見出し画像

【1章】 11.愛の人










「えっ、…じゃあ妹川も行くん?」

「うん、そうだよ。あいつもその”血魂”ってのに成功したからさ」

「…そうなんだ…。てかあいつも屋敷見つけ当てたとはな…」

「いや、好香の奴はサイト巡りはしてないみたいだぜ?…んぐっ、つーかこれうめえな。もう一本頼める?」

「ああ、ハートね…。ちょっと待って、そいつはちっと焼くの時間かかるから母さんに言ってくるわ。









ーーーーーー……、て、……ええ!?!?なんそれ!?どういうことよ!?」















ーーーーーある日の祝日、昼の14時頃。


まだ開店前の”居酒屋 うるし”の奥の座敷席で大声が響き渡る。






ーーーースルッーーーー



「富雄っ、うるさい!!美羽と羽莉が起きたらどうすんの!やっと寝てくれたのに…!」

「あっ、母さん、すまん。ハート焼いてくれる?」

「自分の食べる分は自分で焼きなさい」

「…いや、俺じゃなくて神田がだな。それに俺は今こいつとべらぼうに大事な話をーーー…」

「あら!冷基くん来てたの?」

「ちっす、邪魔してま。忙しい時にわりーな、うるし母」

「いいんだよ、全然。なに、ハツ食べたいの?他は?なんでも焼いてあげるよ。お昼食べてないの?チャーシュー丼作ってあげよっか?
ーーーお母さんは?仕事中?」

「や、昼は食ったんだけど小腹が減ってさ。飯はいいわ、なんかテキトーに焼き鳥欲しいかな。

あと母ちゃんは買い出し中。今は父ちゃんが店番しとるわ」めっちゃ聞いてくるなw

「あら~♪そうなの!相変わらずお父さんよく働くねえ♪うちとは大違い…」

「うるし父はいねーの?」

「あの人は買い出し中」

「うちと変わんねーじゃん(笑)」

「うふふふ(笑)すぐに焼き鳥盛り合わせ焼くからね、ちょっと待っててね~

ーーー富雄!あんた冷基くんにジュース入れてあげて!」

「はあ~?ジュースは売りもんだから絶対飲むなって俺には言うじゃん!」

「早く!!」




「ーーー…くっそ、お茶で十分だろうがっ…!!

神田がうちに来ると俺の不平等と理不尽をより強く感じる……」






ーーーードンッーーーー!!



「おらよっ!!」

「うおっ、態度の悪ィ店員のいる店だなあ?おい。服にコーラが飛んでんだけど?」

「ヤカラ反対!文句あるなら俺が飲んだらあ!」

「こら!富雄!!あんまりゴチャゴチャ言ってるとトマト食べさせるよ!」

「チキショー!!!なんでこんな理不尽なんだー!!!」

「てめーは自分ちでもうるせえなあ。チビたちが起きてくるぞ」

「黙れ!」

「ほんとにあんたは…、姉ちゃんと兄ちゃんにどやされても知らないからね!」

「はーん!今あいつら二人ともいねーわ、だから俺が天下なんじゃいっ!」束の間のな!

