【1章】 12.資質と素質
「あれ、一人多いね?」
約束の日の土曜日ーーーー。
ドラッグちかげのレジカウンターではそれらしく白衣を着た外国人風の佇まいの男が客人たちを待ち構えていた。
「ブ、ブロンド美人…!」
「?漆原富雄くん、だよね?」
「!うっす!初めまして」
「ここを見つけたのは君だよね。どんな人なのか気になってた。来てくれて良かったよ。
俺はシキ・ルービック。よろしくね」
「…お、お…っす。ーーーお、俺ーーーな、男か…。まじか…綺麗な面だな、おい」
ーーーチラッーーー
「みんな一緒にくるとは思わなかったな。やっぱり友達だったんだ。
冷基と好香は体どう?連絡一回もなかったけど、変わったことない?」
「おー。特に。今そこの信号で会ったんだよ、なあ?」
「…うん。あたしも別に、変わったことない」
「…そう?じゃあ、まあとりあえず、下に行こうか」
「…し、下!う、噂の屋敷かーーーーッ…!」
冷基とうるし、好香の三人はシキに連れられるまま地下へと降りていく。うるし以外の三人は至極、落ち着いている。
「店、お前がいないと無人状態だけど大丈夫なん?」
「平気だ。すぐに代わってもらうから」
「あー、”ちあき”、だっけ?いるんだ?」
「いるよ。でも、店番は彼じゃなくてーーーー…」
ーーーーースッ……
「あっ、シキ。私もう上がった方がいい?」
「ああ、ちょうどいいところに。待って、軽く紹介しておく。
彼女は千弘(チヒロ)。千空の妹で、このドラッグちかげの看板娘だ」
「……かっーーーー可愛い……!!!」
「ああ、うるしくんは全員初めましてになるね。この後すぐに会うんだけど、この屋敷の主が千影ってお婆さんで、この人はそのお孫さんだ」
「…え?う、うるしくん?」なぜその愛称を
「学校でそう呼ばれてるんでしょ?君のこともある程度は調査済だから、色々と知ってるよ」
「…ええ、…なんかキモイな?…そして馴れ馴れしい…」
「な、それはわかる。俺もいきなり呼び捨てだったし」
「…あたしも…」
「おい、お前らーーー」
「ふふふふっ。シキ、評判悪いねえ~?慣れ慣れしいけど結構いいやつだから、許してやってね~♪」
地下に降りてすぐの部屋の襖から出てきた少女は、全員に怪訝そうに”馴れ馴れしい”と評されるシキが面白いのか肩を震わせながら笑っている。それを見て、目が釘づけになっているうるし。
「……え、…天使ですか?」
「何言ってんだ?お前」
「…いや、フツーに…可愛すぎじゃね?心臓ギュン!ってなってんだが……」
「……病気?」
ーーージッーーー
「ってことは、こっちが冷基でーーーー、女の子が好香ね。OK♪覚えた。よろしくね、冷基に好香。とーーー、うるしはらくん?」
「”富雄”でいいっす!何だったらトミー君って呼んで!!」
「なあ~んかてめーも馴れ馴れしいなあ?なあ、好香ァ?」
「…だね。…お兄さんと雰囲気違う…」
「…コホンッ、おい、お前ら。俺はともかく、屋敷のお嬢さんに失礼だぞ」
「アハハハ!いいんだよ~シキ。こんなに年の近い子が、しかもこんなに沢山きてくれるなんて私、嬉しいもん♪
それにさ、来たばかりの頃のアンタの失礼さに比べたら、この子達なんかぜんっぜんーーーー」
ーーーグイッーーー
「ーーーはい、もういいよ。上に行って、店番しててくれ」
「わッ、ちょっとシキ~!なにさ~?私にももう少し話させてよ~?」
「これから嫌ってほど話せるさ。ーーー彼らが下りない限りはね」
「………ーーー冷基ッ、好香!
