(メモ)岸田「資産所得倍増プラン」

岸田文雄首相は、2022年5月5日にロンドンの金融街シティーで講演し「『資産所得倍増プラン』を進める」と表明したと報道された。
所得倍増でもなく資産倍増でもなく、「資産所得」倍増である。つまりは資本の投下に対するリターン=利潤の倍増を目指すというのだ。資産を持っているものだけを優遇するということに留まらず、その資産所得を生み出す労働者の搾取の強化につながる政策である。これは国内の労働者だけではなく、日本が投資している海外の労働者の搾取も強化するぞ、という宣言に他ならない。岸田の「新しい資本主義」とは搾取の強化のことだったわけである。

資産所得とは、国民経済計算の用語でいえば「財産所得」のことである。財産を持っているものが、財産を所有しているというだけで得られる所得という意味だ。まず、これが日本でどのようなレベルで推移してきたのかをみてみよう。2020年度の国民経済計算によれば、家計の財産所得の合計は27兆2693億円と推計されている。内訳では、利子所得が6兆8301億円、配当所得が7兆1354億円、その他の投資所得(保険契約者に帰属する投資所得、年金受給権に係る投資所得、投資信託投資者に帰属する投資所得)が9兆9527億円、賃貸料が3兆3511億円となっている。倍増ということは50兆円以上の財産所得を目指すということになるのだろうか。

上記グラフに見るように、家計の財産所得は1990年代に主に利子所得が減少することで、50兆円弱あったものが25兆円水準に落ち込んだ。利子所得の減少は国内の利子率が大幅に下がったことに起因している。逆に企業部門からの利得として配当所得が大きく増加した。1994年度では1兆3904億円に過ぎなかったので2020年度には5倍以上になっている。その他の投資所得も減っているが、これは利子的な所得がかなりの部分を占めているためであろう。賃貸料の水準は大きく変わっていない。
ここで注意しておきたいのは配当所得の裏側には、配当されていない株主に帰属する利益=内部留保があるということである。日本の上場株式の平均的な配当性向(利益に対する配当の割合)は30%強であるので、配当金の倍相当の額の内部留保があり、それが株主に帰属する。2020年度でいえば、14兆円程度あると推測できるだろう。これも計算に入れれば財産所得は40兆円程度だということになる。

さて岸田首相はどのようにしたら、この財産所得を倍に増やせると考えているのだろうか。利子率が現在のような超金融緩和によるゼロ金利状態から脱することができれば利子所得はある程度回復するかもしれない。しかし、直接には銀行による預金に対する支払い利子が多いであろうものの、それは銀行が貸付や国債購入などによって得た利子からの分配である。その源泉の一つは企業の営業利益である。金利が上がれば企業の支払い利子は増加し、従って企業の利益は減少し、従って配当にもネガティブに作用する。財産所得全体を増やすには企業の営業利益を増やすことが必要である。
ただし、企業は保有金融資産を大きく増やしてきたので、利子収入が増える場合もありえうる。国債の支払い利子が増加して、それが銀行の支払い利子となっていくルートもあることも考慮すべきであろう。
金融資産自体の金利商品から株式などのリスク商品へのシフト=「貯蓄から投資」はどうであろうか。例えば、個人の株式投資が進み、企業が増資してバランスシートの株主資本が増加し、その分負債が減少すれば、営業利益の分配が支払い利子から株主帰属利益に移行するが、全体は変わらない。これも営業利益が増加しない限りは、家計に行き着く財産所得も増加しないのである。
とどのつまり、この世に財務的な操作で所得を生み出せるような錬金術など存在せず、家計の財産所得を増やすには、財政赤字を増やすか企業の営業利益を増やす他ないわけである。
岸田首相の「資産所得倍増論」には、この営業利益をどう増やすかという方策はない。しかし、技術革新にしろ市場開拓にしろ、企業が資本を増加させつつ利潤を大きく増加させるためには、労働分配率を下げ、つまり剰余価値率を上げ、労働者への搾取を強めることになるだろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?