世界資本主義と情報通信革命
「社会主義」1997年7月号
北村 巌
一 進行する情報通信革命の技術的基礎
現在進行形で激しい動きを示している情報通信技術の進歩は、まさに「革命」の観を呈している。この技術革命は資本主義から生まれ出でたものであるが、それはまた現在の世界資本主義の「あり方」に大きな変化をもたらしているといえるだろう。
例えば、一人一台体制のパ-ソナルコンピューターの職場への導入は、これまでの仕事の形を大きく変えつつある。通信技術の発達によってもたらされた電子取引は、国境を超えて拡大しつつある。電子マネーの実験も進んできた。教育・娯楽の世界へもコンピューターは進出してきた。
最初に、こうした現象を支えている情報通信関連の技術の進歩がどのように進んでいるのかを、概括してみたい。
80年代以降のコンピュ-タ-の発達は半導体技術の進歩の基礎なしには語れないであろう。それまで、トランジスタ-などの半導体素子の膨大な回路によってしか作れなかったコンピュターが、ミクロ精密技術の発達で、膨大な回路が一つの素子に組み込むことが出来るようになり、しかもその可能な密度は3年に4倍というようなペースで高くなっていった。これは、もちろんコンピューターの価格を引下げ、また能力を高めた。もうひとつの特徴は、小さくなったことで家庭電器製品の制御回路に利用したり、いわゆる「マイコン」(現在のパソコンという言葉の以前に、小型の個人用コンピューターを指した言葉)の制作を可能にした。
この時期のコンピューターの発達は、大型の汎用機を中心にすえて、比較的規模の大きい生産ラインをコンピューターによる自動制御へ変えていくことや、銀行のオンライン合理化で自動受払い機が普及して窓口業務が合理化されていくなどの合理化の形をとった。
こうしたオンライン合理化は電電公社にたいしてはデータ通信のための開放を迫るものであった。 こうして、通信とコンピュータを結んだデーター通信が始まり、ファクシミリ通信も飛躍的に発達していった。82年10月には電電公社の第2次回線開放が行われた。
80年代に入ると、応用商品として事務部門向けのミニコン(中型コンピューター)が普及し、家庭にもワードプロセッサーが普及するよになった。製造現場でのオートメーションに関連しては、多品種生産を可能にするようなシステムがコンピューター制御で可能になって、これまでの熟練労働を駆逐する役割を果たすことになる。例えば、自動車生産では溶接ロボットが出現したり、倉庫荷役の自動化や、組み立て工程への組み立てロボットの導入も盛んに行われるようになった。マイクロエレクトロニクス革命の開花といってよいだろう。
80年代後半には大型汎用機に代わってワークステーションによる電子ネットワークが構築されはじめ、大学、研究機関を中心にしたネットワークが作られはじめる。現在のインターネットの原形である。これが、もともとはアメリカにおいて、核ミサイルの弾道計算のバックアップ体制をつくることから始まったことは興味深い。軍事的にも大きな意味をもっていたのである。
通信技術の発達もまさしくマイクロエレクトロニクス革命の一部をなしている。80年代に実用化された光ファイバーはこれまでの銅線に代わって比較にならない大容量の伝送を可能にした。これは大量の電子データをやりとりするコンピューター間の通信には大きな支援材料となる技術革新であった。また、通信回線のインフラストラクチャーも交換機のデジタル化(デジタル交換機は汎用コンピューターそのもの)が進んで、回線の利用の利便性も大きく高まった。今日のコンピューター通信ネットワークの発達には、交換機でないルーター技術(どこに繋げる)の開発と低廉化がポイントであった。通信網を構成する基幹技術の研究開発や発達はこうして進んできた。
加えて、ソフトウェア技術の面での進歩にもふれるべきであろう。70年代から80年代初頭では、大型汎用コンピューターのタイムシェリング利用を前提にした応用ソフトウェアの開発が主流をなし、続いて中型コンピューターを利用した商業・経理関係ソフトウェア開発の開花があった。同時にネットワークの技術と並行的にコンピューター言語の発達がみられた。
90年代の技術の方向はマイクロエレクトロニクス革命のマイクロの部分がもっとも活用されるものになっている。第一にはパーソナルコピューターの低廉化、高能力化である。これは引き続く半導体生産技術の革新とそれに支えられた半導体素子の回路設計技術の革新によってもたらされた。また、大容量ハードディスクの低廉化にもみられるような精密加工技術の発達も見逃せない。
