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東京#9

久しぶりに会った昔の恋人Aは、以前よりも少し痩せていて、仕事の忙しさを感じさせていた。「この後どうしようか」何杯目かも分からないレモンサワーを飲み干し、僕たちは夜へ飛び出した。彼女と二人、猥褻な繁華街を抜け、次のお店を探していた。「大人ぶってBARにでも行こう」「いや、300円の中華でいいよ」そんなやりとりをしながら歩いていると、お店を探す事はすっかり忘れ、気が付けば昔話に夢中になっていた。
あの頃は二人だけの世界のように過ごしていた。幸せに目が眩んで、それまでの鬱屈とした日々はないとして。「そういえば覚えてる?僕たちが別れる時、変顔しあったの。今でも謎だなぁ。君からやろって言ってきたんだよね?」彼女は「そんな事もあったね」と言いながら、少し俯いた。

目白通りの歩道橋で君はふと立ち止まり、手すりによりかかる。僕たちは黙ったまま、流れる車を見ていた。その時、少しだけ暖かさを感じた。美しいその横顔に真っ白な朝日が照らされていく。透き通るような白い肌は、殆ど透明に近く、一層儚さを感じさせた。「善人にも悪人にも朝はやってくる。この世界で光だけが唯一の平等だね」と僕は言った。「君は哲学者にでもなるのかい」と彼女は笑った。そして、彼女は続けた。
「ねぇ。仕事、ちゃんと続けるんだよ。君は人よりも真面目だから少し心配なんだ。私がいなくちゃって何処かで思っちゃうよ。だから、あと少し、あと少しだけ強くなってね」
途中から彼女の言葉は全てさよならと言っているように聞こえていた。僕は白日を彷徨う羽虫のように、彼女の頰に触れた。やはり、痩せている。そこから不安を感じ取る事は容易に出来た。それでも、励ましの言葉は見つからなかった。

東長崎駅に着き、一人、電車に乗り込む。座席に座る事なく、ドアにもたれかかった。飲み会明けの馬鹿な男女。子供を抱く若い母親。シワひとつないスーツを着た男性。朝の部活に向かう中学生。優先席に座る老夫婦。ポケットの中でバイブ音が鳴った。彼女から「今日はありがとう」とメッセージが来ていた。僕は励まそうと他の乗客にバレないよう変顔の写真を送信した。その時気づいたのだ。数年前の彼女の優しさに。
新宿へと向かう電車の中では、乗客たちが皆平等に朝日に照らされていた。

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