
『Mプロジェクト』は
そもそもは、建築家紹介サイト・KURASU_03 から紹介の計画案件だった。
なんと昭和の大建築家・西館又蔵設計のアパートの建替計画であった。私の策略で、建主の望月さんと秋元くんとが直接設計契約できるようしたのだ。
あの頃は強張った表情をした秋元くんが、今ではタメ口が板についてきた。ただ私としては、やたらと“先生”呼ばわりされるより、よっぽど気が楽だ。
「で、今日は『GT5プロジェクト』のほうっスよね。」
「ああ。ここでいったん、作業の進行状況確認しておきたいんだ。」
『GT5プロジェクト』は現在計画進行中の集合住宅計画だ。
『Mプロジェクト』の見返りで、秋元くんに格安で手伝ってもらっている。
計画は、築45年の老朽化した鉄骨3階建アパート『コーポ・ゴトーダ』の建替である。敷地は、都内の商店街に面する420m2(約127坪)の整形地だ。
アパートの持主は五藤田康順、美子のご夫妻。やはり建替の動機は相続のこともあってである。いま計画の中心で動いてくれているのは、ご子息兄弟のうち兄の潤さん。私への計画の依頼も、その潤さんからであった。
ホームページを見てこられたそうだ。
「栂池さん、この計画では1/50スケールでスケッチはじめてますよね。
いま、建築確認用に1/100スケールの図面に落とし込んでいってます。」
「わるいね。この計画は3階建で見ての通り木造。予算が超・厳しいのよ。
それも初挑戦の木造耐火建築。どしてもディテールから入らないとね。」
予算が超・厳しくなっている要因は他にもあった。
解体するアパートは鉄骨造でアスベストが絡む。解体費用はかなりのもの。
アパートには、まだ立退かないテナントもいる。立退の保証も必要なのだ。これに私の設計監理も含め、総事業費2億円の中に納めなくてはならない。それでも融資してくれる銀行さんがいてくれたのは、ありがたい。カレッドの糸屋くんが、取引先の『すみれ銀行』に話を通してれたのだ。もちろん、建替後の全22テナントの仲介・管理はカレッドが専任、という条件である。
「元請の工務店さんは、どうなってるんすか?」
「木造耐火は特殊な構法だ。
手慣れた雑賀工務店に声かけたよ。見積金額もO.K.だ。納まりそうだ。」
「建築確認に先立つ届出も、けっこうありますよ。
緑の条例だの、清掃事務所だの‥ 」
「規模から『建築物省エネ法』の届出もある。すまんなあ、いろいろ。」
打合せにキリがつくと、外は薄暮。
夜桜目当てのひと出が ちらほら。
「どぉ。
麻倉社長からの今回の“賄賂”は『シーバスリーガル』だぜ。飲らない?」
「そっすね。ま今日はこんなところ、ということで。いっただきまぁす!」
今宵は事務所で男二人、悦に入るとしよう。
□3□
翌日、朝一番の電話は『GT5プロジェクト』の建主、五藤田潤さんからだ。
これが、嬉しくない事態の始まりであった。
「栂池先生、大変ですよ!弁護士事務所から手紙が来たんですよ。
あの『ひあら寿司』、立退き交渉に『弁護士』を入れてきましたよ!」
電話口からは、潤さんの疲労と狼狽が感じられる。
建替のため『コーポ・ゴトーダ』を解体するのだが、最後まで居座っているテナントが、この『ひあら寿司』である。立退き条件の交渉を弁護士に依頼して出してきたのだろう。まっとうな弁護士であれば、公正な仲裁をしてくれるかもしれない。それならよし。
「潤さん、落ち着いて。
交渉は代理人として私が当たりましょう。3時に伺いますね。」
五藤田さんご一家四人の住まいは『コーポ・ゴトーダ』の近くの一軒家だ。
「『ひあら寿司』の店主、工事期間中は一旦休業して、新しくなった建物に
また入居することを狙ってるんです。その権利はあるんだそうですよ。」
「休業期間中の補償と新店舗の内装工事費用を出せ!ということですね。」
「あの『ひあら寿司』には、もう、つくづく出ってもらいたいんですよ。
因縁つけてくるし、夜遅くまでドンチャン騒ぎで外にゲロしちゃうわ‥。
まあ、もともとウチのオヤジが昔、うかつに信用して入れちゃったのが
わるいんですけどね。管理会社をいれず、契約書も失くしちゃうし‥。」
「賃貸借契約書はなくっても、条件はありますよね。
