【読書】蔦屋重三郎 江戸のメディア王と世を変えたはみだし者たち(宝島社新書)

・東洲斎写楽の作品が活動後に再び脚光を浴びたのは明治時代。フェノロサが発見したことによる。

・錦絵より前の浮世絵版画では3色ほどしか色を出せず。それが錦絵の登場により大きく変化。

・かぶき踊りが広まったのは、出雲阿国の踊りを見た遊女がまねたことから。このあと、遊女も参加した女歌舞伎が流行る。

・円山応挙が出るまでは、絵師は師匠の絵を写し、力をつけていった。応挙は実際の風景を写実的に描いた。日本写生画の祖ともいわれる。

・池大雅と与謝蕪村が描いた『十便十宜図』は、川端康成が家の購入に使う予定だったお金でこの作品を購入した。
→川端康成がこれほどまでに好んだ絵を生で見てみたいですね。

・滝沢馬琴は日本初の、原稿料だけで生活した小説家。

・佐野政言は田沼意知に職を斡旋してもらうため賄賂を送る。ただ、意知は職を斡旋しなかった。他にもトラブルがあり、政言は意知を暗殺。私怨で殺害したが、当時の田沼政治への批判もあり、「世直し大明神」といわれる。

・寛政の改革の際には「隠し目付」といわれた人達が旗本や大名などを常に監視していた。三味線をひいているということも密告されていた。

・家斉には多くの子供がいた。子供のおやつにもお金がかかった。白砂糖を1日600キロ用意したという話も。
→授業でのいいネタになりそうです。

#読書 #社会科






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