頑張ってねっ!私、応援するからっ!」
「はいっ!任せて!トミー君も頑張るから!!」
「「……はあ」」
少女はシキに話を遮られ、背中を押されながらも冷基と好香の名を呼び声をかけたが、元気よく返事をしたのはうるしだった。当の二人はまた怪訝そうな顔で気のない返事を返すだけ。
茶髪のポニーテールにパッチリとした猫目、長いまつげに細長いスラッとした手足。巷では美少女でスタイルも良いと言われている”看板娘”の千弘を適当に、あくまでマイペースに扱う冷基と好香を見てシキは内心感心していた。
ーーー特に冷基。この男は誘惑の多い血界でも、惑わされずに立ち回れるのではーーー…と。
「…シキくんよ、今日来て良かったわ、俺」
「そう?まだ何もしてないけど。千弘が気に入ったのなら君もこれから二人と一緒にここへ通えばいい」
「本当!?」
「ああ。人数は多い方がいい」
ーーーーカラン、カランッーーーー
「千影、入るよ」
地下の一番奥の部屋の前で足を止め、シキは廊下沿いに棚に置かれた鈴を手に取り、2回ほど鳴らして見せた後に襖を開けた。
ーーーースッーーーー
「っーーー…!うわ、なんだこれっ」
「…そのたっぱのデカイのは誰じゃ」
「漆原富雄くん。この屋敷を見つけて冷基に託した子だよ。この間資料見せただろ?」
「…耐えられると思うか?」
「さあね。でも血魂は恐らくダメだと思う」
「…えっーーー…」
「うるしくん、あれ見てどんな感じがする?」
「……どんなって、なんか気持ち悪い…」
だだっ広い部屋の中は灯りを点けておらず、唯一部屋の畳の真ん中に置かれた、一本の蝋燭の火だけで部屋を照らしている。
その目の前に腰かけている千影。その斜め横に、大きめの影ーーー。
ーーーー異様に赤く、風も吹いていないのに歪に揺れる炎と、赤黒い煙。
部屋の壁の赤色と相まって、余計に不気味に感じられるその光景。
それに加え、なんとも言えない鉄の様な匂いーーーー。
ーーーードサッーーーー…!
「っーーー…!…好香、大丈夫か?!」
「………ーーーっ…」
「ーーー千影、ストップだ」
「…ーーーなんじゃ、デカイのよりそいつが耐えれん様子じゃないか。
ーーー千空、もう良い。火を消せ」
「はい」
ーーースッーーー…
「うわっ!人いたの?!…ーーっくりした…」
「彼が千弘の兄の千空だよ。…うるしくん、今はどう?気持ち悪いの直った?」
「…えっ?…ああ、うん。なんか鼻も若干変だけど、まあ平気。…それより、妹川ーーーー」
千影が声をかけると斜め横から人影が現れ、炎を包み込む様に両手をかざすと何事もなかったかのうように一瞬で炎も煙も綺麗に消え去り、独特な匂いだけが部屋に残った。
異様な雰囲気ではあるがその場にいた全員はその光景、感覚をしっかりと肌で感じ取っていた。
襖を開けて炎を目に入れ煙を嗅いだ瞬間に、その場にうずくまった好香を除いてはーーー。
「おい、好香!平気かよ?」
「………っ、……」
「…え、…えっ、なんなの、今の?…あれのせいで妹川こうなってんの?」
「退いてくれ」
心配して一緒にかがみこむ冷基とうるしの前に千空が歩いてきて、二人を下がらせる。
「…あんたが、なんかしたのかーーー?」
「…彼女に向けて攻撃したわけじゃない」
冷基が千空に聞いたが、千空は短く答え、今度は好香の前に自分がかがみこむ。
「大丈夫か?」
「……ーーー」
「…吐くか?」
「………っ」
「……。シキ、千影婆。先に始めておいてくれ。俺は彼女を介抱してから戻る。
ーーー立てるか?」
「………」
好香は千空の問いかけに何一つ答えていなかったが最後の質問にだけはコクンと頷き、肩を貸そうとする千空の腕を軽く振り払って見せた。
「……え、でもさ。妹川大丈夫なん?なあ?神田ーーー」
「平気さ、彼は医者の卵だからね」
「え?そうなの?」
「うん、それにここは薬局だよ?薬剤師だっているし。それに彼女は大したことない。
…今のはアナフィラキシーみたいなもので、すぐに戻るから心配いらない」
「アナフィラキシーってなに?」
「あれじゃね?蜂に刺されたときになるやつ」
「…それも後で説明する。とりあえず冷基とうるし君は部屋に入って」
うるしが冷基にかけた言葉だったが隣にいたシキが答えて、その返答に冷基が反応する。
男三人は同年代で、並んでいると”外国人と日本人の普通の友達3人組”に見えなくもないーーーー。
部屋から廊下の様子を見ていた千影は内心そんなことを思いながら、自分の周りに三人を座らせた。シキは自分の隣に、向かいには冷基とうるしを。
「ケツ痛えな、座布団とかねえの?」
「あ、あそこにあるよ。えーと、シキくん、だっけ?使っていい?」
「いいよ。でもうちはセルフだから、自分たちでよろしくね」
「オッケオッケ、うちもそうだから大丈夫」というか俺んちは俺すべてが動く…
ーースッーーー…
「うるし、俺のも取ってきて」
「あん?いーよ、何色がいい?」
「何でもいいわ、ふかふかのんで」
「へいへい」