「あー、そういうことな。だからお前んち集合だったんだ」





ーーーーードンッーーーーー


「はい、冷基くん♪たくさん食べなね。

ーーーで、富雄!母さん上で用事済ませるから、夕方までに焼き鳥の仕込みよろしくね?」

「はあん、天下はそんなことせんわ!」

「今お姉ちゃんもお兄ちゃんもいないんだから、仕方ないでしょ」

「いや、いても俺でしょうが、いつも!?毎日!?」

「いいでしょ、あんたが一番ヒマそうだし」

「……くっ…!ストレートな正論はやめろ、母よ…」傷つくわ

「じゃあ冷基くん、ゆっくりしていってね♪お母さんとお父さんによろしく」

「っす、サンキュー」




ーーーーースッ――――…



「…はあ……」

「お前も食えよ、うるし」

「俺はいーわ…。昼も焼き鳥食ったし…。つーか仕込みしながら話すわ…、お前はゆっくり食え…」

「いーなー。こんなうまいもん毎日食えて」

「いや飽きるわっ!!……ってそんなんはいいんよ。さっきの話だよ。

妹川はどうやって屋敷見つけたん?俺、クソほど苦労してさ、あれでも最速で見つけたと思ってたんだが…」

「あいつの連れがハッキング?してドラッグストアを特定したらしい。だからあいつはその場所に直で向かっただけ」

「はあ!?何それ?そんなんアリなん?」

「さあ。でも結果、依頼受けてもらえてるからアリなんじゃね?」

「…んだよ、それ。俺がどれだけの犠牲を払ったと思って…ーーーー

…つーか、その連れって美好ジュニアくん関連の人?」

「そう、”若桜”ってやつ」

「…!天才バイオニストの!?」

「”元”だろ?今は歌手じゃないの?詳しく知らんが…」

「まじか!すげえ!やっぱ天才なんだな!どんな楽器もすぐに弾きこなすし、すげえIQが高いって有名だもんな!お前は若くんにも会ったことあるんか?」

「まあ、何回かだけな」

「いいな~!俺もいつか会ってみてえわ。若くんもだし、”あっくん”とかもさあ」

「うるしは本当に美好周りの奴らが好きだよなあ」

「!そりゃそうっしょ。彼らの音楽ももちろんかっこいいけどさ、活動理念?っての?あれがすげえなあって思うんだよ。

超リスペクトしてるよ!ジュニアくん達のファンは俺みてえな奴、すげえ多いと思う」

「ふうん?なら好香が同じ学校でしかも同じクラスで超ラッキーだな?お前。あいつも美好一味の一員じゃん?」

「あいつは別、リスペクトしてねえ!寧ろあのメンツの中で浮いてると思ってる!」

「それはお前があいつと折り合いが合わねえだけだろ(笑)」

「いや、世間の意見も一緒よ、これは。俺が妹川と相性よくねえのは確かだけども、それとは別にあいつはあの一味には合わんし、なんならジュニア君の彼女としても釣り合ってねえ。

ーーーー…って、結構言われてたよ。前から」

「ふうん?世間様に?」

「そう、世間様に」

「世間にも学校でも色々いちゃもんつけられて好香も大変だな~(笑)」

「仕方ねーよ。目立つ人の彼女として贔屓されてメディアに出て売り出されてたんだ。それに初めの頃、お前だって言ってただろ。

あいつ、ふてぶてしいし愛想が悪すぎんだよ。しゃべっててもなんか冷てえし、他人に対して思いやりとか感謝の念とか無さそうに見える。

…だから才能があっても叩かれるんだよ。仲間内でも初めは相当煙たがられてたみたいだぜ」

「ふーん?俺はあいつ、面白い奴だと思うけどな?一緒にいてもほかの女みたく気を遣わなくていいし、うるさくねーしな」

「お前とは相性が合うんだろ。なんかお前らちょっと似てるし…、いや、あれだ。お前に似てる女って時点でやばくね?

神田は男だから許される、的なとこがーーーー…。いや、そんなんねーな。お前らそれぞれアウツだわ!」

「やかましいわ。まあでもさ、お前や他人がなんて言おうと、美好が好香にベタぼれだったからな。仕方ねーな、そこは」

「…あー、だよなあ?やっぱり。それも有名。テレビで色んなとこ連れまわしてるの見てもわかった。

ーーーどこが良かったんだろうな?美好ジュニアは、妹川の」

「さあな~。でも美好は基本的にああいうルックスっつーか、雰囲気の女が好きだから」

「あ、わかる。どっちかっていうと愛想悪いちょっとクール系、だよな。歴代彼女もそんなのばっかだった。

そしてもれなく性格がよろしくなくて、ジュニア君が尽くしまくって最終的にフラれるーーーという、」

「お前、まじで詳しいな?」

「だって世間に全部明け透けにするじゃん、ジュニアくんって。そこがまた好きなとこなんだけど」

「そんなに好きならやっぱ、お前が行った方が良かったんじゃね?」

「え?」

「影屋敷だよ。突っ込みどころは多々あるけどよ、お前の言う通り噂自体は本当だった訳だけだしさ。今からでもバトンタッチするか?」

「…俺、”血魂”成功するかな?」

「さあ、それはわかんねえ。やってみねえと」

「…血、いっぱい抜かれて死ぬかもしれないんだよな?」

「うん」

「無理だ…。お前みたいに俺は”死んでもいい”なんて覚悟は決まらん…。…あと注射死ぬほど嫌いなんだ…」

「そっか、じゃあ無理だな」

「…すまん、神田よ」

「いや、別に。それはいいんだけどお前、肝心なこと忘れる癖はなんとかしろよな」

「え?なんのこと?」

「……まーいっか。焼き鳥、お代わり」

「はあ!?もう今日の営業分しかストックねーわ!ーーーから、チャーシュー丼でいい?」



















ーーーーーー午後16:30ーーーーーーー






ーーーーガチャッーーーーー…

ーーーーゴロンッーーーー!