お家賃は? 毎月ちゃんと入いってます?」
「そこはしっかりしてるから、逆に文句がいえないんですよ。」
『GT5プロジェクト』実現のための最大のハードル。
それは超・厳しい予算ではなく『コーポ・ゴトーダ』のテナント立退き交渉であった。五藤田さんご一家はその戦いで、すでにヘトヘトなのである。
「ところで、『ひあら寿司』が頼んだ弁護士からの手紙とは?」
「ああ、これです。____________________________________________________________________
「コーポ・ゴトーダ」所有者
五藤田康順 様
「コーポ・ゴトーダ」建替に伴う立退きに応じる条件は下記の事項です。
ご承諾いただけないかぎり、立退きに応じません。ご理解申し上げます。
1。建替後の建物に再入居する新店舗の条件
1)新店舗の面積は、現在と同じ32.4m2(約9.8坪)
2)新店舗の賃料は、現在と同じ月10万円
2。金銭保証
1)現店舗を閉鎖し新店舗が開店できるまでの間の 休業補償
240万円(40万円(月売上)×6ヶ月(建替工事期間))
2)新店舗の工事費用 1500万円 (明細は添付の見積通り)
窪山久彦(ひあら寿司)
代理人 弁護士 浦園聖子
つばき総合リーガル事務所____________________________________________________________________
その場で、iPadで検索してみると‥
[ つばき総合リーガル事務所 ]‥!
→主な業務は債務整理、M&A。事務所は虎ノ門。所属弁護士は15名。
‥真面目な法律事務所のようだな。
[ 浦園聖子 ]‥!
→スイスからの帰国子女。永章大学法学部卒業。司法試験は在学中に合格。
卒業後、司法研修を経て6年前から『つばき総合リーガル事務所』入所。
‥仕事できる系の女子! またこのパターンかぁ、やれやれ。
「それから、同封されてた見積書がこれなんですが。」
「・・・・・・・・・ な、な、なですかコレは!」
権利をカサに、家主からせびり取ろうという悪意が、あからさまな見積書!
「 許さない! 」
□4□
建替え計画作成のため、これまで何度も足を運んだ『コーポ・ゴトーダ』
敷地内には入っても、その建物内に足を入れるのは初めてだ。
『ひあら寿司』以外の住人やテナントは既に退去して、廃墟化しつつある。
弁護士の浦園聖子より、直接話したいと連絡があったのは、手紙から3日後のこと。場所は『ひあら寿司』店内、時間は金曜日の午後1時。
私は五藤田家の代理人として、潤さんと共に1階の店舗に出向いた。
この界隈では珍しい、回転寿司ではなく板さんに直接オーダーするタイプのお寿司屋さんだ。ランチメニューもあるが客はいない。
非常照明と誘導灯は外してしまったのであろう。
入ると右側にL型のカウンター席が6席。左側に4人掛けテーブルが4台並ぶ座敷。合計22席。10坪足らずの店に、よくこれだけの席数を入れたな。
板場では、店主の窪山が大きな切り身を黙々と下ろしている。
夜の仕込みであろうか。
カウンター席に、紺のパンツスーツの弁護士の浦園聖子がすましていた。
私たち二人は、その斜向かいの席についた。
「新耐震前の建物だか何だかよくわかりませんが、来る来ないか分からない
大地震の為の建替工事ですよね。地元で長く愛されている『ひあら寿司』
さんには、本当に迷惑なことですよ。」
浦園聖子はファイルを広げるなり、いきなり吠え出した。
「工事で休業させられる期間の補償と、新店舗の広さと家賃の条件は、先日お知らせの通りです。新店舗の工事費用は、まだ図面がありませので、この店舗の内装と調理設備から当方と提携関係の業者『横北住建』に見積もってもらっています。内訳は‥ 」
「‥ソ、ノ、マ、エ、ニ! 新しくなるこのお店の工事に関してですがね。
浦園先生が想定された『甲/乙工事区分表』まず見せていただけませか?」
「は? コ、こう? な、なんですか・・・」
(‥やっぱりコイツ、こんな初歩的なことも知らないんだ。)