もっとも注目されるべきはコンピューターの利用環境として、グラフィカル・ユーザー・インターフェイス(GUI)が登場したことだろう。モニター画面に表示される画像化されたメニュ-との対話式の操作でコンピューターの操作が可能になり、これまでのコマンド・ライン入力を標準とする基本ソフトとあり方が根本的に変わった。このGUIは80年代後半にマッキントッシュで実用化されたが、パーソナルコンピューターとしてはマッキントッシュは高価であり、必ずしも急速には普及しなかった。90年代に入ってIBM製パーソナルコンピューターおよびその互換機向けにウィンドウズが開発され、これがハードの廉価とも相乗して普及に輪をかけた。
そして、90年代に入ってからの情報通信革命の特徴としてインターネットの普及をあげない訳にはいかないだろう。インターネットはももとは米国の核ミサイルの弾道計算のバックアップ体制を作るところから始まった軍事目的の大学のコンピュータ-ネットワークが学術目的に変わり、さらに商業目的にも変わり、一般にも開放されてきたものである。現在では世界中がTCP/IPというひとつのプロトコル(通信手順)で結ばれたネットワークが形成されたといっても誇張ではないだろう。
二 資本主義的合理化と情報通信革命
現状における日本の企業内通信の発達は日々めざましいものがある。「企業内通信ネットワークの現状」(平成七年、郵政省編)によれば、調査対象1705企業のうちデータネットワークを利用しているのは85.2%であり、とくに従業員2000人以上の企業では98.1%にのぼっている。ほぼ日本の民間企業には普及したといって良い状況である。
このデータネットワーク導入の効果については86.2%が「業務は効率化できた」と回答し、58.6%が「OA化がすすんだ」と答えいる。一方、経費節減、収益への寄与という点では回答は多くない。かならずしもデータネットワーク利用が合理化の成果をあげているとはいえない状況である。
ただ、これはデータネットワークの利用がまだ原始的な段階にとどまっているためとも考えられる。例えば、電子メールの利用率は25.8%であり、従業員2000人以上でも52.4%に留まっている。またその利用も直接企業内にサーバーをもつよりは商用BBS(パソコン通信)を利用するものが多いようである。この2,3年内でインターネットの活用は急速に増加していると思われるが一人一台一アカント体制はまさに進行中というところであろう。
また、ネットワーク技術者の不足、職場レベルでのネットワーク管理の人材不足が問題点として指摘されている。また、企業通信の発達はより高品質、低廉な国際通信や国内市外通信や市内通信を求める。これがNTTへの要求ともなてきた。
ネットワークへの投資にあたっての目的では、やはり「事務・業務処理の迅速化」、「事務・業務処理の省力化」が多くあげられているが、過去との比較では、「データの有効利用」や「経営戦略決定の迅速化、正確化」をあげる割合が増加している。つまり、ネットワーク利用に関して「コンピュータによる人員の置き換え」以上のものを求めるようになっていきている、その実現性がでてきている証左である。これは現在のリエンジニアリングの新しい特徴とも呼べるものである。
LAN(ローカルエリアネットワーク)の普及も急である。利用企業の割合は53.2%、従業員2000人以上では83.7%にのぼっている。企業内データネットワークの分散処理化もかなり進んできているといえるだろう。現在はファイルやプリンターの共有を主な特徴とした従来のLANという言葉に代わって、インターネットの情報伝達システムを企業内に取り入れた「イントラネット」という言葉が大はやりである。実際、社内情報の末端までの行き渡り、各部署の情報の共有化という点で格段の進歩を示している。
また、企業間通信であるEDI(電子データ取引、標準化された電子データのやりとりで企業間の取引を行うこと)の普及も急速であり、利用企業は40.0%にのぼっている。産業別には金融・保険業、卸売・小売業、飲食店に分類される企業が他企業との接続数が多く、製造業などは平均30社程度と接続している。
