第5話・才能の活かし方

もし仮に、僕が亜人ではなくて人間に転生していたならば、今の状況はどうなっていたのだろう、と思う。

セラスが帰ってから、サチとリュウと僕、3人のお昼ごはん兼”事情聴取”が始まった。
今日のお昼ごはんは、冷たい麺に出汁がかかったぶっかけうどん!薬味にはネギと生姜が乗っていて、めちゃめちゃおいしかった。
この世界にも麺があるとわかって少し興奮した。

どうやら食事はリュウがいつも作ってくれているらしい。護衛が主な仕事だが、ヒミコの正体が実はずぼらでいい加減で怠け者だということが国民はじめ周囲にバレないように、身の回りのお世話関係や交渉事、外交や事務整理まで、基本的に全て、リュウがやっているのだとか。オールマイティとはまさにこのことだ。

今日のうどんは、最近、領土内で生産され始めた小麦を使った料理の試作だ、正直まだ自信がない、正直な感想を聞かせてくれ、とリュウは少し不安げに言っていたが、ツルツルしていてコシがあり、とてもおいしかった!
切り方はまだ慣れていないらしく、ところどころ太いところや切れて短くなっている麺が入っていたが、お世辞ではなくて、味はおいしい。出汁の塩加減も麺にピッタリと合っている。
そう伝えると、リュウはほっとしたようにありがとう、と言った。

「リュウってさ、昔から、始めたことはだいたい形になるまで継続して、マスターしていくよね〜」とサチが言う。
「子供の頃から、私がおもしろいよ!って思ったことにリュウを巻き込んで一緒に始めて、私はすぐに飽きるんだけど、リュウはなんやかんやでずっと続けて上達していく、ってパターンなんだよね〜」
「逆に、何でそんなにぽんぽん興味が変わっていけるのか、俺には理解ができないけどな。まあでも、お前はその度にスキルアップしている気がするから、それでいいけど」リュウがうどんをもぐもぐしながら言った。
「サチは、やりたいことをやっている時が一番エネルギーが高い気がするから、それでいい。俺が、お前に必要だと感じることは後追いで身につけていってやるから安心しろ。」
リュウってイケメンすぎません!?
「そんなことを言ってくれるのはリュウだけ!おかげで何とかここまでこれました、ありがとうございます」サチは大げさに深々と頭を下げる。
その瞬間、リュウの前にまた、赤いカードがキラキラと輝きながら浮かんだ。

やっぱりそうだ。
さっきのセラスのカードへの違和感はやはり”輝き”だ。
セラスのカードもリュウと同じく赤かったが、暗く、動かずに静止していた。

リュウは、サチのために行動をし続けることが持てる才能を活かすことにつながっているんだろう。だから、サチに感謝をされた瞬間に、才能が輝きを放った、と考えることができる。

だとすると、やはり、セラスは自身の才能を使っていない、またはそもそも才能に気がついていないのかもしれない。
リュウのように、誰かのために学び続けたり、努力をする行為は、他人からすればきつそうにも見える。が、きっと、リュウにとっては自身の才能をフルに活かす行動であり、その場合にはエネルギーは無限に湧き出してくるのだろう。
カードが放つ煌めきが、僕にそう伝えてきている気がした。

「・・・アサヒ、今、見えない何かを見てるんじゃない?」
サチにそう声をかけられて、僕はギョッとしてサチを見た。サチは澄んだ眼差しで僕をじっと見ている。
「・・・はい、実は僕、時々、その人が持つ才能が見えるみたいなんです。」
僕は恐る恐るそう伝えた。
「やっぱり。さっき、セラスと話している時も、今みたいな表情をしてた。驚いたり、困惑したり、話の内容とは関係のないところで、アサヒの感情が動くのが見えた。で、セラスとお友達になりたい発言でしょ?絶対に、何か感じるものがあるんだと思ってたんだよね。」サチは僕を凝視したまま、穏やかな表情でそう言ってくれた。
「ねえ、アサヒ、何がどう見えるのか、話してくれない?」

どこから話せばいいのだろう。生まれ変わったことは話していいんだろうか。
クモの方に目をやるが、クモは相変わらず、ふわふわのしっぽに顔を突っ込んで寝ている。
ひとまず、カードリーダーアビリティのことだけ話すことにした。