「…ーーーー元気そうじゃな」
冷基とうるしのやり取りを見ていた千影は正座を崩さないまま肘を机に置き、口を開く。
「俺か?まあいつも通りだぜ」
「シキになんの連絡もなかったそうじゃが、体は何ともないのか?」
「別になんもねーな。あの後しばらくはやたら腹減る感じあったけど、今は別に普通」
「馬鹿、お前それいつもだろ?そしてお前の普通は普通じゃねえ」
「ああ?そっかあ?」
「そーだよ」
「フッ、良く食うのはいいことじゃ。食べ盛りだしな。しかし冷基、お前本当にタフな奴じゃな。
…血を濃くする為にすべてを捧げてきた私の孫たちより遥かに血は濃く、体も強い、ーーー全く不条理なことじゃ」
「ーーー、」
「素質とはそういうものだ。人間だってそうだろ。残念だけど”努力”だけでは資質は超えられない。
だから、”資質がある者が最大限の努力をしてその素質を開花させればいい”というのが俺の考え方。
もちろん本人が望むなら、だけどね。動機はこの際なんだっていい」
「…あの~、その考え方ですと、”そうじゃない”その他大勢はどうしたらいいんでしょう?」
「君には君の資質があるんだから、それを生かした君にできることをすればいい。適材適所ってやつさ。
うるし君は自分も何か力になりてくて今日ここへ来たんでしょ?だったら俺は歓迎するよ。
俺達は今、圧倒的にマンパワーが足りてないんだ。君たちの依頼を受ける代わりにーーーいや、その為に、どうか力を貸して欲しい」
「…前にも言ったけど、俺はてめーでできることはハナからやる気だぜ。
でもなんだかお前らも困ってそうだな?理由あるんだろ?あんな胡散臭い方法で屋敷に人集めては来た奴の血、抜きまくってさ」
「そう、それを今日はきちんと話そうと思って。この屋敷の当主からーーーね?」
ーーーコホンッーーー
シキがそう言って千影に目線をやったのを合図に、千影は一度咳ばらいをしてさっきの消えた蝋燭に両手をかざす。
さっき千空がやってみせた様にーーー。
その様子を見て冷基とうるしは条件反射で構えてテーブルから少し下がってみせたが、何も起こらなかったーーー。
「…ーーー見ての通り、私は血力を使えない。年老いていて血も薄いからじゃ。
それを知って、私は孫たちーーー…、千空と千弘に血魂を施し、千空だけが血魂に成功した」
「ーーーえ、千弘ちゃんも…?したの?……神田に聞いたけど、血魂ってさ…命を落とすリスクもあるんだよね?」
先程の美少女の名前が千影の口から出て思わずうるしが口を挟めば、千影は目線を落としてそれに答える。
「そうじゃ。…私はあの子たちに血魂を施す為、…ひいては血を濃くする為に、まだ幼かった孫たちに血反吐を吐かせながら様々な忍耐と試練を強いた。
結果、千弘は血魂に失敗し、6年間昏睡状態になったーーーー」
「「えっ」」
「…目を覚ましたのは去年、あの子が16の時じゃ。おかげで千弘は義務教育も半分以上、マトモに受けておらん」
「まじか…千弘ちゃん…、あんな可愛い子がそんな苦労を…」
「…一年前ーーーってことは、もしかしてお前が?」
「まあね、大したことはしてないけど。…ふふ、冷基は頭は良くないけど結構、勘がいいよね」
「蹴るぞ、お前」
ーーーーボスンッーーーー!
「ふっ、お前、足はそんなに速くないな?」
「あんだとぉ?」
「…なんか君ら、仲いいね?」
千影の話の合間に冷基とシキが足先とクッションで攻防を始めたが、千影は特に咎めることもなく、話を続ける。
「うるしよ、お前の言う通り私は長い間、孫二人に大変な苦労をさせてきた。千弘だけではない、千空も血魂に成功こそしたが元々健康だった体は一時衰弱し、様々な病気・感染症に苦しんだ。
…シキがこちらへきてわかったことだが、私の血魂のやり方は危険が過ぎたようだ。
…長年研究を重ねて確立した最も安全な方法だと自負していたが思い上がりだったのじゃ」
「まあそもそも血魂はリスクを払って能力を得るーーーという前提の儀式だから。
生粋の血人達でも安全・確実な方法、なんてありゃしないんだけどね。ただ確かに血が濃い方が成功率は高い。
そういう意味では決して多くはなかっただろう血界の情報をかき集めてさらに、実際に元々血の薄い人間に血魂を施したーーー
それだけでも千影はすごいよ。
…普通は思いついても、実践はできない。増してや、自分の家族になんて」
「………」
シキが千影の話に付言したとき、冷基が千影を真っすぐ見て口を開く。
「鬼畜なばあちゃんだなあ?そこまでして血魂する理由ってなに?あれをすることで血界に行けるーーー、って話だったけど、ばあちゃんは血界に行って何がしてえの?
孫を犠牲にしてまでしたいことって何だ?てめーの方が何倍も老い先短いだろうによぉ」
「…ちょ、お前っ、またそういう言い方する…!何か事情があるかもしれねえだろ?」
「だから、それを聞いてんだろ?」
冷基の歯に衣着せぬ物言いをうるしは肘をつついてすぐさま注意したが、当の千影は声を出して笑っていた。