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体癖話まとめ(100)

体癖について、私ソシャフィアがTwitterでたまに「読んでくれてありがとう!」と心から感謝しながらツイートしている【体癖話】をまとめたシリーズ、第100弾!

最後まで、体癖ツイートにコメントをつけてお送りいたします!

さて、今回で『体癖話まとめ』シリーズもラスト…
とはいえ、『タイヘキストマガジン』も、来年から『体癖エッセイ』シリーズも展開していきますので、全然最後って感じではないのですが(笑)

というわけで、最後とは全く関係のない話。

月1で東京、大阪、中部で体癖診断士を養成する講座をやっておりましてね。

受講生は、ある種以外がすべていらっしゃいます。
ある種が混じっている人のみが、いないのです。

その”ある種”とは…
二種。

一種混じりは2名、四種混じりは1名、五種混じりも六種混じりも七種も九種も十種もいて、八種混じりは私が開催しているせいか5名もいて(笑)、何気に三種混じりも八種と同じく5名もいらっしゃって、しかも一番三種が濃い人が最も多い。

二種混じりだけがいない…

二種って、周りの反応を見てから飛びつく体癖なんですよね。
小学校で言えば、先生が「この問題の答え、分かる人!」と挙手を促して、答えが分かっているのに周りをキョロキョロと見て、周りが手を挙げたのを確認してから自分も手を挙げるようなところがあるわけです(笑)

今回の体癖診断士養成講座(「体癖診断アカデミー」と銘打ってます)は、初開催。
完全無欠の1期以後をやるための0期で、「0期生を募集します!」と言っても、二種は反応がすぐにはできないわけですね。

一種なら「体系的に体癖を学べるのか!」と知的好奇心で受けてくれるし、三種なら「面白そう!」で受けてくれるし、五種なら「これはお金になる!」で価値を分かってくれるし、七種なら「募集人数を超えて受けられなかったらどうしよう!」と焦って申し込んでくれるし、九種は直感で「これは受けた方がいい!体癖のことが深く理解できそうだし!」と感じれば受けてくれます。
他にそういう「我先に!」な体癖が混じっていたとしても、二種が混じっていたら、まぁ受講してくれないだろうな、というのは予測していたのですね。

そしたら、本当にその通りになりまして(笑)
体癖で未来予測、すげぇ(笑)

とはいえ、体癖診断アカデミーも回を重ねるごとに、二種混じりも二種が最も濃い人も受けてくれるようになるだろうと予言しておきます。
その予言が的中するよう、私もがんばっていきます。

いずれは福岡や札幌でもできるといいな〜
新潟や金沢や広島など海産物が美味しい場所でもできるといいな〜
四国も行ったことがないし行ってみたいな〜
仙台の牛タンもたまには食べたいな〜
いやいや、体癖診断アカデミーで47都道府県制覇を目指します!
その次はハリウッドだな。

なぜ今体癖診断士の養成に一番力を入れているかというと、体癖を体から診断できなければ、全部体癖予測になってしまうから。

体を診て検査しなければ「あなたは何種!」というのは、言いっぱなしになってしまいますね。
それは、ただの予測。
そして予測は外れることが少なくない。

私なら、パッと見て数十分しゃべっただけで「あなたは何種でこういうところがある!」なんて言われても、絶対に信じない。
そもそも、それは私の八種の感性からすれば、失礼なのです。

そういうのでは、体癖は広まっていかない。

体を調べて調べて調べて、検査して検査して検査して、「この体癖以外には考えられない」というところまで絞り込んでから「あなたは○種△種で、○種が最も濃く、次に△種が濃いです」というのが、体癖を診断するということではないでしょうか。
そうでないなら、他の心理学や占いの方が、よっぽど当たる。

ちゃんとした体癖を広めるためには、私と同じレベルでできる体癖診断士を育てなければ。
しっかりした技術を持ち、受けてくれる相手にその人の体癖を伝える責任を負うことができる診断士を。

おっと、「責任」なんて言ったら、余計に二種は受けづらくなりますね(笑)

「他のところでオンラインで診断してもらったけど、体から診てほしい!」なら、東京・赤羽のソシャフィア体癖院で♪(´ε` )

というわけで、最後のコメント付き【体癖話】をお楽しみください!