  • 人の前にカードが浮かんでいるように見えることがあること

  • そのカードの内容は一人ひとり違っていて、光っている時と暗く動かない時があること

  • もしかしたらカードの内容は、その人の才能を表しているのかもしれないこと

「カードは、すべての人のものが見えるわけではないのですが、サチさんとリュウさんのはキラキラ輝いて見えました。
でも、セラスさんのカードは暗く動かなかったんです。
だから、もしかして、才能に気がついていないか、封印しているんじゃないかな〜と思って、さっきはあんなことを聞いちゃいました」
ドキドキしながら話してみると、サチもリュウも、思ったよりもずっと真剣に聞いてくれた。

「ふーむ、なるほど。それで、セラスに何をしたいか聞いた、ってわけか」リュウが考え込む。
「え〜おもしろい!私のカードにはなんて書いてあったの!?」ワクワク顔でサチが聞く。

「えっと、サチさんのカードは・・・」

『私という黄金比』と書かれたカードの内容を、僕は読んで聞かせた。
最後の「自死を選ぶ」というところは、なんとなく、言わなかった。
「うわ〜!なんかすごくかっこよくない!?これが私の才能なの?」
サチが興奮した様子で叫ぶ。
リュウは感心した様子で「当たってるじゃねーか」と言った。

僕が「当たってますか・・・?」と聞くと、リュウはうなづいた。
「サチは、自分の軸がまっすぐ通ってるんだ。その軸から外れたことはやらない。というか、できない。
大人ぶって、他人に合わせようとしたこともあるが、だんだんソワソワしてきて、結局、自分の道に戻ってくる。
俺からすると、もっと気楽に生きてもいいんじゃないか、と思うこともあるくらい、サチは自分の生き方に真っ直ぐだ。まさに、自分の美学を生きていると思う」
「え〜照れるなあ」嬉しそうにサチが言う。「で、この才能を活かすにはどうしたらいいの?」

そこだ。僕もそれは思っていた。
才能が見える化されるのはいいとして、その後、どう活用していくべきなのか。
本来、大事なのはそっちだと思う。

この世界に来る前、同じクラスの女子の間で性格診断テストが流行っていた。どうやら海外のアイドルグループがそのテストを活用して、自分はリーダータイプだ、とか、芸術家タイプだ、などと話していたらしく、女子たちは楽しそうに、私はアイドルの誰それと同じだ、とか、当たってる、とか、キャーキャー騒いでいた。
別に、楽しむこと自体は悪くない。というか、娯楽の一つとして心理テストのようなものはとても楽しめるコンテンツだと思う。
だけど、それだけで終わってしまったら、”占い”と変わらないじゃないか。
平和な世界なら娯楽で終わっていいが、この世界では、才能をどう活かすか考えないと、ただの時間の無駄になってしまうんじゃないか。

リュウの場合はわかりやすい。誰かのために行動し続けることが、エネルギー源になり、オールマイティな活躍ができ、圧倒的な結果につながるのだろうと想像できる。
それに比べてサチの場合は、己の美学を貫くことでどんなメリットがあるだろうか。

僕が返答につまっていると、脳内にクモの声が響き渡った。
「なんちゅーことはない、自分らしく生きるために才能はあるんよ」

クモ!?起きてくれたの?
「難しく考えんでもええんよ。自分らしく生きていくことが、最終的には世界のためになるねん。実にシンプル。
そのためにはまずは自分を知らんとなあ。アサヒのアビリティの価値は、その人が自分らしく生きる後押しと、それによってこの世界がよくなることに繋がるんよ」

クモは、相変わらずしっぽにくるまって寝ているように見える。寝たふりして話は聞いていたようだ。
ありがとう。なんとなく、わかった気がする。

才能の活かし方を、カードゲームのキャラクターで考えてみよう。
ゲームには、攻撃型のキャラもいれば、回復系のサポート特化型のキャラもいる。経験を積むことで攻撃も強く回復も可能な上級職のキャラに進化することもある。
キャラクターによって得意なことは違うので、バトルの時に大切なのは、それぞれの強みを活かすこと。
攻撃型のキャラに回復魔法を使わせるのはターンの無駄使いだ。
回復型のキャラの方が、回復量も大きいのだから、回復は仲間に任せて、攻撃型のキャラはアタックで敵を倒すことに集中した方が、当然、バトルの勝率が上がる。
自分自身の強みを知り、仲間の強みを信じ、自分の得意に集中する。それこそが才能を使うために大切なことなんだ。