「建主が建物本体の一部として行う工事が『甲工事』。その『甲工事』に加えて、入居するテナントが行う工事が『乙工事』。原状回復のさいには撤去する部分。つまり、この『横北住建』の見積は『乙工事』部分の見積ということですよね。現店舗を参照した見積なのが致し方ないのは分かります。
そこで、私が作成した『甲/乙工事区分表』を元に、この横北住建の見積書を訂正しておきました。
『左官工事』…これは土間工事のことでしょうか? :甲工事。削除。
『電気工事』『給排水・ガス工事』『空調換気工事』:甲工事。削除。
『テント工事』‥店舗名が入ったオーニングかな? :甲工事。削除。
『木製建具工事』‥トイレの扉1枚が50万円かな? :減額。5万円。
『板金工事』‥この店舗工事にはない工事項目 :削除。‥
「・・・!」
物凄い殺気!カウンター越に、店主の窪山が出刃を片手に睨み付けている。すぐに目を伏せた。浦園から、口を挟むな! と言われているのであろう。
「それから専用の厨房機器の内訳ですが。シンク4台。ガスレンジ。
製氷機に食洗機。コールドテーブル。ネタケース2台。これ全て厨房機器
メーカー『シノザキ』の製品ですよね。機器番号でわかります。
『シノザキ』の友人に再見積してもらいましたよ。全て新機種としてね。
360万円とありますが、丁度半分の180万円だそうです。ウッカリかな?
これら、全て合わせて500万円。これが乙工事。
新店舗の工事費用は 1500万円 だそうですが。
‥‥‥‥なぁんで こんなに 違うのかなぁ‥? 」
「・・・と、とにかく、間違いなく必要な工事の金額です。」
「ま、これは検討事項として、合意書の内容に次の2つを追記してくれ。」
「もちろん、内容によりますが。」
「五藤田さんは、あなた方の為だけに32.4m2の新店舗を用意するわけだ。
万が一、あなた方の都合で入居はやめた。となったら、五藤田さんご一家
は大損害だ。その時は、営業補償と新店舗工事費用に家賃の5年分加えて
耳を揃えて返してくれ。でないとフェアじゃないよな。」
「わかりました、言い方はともかく、これは了解しましょう。」
「もうひとつ。違反建築をつくったら即退去、ということ。
あなたが権利として振りかざす『借地借家法』と同じく『建築基準法』も
法律だ。そして、あなたはその法律のプロ。この店舗が既に違反状態なの
は認識だよな。新店舗では建築基準法違反を見つけ次第、原状回復のうえ
即退去だ。いいな!」
「・・・」
「いきましょう。」と潤さんに声をかけ、席を蹴飛ばし二人で店を出た。
□5□
『ひあら寿司』を出たあと。
五藤田さん宅で、潤さんと少し“作戦会議”をしようということになった。
「栂池先生。今日のところは、どうもありがとうございました。」
「“先生”はやめてよ。感情的になって恥ずかしかったけど、スッとした。」「連中、これで引き下がりますかねえ。今後どうなっていくと思います?」
「残念ならが、ボール握っているのは連中です。粘り強く交渉しますよ。」
この時、私と潤さんの頭の中では、同じ“ソロバン”がはじかれていた。
新店舗の工事費用。奴らがフカしてきた1000万円が、そのまま予算オーバーなのだ。このままでは、『GT5プロジェクト』そのものが頓挫してしまう。
「大丈夫!障害が大きいほど、完成したときの感動は、ひとしおですよ。」
「栂池さんが、頼りです。ウチら、ちょっと疲れてしまって‥」
「他にも手段もあります。浦園弁護士との交渉過程は報告していきます。
「元気出してください。」と言い残して、五藤田さん宅を後にした。
「他に考えている手段‥」とは、あながちハッタリではなかった。
『ひあら寿司』側と締結する合意書の内容以外のこと、つまり五藤田さん側に有利な項目を、他の必要な書類にモーラすることは可能ではないのか。
‥ひとつは『建築確認申請図書』
テナントは内装工事のさい、工事監理者(つまり私)の承認が必要だと。
‥あるいは、新たに締結しなければならないであろう『賃貸借契約書』
カレッドの糸屋くん1億円くらいの莫大な敷金を設定してもらうとか‥。いづれも、少しオトナゲない作戦だ。浦園に、簡単に論破されそうだな。
ただ
そもそも、なぜ『ひあら寿司』は、あんな条件を出してきたのだろう‥?