母は、たまにしか実家に帰らない私をお客様だと思っているらしく、ツイートにあるようなすごい量の料理を出してくれます。
十種丸出しなのですね。

ただ…
実家に3日以上いると、お客様から”家の人”に昇格するらしく、どんどん品数が減っていくのです(笑)
仕事の関係で群馬に10日ほど帰っていた時がありまして、その時は日を追うごとに一品ずつおかずやおつまみが減っていき、5日目についに「お皿洗っといて」という指令を出すようになってきました。

十種って、「あ、この人は面倒見なくてもいい人だ」と判断すると、”こちら側の人”という捉え方をするようで、それと同時に「他の人の面倒を見る自分を手伝ってくれて当たり前の人」と見るようなところがありますね。

「誰でも、平等に」ではないのです。
困ってる(ように見える)人が最優先。
それ以外は割と、”こちら側の人”なんですね。

かのナイチンゲールも、患者にはすごく優しかったけど、一緒に働く看護師さんたちにはかなりキツかったという伝説がありますね。
ナイチンゲールが十種だったかどうかは体を診ていないので分かりませんが、人生を聞く限りでは十種的な部分が多分に感じられる人ですね。

介護士の知り合いも「上長は利用者さんにはすごく手厚いけど、同僚には手厳しい」と言ってました。
「早くやって!あの利用者さんが困ってるでしょ!」なんて言われるんだそうです。

その知り合いが、どうすればいいかな?なんて聞いてくるので、「体調悪そうにしてれば、優しいと思うよ」と適当にアドバイスしたら、本当にやったそうで「すごく優しくなった」とのことです(笑)
怪我をした時などは、ほとんどの仕事を代行してくれたとか。

近くに十種がいる良い子のみんなは、マネしないように(笑)

今も二週間どころじゃなく、何ヶ月も【体癖話】以外のTwitterをしておりません。
リプや引用リツイートも返しておらず、申し訳ございませんm(_ _)m

そう、Twitterを始めた頃は、それはそれはずーーーーーっと、一日中やっていました。
1日に50ツイートくらいした日もあります。

ソシャフィア体癖院に、Twitterで私を知った九種の方が来られましてね。
たまにTwitterを覗くといつもその方のツイートが流れてきます(笑)
九種のドハマリ癖がTwitterで発揮されているらしく、一日中やっているようですね。

Twitterは私に多くの人を連れてきてくれました。
体癖を発信し始めたのもインスタやFacebookやアメブロでもなくTwitterでしたしね。
Twitter→note、最高デス!

その甲斐あって今の体癖診断アカデミーやソシャフィア体癖院や体癖オンラインセミナーがあるわけです。
私のような完全に無名な人間でも、チャンスはある。

本当はもっと五種のようにビジネスチックにできたらいいな、と思うのですが、あれもやって、これもやって、というのが九種混じりの私にはちょっとキツい。
一点集中しかできず、一つの仕事を始めれば納得するまでやらないと次に進めないのです。

ですが最近は”外注”という必殺技を身に付けましてね。
動画の編集やインスタはお金を払って他の人に任せています。
その一環で、体癖オンラインセミナーもタイヘキスト仲間の結木愛さんに任せたりもしてたり。

私は八種が最も濃く、次に九種がふりかけ程度に入っている体癖ですので、人に任せるということが非常に苦手なのです。
なんでも自分でやろうとするところがあるんですね。
六種ならもっと「良きに計らえ」で任せられるんでしょうけどね。

とはいえ、自分がうまくいかない理由が自分の体癖にある、ということに逃げていたら、成長は望めないのですね。
苦手だ、苦手だ、と言っていたら、自分でチャンスを潰すことにもなる。
それを体癖のせいにしては、いけない。

自分が集中すべきことのために、自分でなくてもいいことは任せる。
自分じゃなきゃできないことをやるために。
それが八種や九種混じりの人のやり方でしょう。

以前、心理学講師として日本中を回っていた頃、栃木の宇都宮にTさんというマネージャーがいましてね。

週一レギュラーの講座をそのTさんの会社に持たせてもらっていて、その講座が終わるとほぼ毎週のように飲みに行っていました。
宇都宮というと餃子のイメージが強いですが、Tさんは焼き鳥が好きでして。
毎週焼き鳥を食べながら、三国志の話をしていたんですよ。

三国志だけでなく、ガンダムなどの昔のアニメにも造詣が深くて、色々な話をしました。
まぁ、何の生産性のない話ではあったんですが、楽しかったですね。

そのTさん、体で診断していないから確かなことは言えないけれど、たぶん二種。
四種が混じった二種四種な感じだったのです。

常に困ったような顔をしていて、出会った頃はやたらとこちらに気をつかって、八種九種(当時:五種擬態)な私とは全然違う生き物だな、と思うのですが、それでも波長が合うのか仲良くしていたんですよ。

その当時は相席居酒屋というのが流行っていまして、宇都宮にもそういうお店がいくつかありましてね。
行きつけの焼き鳥屋さんに一緒に向かうまでの道で「最近、相席居酒屋が増えたね」なんて話をTさんとしていたら、お互い行ったことがないということが分かりまして。