「…あーーー疲れたっ…!!

神田の奴、結局チャーシュー丼とシメのラーメンまで食って帰りやがった…。あいつの小腹、宇宙問題…。あれで普通に夜飯食うんだろうからすげえよな…。

ーーーはあ…休みなのに相変わらず働きすぎ、俺…。

野蛮な兄と姉が仕事と遊びから帰ってくるまで…
そして双子の怪獣たちが起きてくるまで…

束の間の俺の休息タイムーーーーー…。

くう…至福すぎる…っ!


ーーーー…あれだな、日常が理不尽な奴ほど一瞬の開放に幸せを感じる…、ああ、俺は幸せ者だぜ…。毎日飯が鶏肉でも、家族にコキ、使われててもーーーー…」


ーーーーチラッーーーー…

「…前に妹川が持ってきた香典返しの品ーーー、…下持っていくの忘れてたな。

魔獣の姉ちゃんに食われる前に双子怪獣ちゃんたちに食わせてやろう」




ーーーー自室のベッドの上。束の間の休息の幸せを噛みしめながら、漆原富雄は考える。
机の上に置きっぱなしにしていた”御会葬御礼”ののしが貼られた菓子を目にいれながらーーーー。


「………ーーーあれ、あいつが買いに行ったっつってたな。…どんな気持ちで買いに行ったんかな。

さっきはああ言ったけど…、妹川が屋敷に依頼を受けてもらえたのもきっと神田と同じ、覚悟を見せた上で血魂ってのに成功したから…?だよなあ…。

……。

こいつをうちに持ってきたときも、学校でも、テレビで流れたお別れ会の会場の映像に映った時も、全然悲しんでそうに見えなかったけど、…もしかしたら、”死んでなんかない”って信じてるから?

…じゃないと、わざわざ屋敷にいかねーよな。あいつのことだ、黙って血だって抜かせねえだろうし。

…そうするくらいにはジュニアくんのこと、大切に思ってんのかなー?あいつなりに。

う~ん…でもやっぱり、俺には全然そうは見えねんだよなあ……」










ーーーーー漆原富雄は疲れから目を閉じると、”お別れ会”の風景を思い出していたーーーーー。




会場の中には入っていない為、結局入口の雰囲気しかわからなかったがかなり大きな葬儀会場だったので入口も広く、玄関から建物の中に入るまでが大きな庭になっており、庭には大きな池や大きな遺影台があり、そこだけでもたくさんの人で溢れかえっていた。

ある女性グループは輪になって人目をはばからず嗚咽を漏らし、ある強面でガラの悪そうな中年男性は庭の真ん中の大きな遺影台の前に座り込み無言で酒を煽っていた。

泣く者、喚く者、語る者、暴れる者ーーーー。
それ以外に楽器を演奏する者もいた。

通常の葬儀とは異なる常軌を逸したその雰囲。それこそがまさに故人の自由な人となりを表していた。


その中の一人に会場の玄関に足を踏み入れるやいなや学ラン姿で香典を連れの顔に投げつけた男、神田冷基。

青味がかった黒髪で、こんな場でもラフに着崩した制服、立ち姿は自然体。粗暴で無礼な態度もデフォルト。”友達の急な自死で気が動転していたから”とかではない。”いつも通り”、彼はそういう男だった。


その無礼者に容赦なく香典袋を投げつけられたもう一人の学ランの少年は漆原富雄。冷基のような無礼者ではないが高い背丈とオレンジに染めた髪で彼よりも目立つ容姿をしている。

が、冷基とは違い常識人の為、彼の無礼を咎め、謝り、時には加勢するのは幼い頃からのうるしの役目であった。


ーーーが、今回ばかりはどうだろうか、とうるしはしばし、思案した。

冷基が投げた香典袋をズボンの右ポケットに突っ込み、巨大な故人の遺影に目をやった。はじける様な笑顔は、同性でも思わず目を奪われる。



「…こんなことになるなら、一度は会ってみたかったな。”美好ジュニア”」



故人の美好萌人は若くして有名カリスマ音楽プロデューサーだった。少なくとも10代~30代の若者の間で彼を知らない者はいないだろう。彼の父親も有名な政治家なので、それ以上の世代も名前を聞けばピンとくるはず。
美好は元々の知名度や音楽的な才能もさることながら、その人柄に圧倒的なカリスマ性があった。

青年にしては可愛い造形の顔に、流行を生むファッション、気取らない素直な性格。そして何より彼は大好きな音楽を誰よりも楽しんでいた。

彼のおかげでどれほどの若者が救われたんだろう。命を絶つのを踏みとどまっただろうか?

