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バスから降りる勇気
旅するスーパースター、蕎麦宗です。
先だって、亡き妻の命日の前日に大学時代の仲間達が墓参りに来てくれた。コロナ禍の遠慮もあって4年ぶりに大勢が集まり、彼等の帰路に僕も合流して、蕎麦宗近くの喫茶店で再会を果たした。
若き頃の友人を亡くした人達に共通するのは、《自分の人生をどう生きるのか》と言う命題に対して、真剣に向き合う時間を持ったことだろう。それでも日々の生活は些末なことに追われ、周囲の圧力に揉まれ、自身の思い描く通りには行かない場合がほとんどかと思われる。
その際の一人の話に応え、ついつい熱弁を振るってしまったので少しだけ書いてみるとしよう。
…とある日。帰宅途中のAさんは同僚とバスに乗っていた。そこへ突然の雨。そして、バスは止まったまま。渋滞だろうか。事故だろうか。車列は全く動かなくなった。鮨詰めに混み合った車内は落ち着かなく、緊迫した雰囲気は吊り革を掴む肩から触れ合う肩へと重く伝わる。降車も脳裏に浮かんだが、行き先の駅まではまだ随分とある。傘は持ち合わせていない。
と、Aさんが思った矢先、同僚は唐突にボタンを押してバスを降りることを決めた。そして、行き先は構わずに次の停留所で降りた。
一人残ったAさんは、延々と待たされる窮屈なバスの車内に辟易としつつ、疲労困憊の体で長時間を過ごして、ようやく行き先の駅へと辿り着いた。
『あそこで降りる勇気って凄いな!って尊敬するのですが、降りたいと思っても自分には出来ない決断だとも思いました。山さん(蕎麦宗)はきっと降りるでしょ?!』
という。
『だね、降りるな。傘なんてコンビニでも売ってるし。それに案外そんな時に歩いてたら、ひょっこりと知人がクルマの窓開けて『どうしたの?乗って行きなよ!』とかさ。あるいは、誰かが傘を差してくれて雨宿り場所まで行ってくれたり、会話が盛り上がってなんなら良かったらお茶でもとか。それがイケメン(美女)だったりして…なんて想像したら楽しいかも知れんじゃん』
『なんか、山さん言うとホントにそうなりそうですね』
『そうなるかも?ってイメージしてると、案外そうなるんもんじゃん!って気がするよ。こう言って面白がっているのが、引き寄せるイメトレなのかもね』
二人ほどが同意して、うんうんと頷いている。きっと彼らもそう行動するのだろう。
たかだか《バスを降りるかどうか》、ではある。でも、考えてみたらそれは人生そのものだ。自分自身の決断で、自分の気にいる楽しい事に出会ったり引き寄せたりする人と、ストレス(気がつかなければ幸せだ)を抱えたままに、我慢・忍耐を続けている人と。
一度乗ったバスは、おそらく安全安心と共に、目的地へと確実に運んでくれるだろう。仮に遅れたとしても、バス会社のせいにすれば良い。思考停止してじっとやり過ごしていればいつか解放される。自由になったかも知れない時間を失うこととの代わりに、雨に濡れるリスクもずっと歩いて帰らねばならぬ苦労もない。
さて、どちらを選ぶか。僕はどちらを選んだとしても、最後に悔いなく居られるのならば、どちらでもいい、と思う。
では、ガンハラナシませう。
#決断 #バスに乗り遅れる #イメージトレーニング #人生の決断
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