「あぁいうお店って、陰キャの僕には縁がないんですよね〜」なんて言うのです。
「仕事以外で女性とうまく話す自信がない」と。
Tさん、聞いたとことによると、女性と付き合ったことがなかったんですね。

「それなら、一度女性に慣れるために行ってみようよ。私も社会科見学してみたいし」と五種無意識擬態でイケイケの私は提案してみたのですが「いやいやいや、先生はいいですよ、心理学の講師だし。僕は…」と二種四種っぽい言葉を返してくる。
そんなやりとりを毎週のようにしていたのです。

あるとき、いつもの焼き鳥屋さんで飲みながら、三国志に出てくる張遼について話をした後に、Zガンダムの可変系モビルスーツについて話をしていたんですね。
まぁ私たちのいつもの話題なのですが、楽しくて飲みすぎたのか、お互いに酔っ払ってきまして。

私が突然思いつきで「よし、相席居酒屋行こう!」と言ったら、「え!?これからですか?さっきまでガンダムの話してたのに?」とTさん。
でも何だか、「今のオレなら、行けるぜ」という表情をしている。
その雰囲気を察した私は「いつ行くの?今でしょ!」と当時の流行語を発して、Tさんを説得することに成功したのです!

とはいえ、道すがら「本当に行くんですか?」と二の足を踏んでいる。
二種四種的な不安があるのでしょう。
それでも「いつ行くの?」と私が言うと「今でしょ!」と合いの手。
不安を酔いで誤魔化して、いざ突撃。

相席居酒屋の前に着くと、Tさんは腹を括ったのか、男…いや、”漢(おとこ)”の表情をしていました。
エレベーターのボタンを押して、自分から先に入る。

「お!すごい!先陣を切った!趙雲みたいだ!」と思っていたのですが、エレベーターって後に入った方が先に出ることになるんですよね(笑)
私も初めての相席居酒屋で、実はかなりビビっていましたから、諸葛孔明ばりのTさんの策略を見抜けなかった(笑)

で、緊張しながらお店に入ると席に案内されまして。
女性が二人、先に座っていましてね。
割とお綺麗な二人でしたね。

一人は五種っぽく元気な感じで、もう一人は四種なのか、そこはかとなく”連れて来られました感”がある。
私も当時は五種擬態で、完全に連れて来られた二種四種っぽいTさんですから、ちょうどいい。

私はとにかくしゃべりまくる。
こういう時って「心理学の講師をやっているんですよ」って言うと、割と多くの人が「え、なにそれ!面白そう!」と食いついてくれるのです。

「人の顔を見ただけで、性格が分かるんですよ」なんて、いかにも心理学をやっている人っぽい大嘘をつくと(体癖を知っていればちょっとは予測がつきますがね)、「私ってどんな人?」とあちらから興味を持ってくれる。
そんなふうに会話を楽しんでもらいながら、自分も楽しんでいたのですが…

Tさん、何にもしゃべらねぇ(笑)

あの”漢”の顔は…
あの「今でしょ!」は…

みんなが話を振らない限りは、何もしゃべらないのです。
ポツーンとしている…

二種四種の、特に二種の部分が大きくクローズアップされて、”女性に慣れていなくてごめんなさい感”が漂っている。
女性二人から何かを質問されても、テンポがよくない。
表情もタドタドしい。
私が話を振っても「いや、まぁ…」と三国志の話をしている時のTさんとは別人のよう。
会話の”間”をつかめずにいる…

そんなこんなで、私がお二人と話をして、終電の時間になったから解散。
タクシーの中で「Tさん、あんまりしゃべらなかったね〜」と私が言うと「っていうか、先生がすごいんですよ!初対面の女性にどうやったらあんなに話ができるんですか?」と聞いてくるので「それは心理学を使ってだね…」と言って、マネージャーなのに自分の会社で他の生徒さんに混じって私の心理学の講座を受けるようになったのでした(笑)

それから5年して、Tさんは同じ会社の結婚しましたから、相席居酒屋での経験も心理学も、無駄ではなかったのでしょう。
馴れ初めを聞いたら「前から気になっていたから、勇気を出して自分から誘った」と。
二種四種だって、ちゃんと成長する。

奥さんは五種十種っぽい体つきと言動で、その会社でトップの成績を収めていましたから、尻に敷かれているのかもしれませんがね。
子供も生まれて、幸せそうにやっています。

『体癖話まとめ』も今回で最後なのに、最後の最後がこのツイート(笑)
まぁ私らしくていいのかもしれませんが(笑)

一種は、自分に気づかないんですよね。
「自分はOK、あなたはOKでない」という心理状態に陥りやすいせいか、何かあっても自分に非があるなんて思わない。
自分が正しいと思っている。