そう、彼は現代社会の莫大な自死の増加を憂いて、他人の、皆の”命””を繋ごうとする若くして壮大な思想の持ち主だった。

現に彼は自殺志願者の若者を集い、悩める家庭問題からの避難所として場所を提供したり、ひとときでも音楽を楽しめる様にスタジオを作り開放するーーーという慈善活動をしていた。


美好という人は、有名な親の元に生まれても、若くして成功していても、決して私利私欲で動くことがない、とても利他的な人間だったのだ。

そして、世間の若者と同じく、うるしもそんな彼に憧れを抱くファンの一人だった。


「”ありえねえ”って、神田の奴、言ってたよな…。確かに、そうかもしんねー…」



”自殺”を阻止する為に自分の稼いだ大金をはたき、率先して活動する若者。そんな彼が自ら死を選ぶだろうか?

確かに美好の生い立ちは複雑で、彼自身メンタルが弱いというのはファンも周知の事実。


…だがーーーー。



「…うむ」


うるしは再度、遺影の中の美好の笑顔を見たあと、両手をポケットにいれてお別れ会の会場をあとにした。出入り口の看板の前で一度立ち止まり、振り返り確認する。会場に訪れていたたくさんの人々の様子を。

さきほどまでは居なかった、遺影に向かい怒号を浴びせるスキンヘッドの男。その場に座り込みすすり泣く金髪の小柄な女性。
場違いに談笑している者もいたが、とにかく会ったことのない個人の偉大さを身に染みて感じるのであったーーー。





「…うっしゃ!」


ーーーグシャッーーー!



左ポケットには自分の母親に持たされた香典袋。
右にはさきほど冷基に投げつけられた分。


それらふたつを取り出し、看板の隙間に挟み込み、うるしは踵を返すのであった。






















ーーーーーーガチャッーーーーーー!!




「くおら!富雄!!店手伝わんかいっ!祝日で忙しいのわかってるでしょ!?」




ーーーーバサッ―ーーー…!

「………寝てたーーーー。…魔獣がーーーーー…帰ってきてる。

まじか……クソッ…ということは19時…!もう終わりか、俺の至福タイム……ッ…!」

「ああん?今なんつった?てっめえ、殺すぞ。はよ起きんかいっ」


ーーーーグイーーーッ!!


「いててて…っ!!わーった!すぐ起きっから耳を引っ張んな!ダンボになんだろうがあっ!!」

「うっせー、早く降りろ!じゃないとあたしが手伝いさせられんだよっ!」

「わかった、わかったけど!!なあ、蓮香ねーちゃん!!」

「ーーーっ、なんだよ?無駄に声デカイんだよ」

「来週の土曜日は俺、外せねえ用あっから!帰り何時になるかわかんねーし、店の手伝いも子守もできねーからな!!よろしく!」

「はあぁ~ん?なに言ってんのアンタ。そんなん許されると思ってーーー」

「俺は!!!」

「…っっせーな、まじでっ」

「やっぱり…いても立ってもいられんのだ!!…妹川がどう思ってるとか…そんなんは関係ねー!
大体、屋敷に神田を行かせたのは…この俺だしな!」

「なにわけわかんないこと言ってんの?いても立ってもいられないならさっさと下行けっ」


ーーーゲシッーーー!


「いでッ、…後悔するぞ、魔獣!俺が血の力を手に入れたらーーーー…」

「黙れよ中二病、鳥焼いてこい」

「…っせー!!!言われんでも焼くわ!!今日はな!!!でも覚えておけ、土曜日からの俺はもう暇じゃねえ!」

「てめーこれ以上でかい声だすとてめーを焼くぞ」

「………ーーーすいません、行ってきます。…あ、机の上のお菓子良かったら小怪獣たちと姉ちゃんでどうぞ……」























ーーーーーーこうしてうるしは、自分も屋敷に行くことを決意した。


















美好萌人







いいなと思ったら応援しよう!