東京#8
たった厚さ1cmの携帯にこの世の全てが詰まっている。ただ、答えの出ない問いかけに限って、携帯はどうにも役に立たない。社会人になってから、相談をされる事が多くなった。時には居酒屋で、または帰りの電車で、たまにダイレクトメッセージで。場所は違えど大概は「好きなことをやりたい」という悩みであった。
先日元カノAが家に来た。今流行りの「夜中にいきなりのLINE」というやつだ。部屋の掃除を簡単に済ませ、元カノAが来るまでの間に念のためシャワーも浴びておいた。日付が変わる丁度間に玄関のチャイムが鳴った。玄関のドアを開けると、元カノAがいた。「ごめんね、急に」「いや、いいよ」何処か、よそよそしさを残しながら部屋に招き入れる。落ち着く間もなく、彼女はベッドに入る。「抱きしめて」と小さくお願いする彼女を僕はゆっくりとベッドの中で抱きしめた。外の香りがまだ彼女に残っている。しかし、徐々にその違和感はなくなり、彼女は僕の部屋の日常に溶け込んだ。久しぶりに会った昔の恋人は、以前よりも少し痩せていて、仕事の忙しさを感じさせていた。誰にも縛られていない筈なのに、不自由に生きてしまう。そんな、ありふれた悩みが彼女の心を蝕んでいた。
ジュブナイルから抜け出せない僕たちは、生まれながらに自由じゃないことを知っていて、いつだって、そのもどかしさに泣いていた。それなのに、何故だか自由になった気がして、深夜に集まっては夜を明かす。切れかけのネオンのような眩い光を散らしながら「これでいいんだ」と思い込んでいる。
理想とは違う「平凡な未来」を。
今日もそんな事を厚さ1cmの携帯に書き込んでいる。
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