僕はサチを見て言った。
「サチさんは、自分でこの才能を使っていると思いますか?」
「うーん、自分ではよくわからないけど、リュウも言ってたし、まあ、違和感はないかなあ」サチはのんびりと答える。
「だったら、そのままでいいです。サチさんは、この才能をすでに使っていますから。これからも、自分が正しいと思う道を、ぶれずに進んでいってください」

「・・・それだけでいいの?」
・・・あれ?心なしか、サチさんの声が沈んでいる気がした。
が、次の瞬間にはパッと顔を上げ、いつもの太陽のような笑顔でこう言った。
「じゃあ、これからもリュウやみんなのお世話になっていくことにする!」

そのあとは、リュウのカードの話になった。
カードの内容を読み上げると、「リュウ、ドンピシャで当たってるじゃーん!裏切り者は絶対に許さないだってさ、怖っ!」サチは大笑いしながらそう言う。
確かに、リュウの印象にドンピシャで当たってると僕も思う。本当に仲間思いの人だもん。
うるせー、と恥ずかしそうにするリュウの真っ赤な顔を見ながら、初めて会った時の鬼の形相を思い出して僕は少し震えた。

「それで、セラスのカードはなんのカードだったの?」
ひとしきり笑った後でサチが聞く。確か、「サクセスストーリー」だったような。何て書いてあったかな。

そう思った僕の目の前に、ゲームのインベントリのような画面が現れる。インベントリの中にははてなマークのカードがたくさんあるが、3枚だけ、表面が開いているカードがある。
そう、サチの「私と言う黄金比」、リュウの「お前らのために」、そして、「サクセスストーリー」だ。
一度目にしたカードはこうやって見ることができるようだ。
サクセスストーリーに意識を集中させると、カードが拡大されて見えるようになった。

カードの内容を読み上げる。そして僕は、セラスのカードは輝いていなかったこと、眠っているようだったことを話し、だから、才能を支えていないんじゃないかと思ったことを伝えた。

サチは腕組みをして、口を尖らせて上を見ている。
リュウはふーん、と言った後、つぶやいた。「セラスは、自分のことをほとんど話さない。本当のあいつは、どんな人間なんだろうな。」

もし仮に、僕が亜人ではなくて人間に転生していたならば、今の状況はどうなっていたのだろう、と思う。
セラスは僕が亜人であり、この世界で卑しいとされる身分なのに、神聖なヒミコのそばにいること自体がリスクであると言っていた。
僕が人間として転生していたら、僕は人目をはばからず外に自由に出ることができただろうし、セラスに追放すべきと言われることも、なかったんだろうな。

さっき、セラスに責められた時は正直、ちょっとショックだった。僕はここにいていいんだろうか、と、サチとリュウに迷惑をかけることにならないか、と、不安な気持ちもある。
けど、もう、僕はここにいて、これからもこの世界に生きていくのならば、ここにいたい。
そのためには、セラスに信用されることだ。役に立つと証明することだ。
その上で、どうすれば亜人であることのリスクを軽くできるかを、一緒に考えてもらうことだ。

明日、僕は、このアビリティを使って、セラスさんの役に立つ。

「僕、明日、がんばってきます。」意を決して2人に告げる。
「まだ、何ができるかわからないけど、セラスさんのことを知り、何かお役に立てることはないか探ってきます。」

その日の午後のことは、緊張であまり覚えていない。
明後日、僕はどうなっているんだろう。
右も左も分からないこの世界で、ひとりぼっちになるかもしれないということを考えるだけで本当に怖くなる。
思えば今まで、高校生の僕は家族に守られてきたんだ。それはあまりにも当たり前のことで、家族に理解してもらえない歯痒さから反抗的な態度をとったこともあるけど、今なら心から両親に感謝できる。
この世界にきてからもそうだ。
クモに拾ってもらって僕はサチの屋敷で守られている。ふかふかのベッドとリュウの美味しいご飯をもらって、安心して生きていられる。
これは、決して当たり前じゃなかった。

明日からのことを考えると、怖い。
でも、だからこそ、僕は「今」にフォーカスすることにした。

僕は、転生アビリティを使って、この世界で生きていく。
そのために、明日はセラスを知り、彼の役に立つ。
そこだけにフォーカスをする。

あれ、自分ってこんなに強かったっけ、と、苦笑する。
一度生まれ変わったからかな。
明日、僕は、自分の才能で勝負に出る。


【続く】

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