女根建太一 〜男子校編〜
※GERAで配信中のラジオ「囲碁将棋の情熱スリーポイント」第157回『鬼歩合』より、「女根建太一」のコーナーで採用されたメールの別バージョンです。
とある事情で男子校に男のふりをして入学することになった女根建太一。
女だとバレないよう極力クラスメイトとの交流は避けていたが、隣の席の一人の男子生徒とは自然に話すようになった。
彼は数学が得意で頭が良い反面、やんちゃで喧嘩っ早くて、それでいて普段はおちゃらけているのに優しくて。そんな彼に女根建は次第に惹かれていった。
入学して約二ヶ月が経った6月半ば、その日彼と女根建は教室の掃除当番であった。
真面目に掃除をせずほうきをバットのように振り回して遊ぶ彼を見かねて女根建は注意の言葉をかける。
「なぁー!お前真面目に掃除しろって!」
悪びれる様子もなく「いいだろこんなの適当で。」と返す彼。
「いい訳ねえだろ!幼稚なこと言うなよ!」
「うるせえなあ。掃除を真面目にやれだなんて、なんか根建お前、女根建みたいなこと言うな」
その言葉にドキリとし女根建は思わず固まってしまう。
「バレた?」と一瞬頭をよぎるが、そんなわけないと思い直す。
それと同時に女根建の頭には別の考えが浮かんでくる。
「もし、私が女根建だと知ったらこいつはどう思うんだろう。嫌われちゃうのかな。それとももしかしたら、もしかしたら…」
そんな考えを女根建は頭を振ってかき消す。私には、この学校に男として入学した使命がある。こんなこと、考えるだけ無駄なんだ。
黙りこくってしまった女根建にクラスの注目が集まる。彼はすぐさま笑いながら「冗談だって、そんな深刻な顔すんなよ。あ、そうだ、ちょっと話があるんだけど放課後屋上に来てくんない?」と言った。
この笑顔がまた女根建の心臓を締め付ける。なんでお前はそんなに優しいんだよ。
「ずりぃって…」誰にも聞こえない声で女根建はつぶやいた。
そして放課後、彼に言われた通り女根建は屋上に向かった。
屋上の扉を開けると、彼はすでにそこに来ていた。
「おーい、話ってなんだよ」
そう言って駆け寄った女根建の体を彼はおもむろに引っ張り屋上のフェンスにガシャン!と押し付けた。
そしてフェンスの網をガシッとつかみ、鼻先が触れんばかりの距離に顔を近づけこう言った。
「お前、女根建だろ?」
フェンスに止まっていた鳥たちが一斉に羽ばたくのを背中に感じた。
「な、なぁー!そんなわけねえだろ!俺は男だって!ほんとなのよ〜」
女根建は激しい動悸を必死に抑えながらそれを否定する。
しかしそんな釈明には耳を貸さず彼は続ける。
「さっきの掃除の時の反応、わかりやすすぎ。あんなんじゃ皆気づいちゃうぜ?それに俺見ちゃったんだよ。体育で着替えの時、隅でコソコソ着替えてるお前のその胸にサラシが巻かれてんの」
「マジ見てんなこいつ…」堪忍した女根建はため息をつくようにつぶやいた。
その後彼の口から出た言葉には女根建は耳を疑った。
「お前、俺と付き合えよ」
体温が一気に上がるのを感じた。
嬉しかった。嬉しくて泣きそうだった。でも…。
「ごめん」女根建はそう返した。
そして女根建は男として学校に通っている事情を打ち明け始めた。
「本当はこの学校には私の弟根建が入学する予定だったんだけど、病気になっちゃって。でも母根建も父根建も世間体のために入学辞退はできないの一点張り。それで私が代わりに学校に通うよう命令されたの。うちって、親根建の言うことは絶対だから。だからここでは男として、根建太一として生きなきゃいけないんだ」
6月の湿った風が二人の間をゆっくりと流れた。
重い沈黙の後「そっか、悪かったな」
彼はそう言ってフェンスから手を離し、そのまま出口へと歩いて行った。
「今のことは忘れてくれ!また明日な、根建太一!」
それからひとりトボトボと帰路につく女根建太一。
「これでよかったんだ」
そう自分に言い聞かせながら歩いていると、その道中、彼が大人数の不良に囲まれている現場に遭遇した。
彼は不良たちに向かって「喧嘩買った買った!お前ら全員豚確定!」と挑発していた。
とっさに電柱の影に隠れた女根建は心配そうに「生意気言ってない?」とつぶやく。
数分後、そこにはボロボロになって地面に倒れている彼と、それを介抱する女根建の姿があった。
女根建は彼の頭を膝に乗せ「なぁー!あんな大人数に1人で勝てるわけねぇだろ!」と言いながら傷だらけの顔を消毒する。
「イタタ…。なあ女根建…俺やっぱ諦めらんねえよ…俺と付き合ってくれよ…」
ヒビだらけの眼鏡のレンズ越しに女根建を見つめながら彼は言った。
「こんな状況で言うことかよ!だらしねえなぁ!」
でもそんな彼が愛おしかった。やっぱり好きだ、どうしようもなく好きだ。この気持ちに嘘はつけない。
女根建は空を見上げた。涙を彼の顔に落とさないようにだった。
だだっ広い空には雲ひとつ無く、そこを横断するようにツバメのつがいが飛んでいた。
思えば今までの人生、ずっと縛られてきたな。
小さい頃から友達と遊ぶ時間も与えられず塾に通わされた。いつだって親根建の機嫌をとることばかり考えてきた。
今回だってそう。言われるがまま男子校に入れられて、私の人生ってなんなの?
女根建は心の中でつぶやく。
「ちょっとくらい、はみ出してもいいかな。」
遠くでツバメが鳴く声が聞こえた。
そうだ、私は親根建のロボットじゃない!
家のルールなんてもう、知らなぁーい!
追い出されたって、上等だよ!
やれるもんなら、やってみろよ!
女根建は文田の方に向き直し、ハツラツとして答えた。
「いねえって!ずっと大好きな人からの告白、二回も断るやつなんて、いねえって!私の彼氏、やってみろよ!」
開放感で胸がいっぱいだった。
彼が上体を起こそうとする。
「なあ!動いちゃダメだって!まだ傷が」
その言葉を遮り、彼は女根建の唇を塞いだ。
起き上がる動作の延長で、流れるようなキスだった。
女根建はゆっくりと目をつぶった。町の喧騒も鳥のさえずりも、今は聞こえなかった。
「もう、JOYしすぎだって」
唇を離した女根建は照れ臭そうにそう言い、二人で笑い合った。
初夏の爽やかな風が二人の間を吹き抜ける。
女根建の高校生活は、まだ始まったばかり。
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