この差は電子取引になじみやすい業種が先行している実態をあらわしているが、インターネットの活用を含め、企業間取引が電子データによって行われるようになる動きがでてきている。
日本電気は来年3月に全面的にインターネットを利用した発注システムにより、400社から年2兆円規模の資材調達を行う方針と伝えられた。これは電子データ取引のもっとも先進的な形態であろう。
今後の動きとして電子ネット上での「通貨」として、登場しそうな「電子マネー」の開発にも注目したい。実質は銀行の決済機能を利用しながら、国際的な取引も電子的に行えるようになるわけで、個人による直接輸入の動きは加速するだろう。またICカードを利用した電子マネーは現金に代わるものとして登場しようとしているが、これはPOS(販売店情報管理システム)とともに小売の取引情報の収集には最適であり、企業側にマーケッティングのための大きな情報源となろう。この分野での競争は小売資本にとっても死活問題になるだろう。
こうした企業内外のデータ通信による結び付き、企業活動の組織的再編は、企業組織の形態も大きな影響を与えつつある。現状で、大きく不足している専門的ネットワーク技術者の問題、職場レベルでのネットワーク、パソコンを使いこなせる労働者の不足という問題も仕事の更なるアウトソーシング(社外への分業)を導き、人事・賃金制度の見直しの誘因となっているといえるだろう。
こうした合理化は、「リエンジニアリング」の名のもとに進行している。企画・生産・販売・アフターサ-ビスまでをデータベース技術を利用しながら、一貫したものに組織替えし、可能なものはアウトソーシング(外注化)してコストダウンを図っていくものである。こうした合理化は、さきに引用したアンケートにみられるように日本では急テンポで進んでいるわけではない。特に大企業組織でこれをやりきるにはかなりの計画性と経営サイドの力が必要になる。しかし、一方で中小企業では企画部門以外はすべて外注化してビジネスを成立させている例もでてきており、いずれはこうした形態の合理化の波がやってくることになるだろう。
第1図 企業1社あたりの情報化費用
三 労働者の生活と情報通信革命
労働者の職場での働きざまにたいする情報通信革命の影響は非常に大きくなっている。事務系の職場におけるパソコンの導入は、まず使える人と使えない人の差別をかなり明確にし、仕事面での発言力にも影響を与えている。かならずしも中高年=使えない人ではないが、若年者に有利であるのは現実であるようだ。文書作成などからデータ整理まで、決まった定型的操作でよかった汎用機の端末とは違い、パソコンではアプリケーション・ソフトの使い方の工夫が要求される。
労働者個人個人に仕事のやり方の工夫を自分で習得し考えるようにさせているという点で労働の「複雑化」がみられる。
こうした条件は資本側の合理化に対して一つの制約条件にもなっている。労働者ひとりひとりの創意工夫を活かせなければパソコン、LAN導入の真の成果はあがりにくいからである。この部分をコンサルタントにまかせても高い料金ばかりとられてうまくいかないという経営者の声は多い。
情報通信革命の労働者の生活への影響で忘れてはならないのは、教養娯楽サービスの変化(いわゆるマルチメディア)と通信販売の増大である。
現在、これがどの程度進んでいるのか、日経BP社によるインターネットのユーザー調査を参照してみよう。まず、ユーザー層であるが、20歳台後半から30歳台がもっとも大きな層をなしており、最近3回の調査をみると、特に30歳台後半の利用者の増加が目立つ。逆に20歳台前半のウェイトは減少している。平均年齢は33歳である。利用目的は娯楽と仕事がほぼ半々であるが、最近は娯楽のウェイトが下がり仕事のウェイトが若干上昇しているようである。しかし、それでも娯楽目的は48%を占め、インターネットが一種の娯楽の道具として需要されている現実がわかる。
インターネットを利用した通信販売は22.7%が経験しており、その比率は1年前の14.4%から格段に上昇している。そのうち、21.9%がまた利用したい、と答えているほか、44.5%が今後利用したい、と答えている。おそらくインターネット利用者の60%強はインターネット通信販売の利用者になっていくと予想される。
