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明日を明るく過ごす考え方

こんばんは。


毎日、過ごしていて
「ああ、今日もたいしたことできなくて、終わっちゃったな」
とか、自己嫌悪や反省までいかなくても
「・・・・」みたいになる時って、ありませんか?


僕、思うんですけど
今日とか明日って、黙っててもきますけど
「来る」もんじゃなくて、「する」もんだと思うんです。
(来るものじゃなくて、するもの)



(※今日とか明日が来ることが当たり前とか
そのことに感謝がないわけじゃなくて
あくまで、このお話での流れのことなので
そう思って頂けたら幸いです)


「今」の「日」と書いて
「今日」になる。


たとえばこれを
「今を大事にする日」
と思ってみる。


昔のことをくよくよするんじゃなくて
先のことをヘンに心配するんでもなくて
今のことを、大事にしよう、と決めて、過ごす日。


そんなふうにして過ごすと
その、思った分だけでも、一瞬一瞬の過ごし方が
変わってくると思うんです。


明日も、くるもんじゃなくて、するもん。


「自分が明るく過ごす日」
「周りの人を明るくする日」
「家にあるものをピカピカに磨いて、家の中を明るく輝かせる日」


何でもいい。
自分が元気になるように、
「こういう明日にしたいな」
っていう日に、決める。


自分で自由に、決める。
それで、そうして、過ごす。


もちろん、思った通りに、そうできない日もあると思うんです。


それで、
「なんだ自分」って思っちゃうようなことも。


でも、そうやって自分で決めてくことで
「被害者」的な感じには
なりにくくなるんじゃないかなって思うんです。


ただ、
「今日が来ました」
「明日が来ます」
っていうんじゃない分だけ。


自分で創作(創造)できる余地が
増えるというか。


その分だけ、自由になれたり
幸福感を感じたりできる余地が
増えるんじゃないかなって思うんです。


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明日は、くるもんじゃない。

明日に、するもんなんだ。


最後までお読みくださり、ありがとうございました。


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