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東京#6

いつかこの気持ちを無かった事にしてしまうのであれば、今伝えておいた方がいいかなと思った。

僕はその程度の理由で告白をした。出来るだけ飾り付けはしないように、それでいてピンセットで摘むように言葉を選んだ。勿論、この告白は自分へのケジメで、彼女Aから了承を得るためのものではなかった。それでも予想通りの返答が来ると、何処かで期待していた自分がいた事に気づく。そこから彼女Aと別れるまで何を話していたかは覚えていないが、彼女Aが横断歩道を渡る直前に振り向き「また飲みに行こ」と言った事だけは覚えている。綺麗に微笑む彼女Aの奥に、点滅する青信号。それに急かされるように、彼女Aは駅へと消えていった。僕は何故だかセックスをしなくてもこんなに幸せな夜があるんだと思うと同時に、「また、飲みに行こうぜ」と言ったきり疎遠になった人達を思い出していた。

フワフワとした足取りで新宿を歩く。飲み会終わりのサラリーマンやカップル、友人達。そんな人たちが道ゆく中で僕だけがひとりぼっちであった。その時社用の携帯がポケットの中で振動した。上司Aからだ。深夜に起きたトラブルの内容を伝えられ、僕は一気に現実へと戻された。家に帰るまでの15分。僕は早歩きしながら、携帯で状況を整理し、報告書をまとめ、上司Aに転送した。深夜1時過ぎに帰宅し、大阪の同僚Aに電話をかける。3コールで電話に出てくれるあたりが、この業界の闇深さを感じさせた。それでも暖かい言葉を投げかける同僚に感謝の意を込めて頭を垂れる。僕は優しい人間ではないから、同僚Aと話す度に自分も素直になれたらと思う。

時折、君は素直だね、と言われる事がある。
「どこがだよ」と心の中で突っ込むも、表面では頷いている自分がいる。本当に素直であれば、大切な人にもすぐ気持ちは伝えられる筈だし、うだうだ悩むようなことはしない筈だ。どうでもいい人にだけ適当な事を言える自分が卑しく見えて仕方がない。だからといって好きな人以外を抱くフットワークの軽さも、もう持ち合わせていない。そして、好意を寄せてくれる女性とは出来るだけ傷つけないように距離を取るようになった。それらが悪い方へ作用し、いつの間にか好きである事を隠すのが正義だと誤認していた。

「なんで女遊びしないの?」と聞かれたとき、
「君が好きだから」と答えればよかった。
「今日は帰ろっか」と言われたとき、
「君と朝まで過ごしたい」と言えればよかった。
そんな風に後悔だけが積もる夜が社会人2年目にして、あまりにも増え過ぎていた。

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