東京#21
心を亡くすと書いて忙しいと読んだ人は、
生きながらにして死んでいたのだろうか。
「あんな会社辞めてやる」がすっかり口癖になったあいつは、今日も仕事をしているだろう。いつかの居酒屋で「お前が辞めたら俺も辞めるんだけどなぁ」と言われた時、僕は笑いながら「馬鹿言うなよ」と返したが、本当は僕も同じ気持ちだった。いっその事、ハイボールをおかわりする感じで退職届を出そうか。
「俺はさ、世界を征服したら時間の概念を無くすんだ!」
「どしうしたの、急に」
「毎日休みにして、世界の進化を止める。それでも世界は進化し続ける。やりたい人だけがやればいいんだよ結局!」
「すぐ世紀末迎えそうだね」
なんて考えていたら、また白々しい朝がやってきて、僕たちはまた仕事に向かう。目はずっと赤いままで、大きな欠伸すら殺しもせず、怠いなぁと嘆いて始発に乗り込む。
誰もいない座席に大股広げて座るあいつ。僕は端っこの席で小さくなった。朝焼けが差し込む車内。その光があいつの瞼の上をちらついているが、あいつは気にもせず眠りについた。車窓から見える澄んだ景色と、ゾンビみたいな僕たちがあまりにも反比例的で、僕はどうにも胸が苦しくなった。
どれくらい電車に揺られていただろうか。新宿駅に着いた途端、あいつはスイッチが入ったかのように目を覚まし、そそくさと降りて行った。階段を降りる一歩手前で、あいつは振り返って何かを口にした。だが、既にドアは閉まっており、僕の耳にその言葉が届くことはなかった。一人取り残された車内で「さっきなんて言ったの?」とメッセージを送ろうとしたがやめた。あいつにとって、たった一回きりの言葉だったかもしれない。
酩酊して帰ったあの朝を幾度となく思い出す。その度にセンチメンタルな気分になって、いつもの居酒屋へ行きたくなる。最近は忙しさを理由にあいつに会っていない。「久しぶり」なんて連絡するのも億劫だし、なんだか気まずいのも確かだ。もしかしたら、このまま一生会うことなかったりするかもしれない。もしそうなら、とりあえず、可もなく不可もないLINEを送っておこう。
「あのさ、世界征服しに行こうか」
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