しかし、インターネット利用者が20〜40歳層の男性に偏っている現実はすぐには変化しないだろう。その意味では労働者全体の生活に全面的にインターネットが普及しはじめたとはいえない。おそらく現在の高年層にも浸透はするだろうが、高年層にもかなりの普及がみられるようになるのは現在の40歳前後の人口が高年者となる時であろう。また、利用者の男女の格差も大きい現実がある。 とはいえ、インターネットは双方向のコミュニケーションを可能にする手段である。電子メールひとつをとってみても労働者の運動のための通信手段としてもその利用は不可欠なものになりつつある。WWWは個人や小規模の団体が世界に向けて情報を伝達する手段として威力を発揮しうる。労働者運動においてもビラや街頭演説に並ぶ宣伝扇動手段として活用が考えられなければならない。また双方向であることは国家、地域、産業を超えた直接的な「交流」の場を創りうる、という点で大きな可能性を持っている、といえる。
第2図 普及率
四 世界資本主義の新段階と情報通信革命
情報通信革命の中で、これが本来的に世界標準の確立を不可欠にすること、政府間の調整に先立って、事実上の世界標準がリーディング企業によって次々と作られつつあるのが現在の特徴であろう。たとえば、マイクロソフトのWindowsとこれを利用するためのインテルのCPUはすでに標準といえる地位を築きつつある。
インターネットではネットスケープ社とマイクロソフト社がどちらの技術的提案が世界標準となるかで激しい競争を繰り広げている。
このような技術的標準をある企業ないし企業グループが先行して確立することでその企業の市場における独占的な地位が形成されるという現象がみられる。これを裏付けているのが「知的所有権の保護」である。とりわけ、ソフトウェアの生産が大きな産業になりつつある現在、優位に立つ米国の国際的な「知的所有権の保護」にかける意気込みはすさまじい。
ソフトウェアの生産、流通について考えてみよう。開発、生産されたソフトウェアそのものは開発者の知的財産として、それを直接他者に販売することもできるし、また一般の基本ソフトやアプリケーションソフトのようにソフトウェアそのものは開発企業が所有し、その使用権を販売するといった価値実現の方法もある。いずれにせよ、生産手段として重要なのは、機械ではなく過去のソフトウェアおよびその開発のノウハウである。また流通において競争力を決定するのは単なる技術的優位ではなく、マーケッティングの力も大きい。技術的にはマッキントッシュやOS/2よりも劣るWindowsが成功したのはひとえにマイクロソフトのマーケッティング戦略と実行力であった。
かくしてソフトウェアはひとたび標準としての地位を固めると、そこから生まれる収入はレントの性格を帯びるようになる。ソフトウェアという無形の財産の独占的所有から生まれるレントは価値以上の収入をソフトウェアの使用権の販売代金という形態で他の資本の剰余から控除する。この独占を保証するものは「知的所有権」である。
技術貿易のバランスをみると米国のヘゲモニーは徐々に落ちつつあるが他の先進資本主義国と比べると、依然として群を抜いた状態である。この主な源泉はコンピューター・ソフトウェアの使用権料、ロイヤリティーである。
ところで前にでみたように情報通信革命は企業組織の形態変化をも促進しながら進行している。その核になっているのは市場の情報をいかに処理するかである。あるいは市場の価格情報、需要・供給情報を瞬時に処理し企業の意思決定に活用することが技術的に可能になってきたともいえる。これが、新自由主義のひとつの基盤になっているということも言えるのではなかろうか。これまでの不完全な企業内の管理会計などに代わり市場情報を直接に各部門の意思決定に援用することで、企業の生産・販売にわたる意思決定を行いえるようになったからである。
また、インターネット、イントラネットの普及にみられるように多国籍企業あるいはトランスナショナルズ(TNC)の内部の通信も格段の利便を得るようになった。企業内通信コストの大幅というよりも革命的な低下により、電子データの形態であり処理・加工の容易さによって企業活動の国際的な統合が可能となってきている。こうした情報により活動する企業の行動は「地球企業」的ではある。これが、多国籍企業の活動の行動の原理を決定する要因になっているといえるだろう。もちろん、このことは現代の多国籍企業が無国籍になってしまったことを意味しない。
しかし、今後の多国籍企業間の競争の激化に従い、その行動、とくに如何に投資の配分を行っていくかという点において各国の国民経済との間との矛盾も生まれてくるであろう。