‥月に40万円。
少なくとも家賃は遅れないですむ売上が、本当にあるのであろうか?
これまで何度も『コーポ・ゴトーダ』を見にきているが、今日のランチ時も含めて昼間、『ひあら寿司』に客の出入があったところを見たことがない。
‥なぜ新店舗もあの場所なのか?
この機会に他の店舗に移って営業してもよいはずだ。
‥あの異常に多い席数。あれほどの席数、本当に必要なのだろうか?
年度末の週末 華やぐ夕刻の商店街。
帰路 モヤモヤが頭からはなれない。
□6□
SANS_Vilaの103号室の螺旋階段、設置工事がようやく完了した。
今日は
設置を依頼したS_NETZ・曽根谷社長と共ににオーナーの木下田光輝さんに出来上がったばこの螺旋階段を、現地で確認してもらう日だというのに‥。『ひあら寿司』の弁護士・浦園聖子との交渉は、既に2ヶ月以上にもなる。新店舗の費用1500万円の減額には頑として応じない。交渉は袋小路だ‥。
「そうやって腕組みして考えてるとこ。やっぱ “先生”って感じですね。」
螺旋階段の支柱にもたれこみながら、曽根谷社長が話しかけてきた。
ジャケットに黒の革靴。IT起業家らしからぬ、フォーマルな出で立ちだ。
「ああ‥、失礼。でも見ての通り、“先生”ってガラじゃないですよ。
ところで、このボードの一流企業。全部、曽根谷社長のクライアント?
凄いね。」
「へっへっ、“社長”というのもやめましょうよ。栂池さんっ!
サイトの管理、更新とアドバイス。栂池さんとこのサイトも見てますよ。
それでこの物件決めたんです。螺旋階段もGood!経費計上もできたし。」
「流石、ちゃっかりしてますね。でも、ありがとう。」
オーナーの木下田光輝さんが103号室に飛び込んできた。
いきなり、私と曽根谷さんの手を握りしめてきて、二人とも目を丸くした。
テナント負担で、建物の資産価値を上げてもらった、と考えているそうだ。
大家と店子。理想的な関係だ。
「いやぁ、ありがとう。
じつは昨日、工事の光森さんに、この螺旋階段は見せてもらってました。
曽根谷さん、せっかく費用かけてもらった分。長く居てくださいね。
栂池さん、シンプルなデザインで、この螺旋階段いいですね。」
「テナントさんが喜んでくだされば一番です。結果、オーナーさんもね。
ただ、ここは狭くなるでしょ。曽根谷さん、スタッフの席とか大丈夫?
「これからはリモートでの仕事も普通になるでしょ。
この事務所は、主に打合わせに使って、スタッフの席は減らそうかと‥」
「席」? 「席は減らそう‥」?
あ! そうか。 それだ!
□7□
事務所には昼一番に戻ってこれた。
間髪を入れず、秋元くんも来てくれた。
「なんすか?急に、MacBookを持って事務所に来てくれって。」
「すまん、すまん。『GT5プロジェクト』もうすぐ建築確認提出だよね。
いま1階に『ひあら寿司』が入居できるスペースは計画してあるよね。
広さは?」
「勿論 32.4m2ピッタリ。間口3.6m×奥行9.0m。みな同じスパンです。」「そこに、新店舗の寿司屋のレイアウト、してみてくれないか。
今の店舗と比べてみたいんだ。」
「え‥それって『ひあら寿司』の仕事じゃないすか?
あの、おネーちゃん弁護士に言ったら?」
「ま。いいから、いいから。」
次に、オーナーの五藤田潤さんに電話を入れる。
「現在の『コーポ・ゴトーダ』の図面、『ひあら寿司』に見せたことは?」
「図面は栂池さんに預けたのが全部です。連中は知らないと思いますよ。」「万が一、連中が見せろ。と言って来たら、処分したと言ってください。」
「わかりました。」
「現在計画中の図面もです。絶対に見せないでください。それから
このさい、あのおネーちゃん弁護士の要求。全部のんじゃいましょう!
