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火付けに挑むのは一旦中止

ここまで言語化するところまで来るとは… 

私たちは社会の中で生きていて、社会を形成しているのは私たちです。

この社会は、過去より生きやすくなった面もあれば、生きづらくなった面もある。だけどそれはどの時代も同じ。個人と社会の豊かさは自然と均衡が崩れるもの。だから次から次へと新たな困難が現れるのも自然です。

どの時代でも人々は次々現れる課題に向き合って各自の力を発揮してきました。そして誰かの改善が汎用的なほど自然と波及して、時代を改善して、少し生きやすい社会を次世代に遺します。社会の発展とはそういうものです。

進歩した技術を遺した先人のおかげで私達は便利な社会に生きてます。先人のてのひらで生かされていることに心から感謝します。だけど私達は先人に恩返しできません。むしろ恩返しより大事なことがあります。

先人が社会に成果を遺したように、私たちも何かを次世代に遺します。感謝の気持を次世代に贈る、恩送りです。では、今の社会に足りないものは何でしょう?私たちの視点から、どのような課題が見えるでしょう?

私達のビジョンを社会に照らすと自尊感情の欠乏が見えてきます。自尊感情が不足すると自分らしく社会参加できません。そうなるのも権威主義の土壌ゆえ。これこそ私達に観える課題、社会が私達に委ねた課題です。

私達は当たり前に自分を尊ぶ集団を作り、その集団を模範的にして次世代へ贈ります。私達の信頼関係は共有した信条に基づいています。「私たちの信条」を胸に刻みつけ、深く信頼し合うチームを共に作ります。

身も蓋もない窮屈な話ですが、
●私達は先人が積み上げた煉瓦の上ので生きています。
●私達個人も社会を構成する煉瓦のひとつにすぎません。
●私達に出会いがあれば、いずれ必ず別れがあります。
●私達はいずれ死にゆき、今この時はもう訪れません。
これらはどれも逃れようのない現実です。

それはみんな解っていますね。ではどうしたら良いのでしょう?

周りの煉瓦を当てにしないけど困ったときは頼りにし、自分も頼れる煉瓦になろうと自己研鑽します。「万人は一人のために。一人は万人のために」の精神で「公徳心」を標準装備する、そういうチームになりましょう。

私たちは、社会を恐れないし、現実を避けて通りません。
その勇敢さを魂の芯で誇りにして、明るく輝きましょう。

自分の燃料が枯れては元も子もない。不燃性の魂を燃やそうと挑むのはやめにしよう。耐熱性・耐久性・耐荷重が求められる役が見つかればいいね。

自然じねん性の自分に風を送る。火の玉になって飛び回る。危なっかしい(笑)


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