自分以外のことなら客観的に見られるのに、自分があると「正しい」の名の下に思い込みを振り下ろして、正論ティーを飲ませてくる。
それで人が離れても、「相手は話が通じない奴。間違っている」で片付けてしまう。
すべての一種がそうなのではなく、複合体癖もストロークの差もあるのでしょうが、そんな人も多く見られます。

正しいだけなら、子供なのです。

大人になったら、正しいことでも相手に十分に配慮して伝える必要がある。
その言葉が、相手にどんな影響を及ぼすかを考えてから、伝える必要があるのではないでしょうか。
自分の言い分だけを押し付けて、相手を見ないでいるのは、おじいさんであっても子供なのです。
まぁ普段から体癖各種をディスっている私が言うようなこっちゃないのかもしれませんが。

正しさの反対は、”間違っている”ではなく、”別の正しさ”ですよね。
ある人には正しく、それが世間的に正しかったとしても、別の人にとっては正しくないことなのかもしれない。

正しさだけで世の中が成り立つなら、誰だって犯罪を犯さないし、自分を傷つけるようなことはしないでしょう。
戦争だって起こらない。

むしろ、正しくないと分かっていても、人はやらかしてしまう生き物。

自分の感情を優先したり、利益のために人を裏切ったり。
黙っていればいいのに殴りかかってしまったり、人にやられた恨みを終生持ち続けたり。
何が正しいのかを人に頼ったり、自分を偽って相手に合わせすぎて好きでもないことを好きと言ったり。
他力に頼りすぎて気づいた頃には自分の力で動けなくなっていたり、人の至らない部分を誇張してあげつらったり、自分の心配を解消するために人の面倒を見すぎてダメにしてしまったり。

それは世間的に見れば、あるいは本人にとっても他の誰かにとっても、正しくないかもしれない。
けれど、生物としての人間の命の躍動なのではないでしょうか?
そう考えてみれば、一種の正義の振り下ろしも、命の躍動だと言えないこともない。

私ソシャフィアが体癖を研究して最も学んだのは、人は誰でも矛盾する生き物だということなのです。

人の心には秩序などなく、価値観や感情といった揺らぎやすいものに心が動かされる。
昨日好きだったものが今日には興味がなくなっていて、一生愛すると決めた人がいるのに他の人に魅力を感じてしまう。
本当は一貫性も整合性もないのに、都合の悪いことには目をつぶり、自分ストーリーの帳尻を合わせ、自分を納得させようとして、生きている。

それでいいのではないか?と思うのです。
矛盾だらけでも。
誰もがお互い様。

矛盾を矛盾として受け止めて、そんな矛盾を愛する。
そして自分の矛盾を愛し、人の矛盾を愛し、世界の矛盾をも愛することができたとしたら、誰にだって、自分にだって、優しくすることができるのではないか?と思うのです。

正しいや間違っているで人や自分を評価する必要もないし、好きや嫌いで人の扱いを変える必要もない。
損得で行動を決める必要もないし、戦わなくていいものと戦う必要もない。
人を放っておく自分を責める必要もない。
愛することによって、人間としてのそれぞれの命の躍動は、もっと素晴らしい方向に動き始めるのではないでしょうか?

体癖を学べば学ぶほど、人を観察すればするほど、体癖の診断をすればするほど、「あぁ、人って体癖だけじゃないんだな」と思うのです。

それは、「人には希望がある」ということ。
私たちは生まれながらに生き方が決まっている生き物ではなく、配られたカードはあるかもしれないし気に入らないカードもあるかもしれないけれど、そのうちのどんなカードよりも強いカードをこれから手に入れることができる。

愛という視点を持つことで、体癖という可能性はさらに広がっていくのです。

そして、愛は難しい。
増えたり減ったりする。
できるだけ、満たしておきたい。

自分の殻から一歩でも先に出て、人を見て、その人の体癖を観察し、その人の人生を洞察してみる。
自分から自分を離して、ただその人の動きに目を向け、言葉を聞いてみる。
その動きも、その言葉も、その人の体癖と歴史とが作ってきたモノ。
だから、愛おしい。

同じように、自分もこの体癖とこの歴史で生きてきた。
これからどうしよう?
どうしたら自分がもっと喜ぶ?

そんなふうにして、少しずつ愛を溜めていけばいいのではないかと思うのです。

とまぁ、愛だの何だのって散々偉そうなことを言っている私なのですが、まだまだ道の途中で、未知なる領域を彷徨っています。
それでも、そんな曲がりくねって寄り道ばかりしてきた道を、最後には愛そうと、それだけは決めているのです。

『体癖話まとめ』、これにて終了!
2023年からは、『体癖エッセイ』でお会いしましょう!!

最後までお読みいただき、本当に本当に本当に、ありがとうございました!!!


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