「え! でも、どうして?」
「詳しいことは、明日ご説明しますね。また3時でよろしいでしょうか。」
店舗設計は得意とあって、秋元くんのレイアウトは直ぐに出来上がった。
「いや、驚きました。新店舗では、席数はこれが限界ですね。 8席。」
「そう、
同じ32.4m2の店舗でも現在の『ひあら寿司』は 間口4.5m×奥行7.2m。
かなり強引だけど、座敷の4人掛テーブルが4台。全部で22席作れてる。
それでも、この8席の店舗で経営が成立つお店は普通にあるだろうね。
ラーメン屋さんとか、カレー屋さんとか、お昼時に行列ができるお店。
ただ、『ひあら寿司』の経営は無理だ。ビジネスモデルが成立しない。」
「どうして、ですか?」
「『ひあら寿司』の月40万円の売上。それ、どこから生まれると思う?
予約制の 宴会 からなんだよ。
会社やら町内会やら、お得意さんが近くにけっこういるんだろう。
宴会ならば客単価は高い。一人当たり6000円として15人集まれば一晩で
9万円の売上だ。それが月に4,5回もあれば、月の売上の40万円くらいに
なる、というわけだ。
カウンター席のみ8席じゃあ、まず宴会のニーズには合わないだろう。
ちなみに『ひあら寿司』で打合せをした後、もう一度前を通ってみたよ。
時節柄、花見帰りか送別会か、貸切の札が掛かって盛り上がってたよ。」
「そうでしたか。」
「だから、普段は閑古鳥が鳴いていてもかまわない。
ただ、相当の席数は必要だ。彼らとしては、席数=広さなのだろう。
それで32.4m2の店舗面積は譲れない。
私としては、約束通り32.4m2の店舗つくりましたよ。なにか? と。」
「『ひあら寿司』としては、出ていくっきゃないじゃない! やったあ!」
□8□
「‥という訳です。すでに計画の障害はありません。よかったですね。」
正面に座る、五藤田潤さん。
喜ばしい報告のはずが、うつむいている。
「すみません。ほんとうに、すみません。」
「どうされました?」
「あの『コーポ・ゴトーダ』の127坪の土地、売却することにしました。」
「え! それは、またどうして?」
「建物ごとあの土地。幸吉開発から相場以上の金額提示されていたんです。
分譲マンションか、建売か‥。『GT5プロジェクト』は、ここまでです。
もちろん栂池先生には、設計作業は全て完了しているという前提で、報酬
のお支払いをさせていただくつもりです。そこは、ご心配なく。」
「‥いや、そんなことより。なぜ?
カレッドが専任ですよ。もう悪質なテナントは入居してきませんよ。」
「ええ、それも理解はしておりますが。」
「たしかに、この『GT5プロジェクト』の実行には大きな借入が必要です。
だた、入居者の生活や仕事に貢献することで、皆さんも収益を得られる。
みんなが幸せになる。それが、受け継いだ土地を活用する、ということ
だと思ってます。」
「栂池さんの志には共感しているんですよ。
ただ、うちの両親が歳で、もう交渉ごとに疲れきっちゃってしまって‥。
空気のいい土地に移住するつもりです。地元を離れるのは寂しいけど…」
もうこれ以上、何も言えない。
「お元気出で。」と言い残して、五藤田さん宅を後にした。
帰りがけ「コーポ・ゴトーダ」の前を通ってみた。
いつものように『ひあら寿司』は閉めらたままだ。
貸切の札が見えていら、衝動は抑えられなかったかもしれない。
今年は入りが早いとゆう 梅雨空の下。
肩をつぼめて 帰路につくことにした。
□あとがき□
「建築」をつくる。ということは「創作活動」でもあります。
まず「依頼」を受け、要望や条件をクリアさせて作品を完成させます。
出来上がった作品を喜んでいただけた時は、本当にありがたい。
ただ、自らの発想のみで 0からつくる。ということではありません。
友人が主宰する小劇団の舞台。観劇の記念に貰った台本がありました。
パラパラと見ながら、0からつくる。とは、どうゆうことだろうか‥。
真似事のように、こうして書いてみると、なかなかの労力であります。
それでも、架空の世界に身を委ねることは、じつに愉快でもあります。
前作。思いの外、沢山の方々に読んでいただいたようです。
お調子もの。いい気になって、続編をつくってみたところ。
長い文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
岩間隆司
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?