小料理屋《すみ多》〜SOBA ALEと苺〜
「ちょっと蕎麦宗さん、新聞見たわよ!」
出勤して扉に鍵を刺さんとした時に、後ろから声がした。ママチャリを押して近づいて来たのは蕎麦宗の近所の小料理屋《すみ多》の女将さん。語呂がいいので令和3年3月3日とした蕎麦宗ビール発売のその日、数日前に静岡新聞という地方紙にその関連記事が載った事を話題にしてくれていた。
「あたし、嬉しいから、また切り抜いて店のカウンターに貼ったわよ」
「また」、というのは説明がいる。2019年の秋に世界一過酷だと言われる台湾KOMなる自転車のヒルクライムレースに参加したことが静岡新聞の記事になった。お客さんからのクラウドファンディング、つまりは募金で参加したことが新聞記者の興味を引き、掲載されたのだった。
《すみた》の女将さんはその際も切り抜きを今回と同様に貼ってくださって、僕はその返礼に参加した台湾KOMのゼッケンを譲った。女将さんは自分の父親と同い年。店主と共に常連客も高齢化していて、兎角そうなれば話題となるのは暗い話ばかりらしい。「〇〇さんが亡くなった」とか、病気の話やどこそこが痛いとか調子が悪いとか。老人になると口を開けば愚痴っぽく湿っぽくなるのは致し方ない。
そんな店内の雰囲気を明るくしてくれるから、という理由で僕の記事を貼ってくれるらしい。なので、当然だが嬉しい。
「女将さん、ちょっと待って…」
お礼がてらに前日配達された《SOBASO ORIGINAL SOBA ALE》を一本差し出し、
「女将さんせっかくだから呑んで、空瓶をその記事の横に飾ってくださいよ!」
と手渡した。
「こんな高級なもの、すいません…ありがたく頂いていくわ」
そう言いながら仕入れ用のママチャリで店へと帰って行く女将さんを見送った。
その翌日。蕎麦打ちをしていると、コンコンと店の扉を叩く音がする。
「蕎麦宗さんいらっしゃる?」
《すみた》の女将さんだ。
「どうですか、飲みました?!いかがですっ?」
「勿体無くて一人でなんか飲めないわよ、それよりこれ」
そう言って手渡されたのは大粒の苺だった。
「大したお礼じゃなくてごめんなさい、良かったら」
なんだか申し訳ない気持ちもなくはないが、ありがたく頂いた。バイトスタッフ達にもおすそ分け。それにしても蕎麦宗のビールよりもこちらの方がはるかに高級品ではなかろうか。有難い限りです。
プライスレスなモノに対するお礼や返礼はプライスレスだ。その気持ちも含めて、喜んで受け入れることが出来るならば、きっとまたそれらは届くだろう。
では、ガンバラナシませう