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【1章】 10.邪道


ーーーー時は遡りひと月半前、美好のお別れ会。

巨大な収容人数を誇る葬儀会場の主催・関係者待合室にてーーーーーー。





ーーーーーカタカタ、カタカタカタッーーーーー


「…若、何してんの、こんな時に…」

「いや、少し…。やらないといけないことがーーー…」

「…事務作業なら後でやれよ。…ここ数日ろくに寝てないやろ、お前。セレモニーが始まるまで休んどけって」

「平気です、僕は。”調整”してるので…。それより皆さんの方が休まれた方がよろしいかと。セレモニーの段取りは済んでいるから個室で仮眠をとるといい。

……残念ながら悲しみに浸る時間も僕らにはまだ先なので…せめて休息を。5分でも、10分でも眠って。眠れないなら目を瞑って横になっているだけでも効果があります」

「………」

「そこにお香があります。持って行ってください。焚くと落ち着きますよ」

「…じゃあここで焚くよ」

「いえ、僕はやることがあるから…。弛緩してしまっては難しくなる」

ーーーーーカタカタカタッ…ーーーーーー


「はあ…。何をしとんねん、ホンマに…こんなときに。…どいつこいつも」

「…あっくん、行こう。若のいう通りだよ。うちらも少し…休まないと。ほら、お香持って」

「……おう、せやな」



複数名の男女が喪服に身を包み、もうすぐ始まる追悼セレモニーの為に集まっていた。

今回の”お別れ会”を進行しているのは彼らだ。

故人・美好萌人の仕事関係者で且つ、彼と縁が深く年の近い若者たち。

こんな時でも背筋良く椅子に腰かけ、PCのキーボードを叩き続けることを会話中も辞めなかった彼の名は若桜 孝(ワカサコウ)。

相性は”若”。育ちの良さを感じさせる佇まいに落ち着いた丁寧な口調。そして色素の薄い髪、肌、瞳は儚さを備えているようで、さらに彼自身の持つ気品の高さを際立たせていた。

その若桜に別室で仮眠をとるよう促されていた男は赤松 淳(アツシ)、愛称は”あっくん”。

彼らの中でも主にこの回を取り仕切っていたのはこの二人ーーーーー。



ーーーーガチャッーーーー…

「…あっくん、お香…。良かったら好香ちゃんにも持って行ってあげて下さい」

「……あいつどこにおるかわからへんわ」

「…ーーー、……奥の喫煙所じゃないかな…」

「……ほんなら既に煙たらふく吸ってるし、いらんのんとちゃう?」

「……そう言わずに」

「……ハァ、…美好がおらん様なった途端これやで。美好がいてる時はまだ隠れて吸ってたのに。

……セレモニーの準備だって、あいつ何もしてないやろ。発起人の挨拶だって…ホンマはあいつがするべきとちゃうんか?…それどころか献花さえもせえへんし。

ーーー…かと言って、ショックで何も手につかん、みたいな感じでもない。…誰ひとり泣いてる姿とかも見てないやろ?

…正直何考えてんのかわからへんわ」

「…ご遺族にこの会の許可を取ったのは彼女だ。そもそも僕達の中で萌人くんのお父さんに接触できるのは彼女だけ。……気は進まなかったと思うよ。

…彼女は、自分がすべきことはしてるいると思う。

…それに、悲しんでいる風に見えないからって何も感じてない訳じゃないですよ」

「……ほーか」

「はい。煙草だって小さな逃げ道なのかも」

「…煙草はただのニコチンの依存や」

「はい。だから、それが逃げ道。
…辛い時は身近な何かに縋りたいんですよ」

「…あ、煙草といえば。神田冷基くん、友達と来てくれてるん窓から見えてんけど、ここ来たか?」

「……いえ、来てません」

「…おっかしいなあ。着いたら先に関係者の待合席来てって伝えた筈なんやけど」

「……遺品分けの件だよね?来たら伝えておきます」

「うん、頼んだ」




ーーーーそして更に一週間後。


彼らはまた別の葬儀会場へ来ていた。
美好萌人の後を追い、自死した仲間の告別式。その帰り道。若桜は彼女を引き止める。



「好香ちゃん、ちょっといいかな?これ」

「ーーー……え」

ーーーピラッーー…

「見つけたんだ。”影屋敷”への地図」

「……お別れ会の時にみんなが言ってたやつだよね?あったんだ、本当に」

「…うん。ここのドラッグストアの地下だと思う」

「…美都市…、”ドラッグちかげ”。

……そんなに遠くないね。聞かない名前だから個人店かな。」

「うん、恐らく」

「……見つけるのに何年もかかるって聞いたけど…若、サイト巡りして見つけたの?」

「…いや、屋敷の噂から地域を絞って、ある程度のあたりをつけたあとに、ハッキングしてその全サイトにアクセスしたんだ。

その中で隠しリンクのあるサイトは十数個と少なかったし、ドラッグちかげのリンクを開くのが少し難解で時間がかかったんだけど、最終的には直に裏サイトへ飛べた。だから、ここで間違いはないよ」

「…ーーー凄いね。さすが若だ」

「…運が良かった。最後の認証を解く問題が僕の得意分野だったから。

…でもね、正規のルートじゃないから依頼を受けてもらえるかはわからない。

裏サイトの管理人は僕がクラッキングでお店を特定したことを把握している筈だから」

「……邪道ルート、ってことか」

「…そういうことだね。

ただ、そもそもサイト巡りをして全国のドラッグストアをひとつひとつ手探りで調べる…なんて現実的ではないし、裏サイトを作った人はハッキング自体は容認していたと思うんだ。例えば何か他に…独自のルールを設けてるのかも。

…だとしたら、受けてもらえる余地もあるかなって」

「………オッケー。ありがとう、若」

「…いつ、行こうか?僕は最短で4日後の夕方ならーーー」

ーーースッーーー…

「あたしが行ってくるよ。一番、時間あるし。若、忙しいでしょ?」

「…待って、屋敷を見つけた本人は必ず行かないといけないルールがあるんだよ」

「いいでしょ、そんなの。どのみち邪道な訳だし階段全部すっ飛ばして行くみたいなもんなんだから、一段や二段飛ばしても同じでしょ?」

「…でも、一人だと危ないよ。良くない噂もあるし…誰か、せめて空いてる人ーーー…あ、あっくんとか」

「出来たらすぐ、行きたい」

「ーーーー、」

「………何か、していたいんだよね。

……我儘言ってごめん。

……若が忙しい時間削って調べてくれた訳だから、若が良ければ…なんだけど」

「……わかった。じゃあ、こうしよう。冷基くんを誘ってみたらどうかな?」

「…ーーーなんで冷基?」

「……萌人くんとも好香ちゃんとも仲が良いし、彼なら力になってくれるんじゃないかな?

ーーーそれに、…何かあった時に頼りになりそうだし」

「冷基が?(笑)

まあ…ガタイのいい不良に絡まれたりしたら…」

「…女の子が一人はやっぱり危ないよ。もう夜だし」

「…まあ、若がそう言うなら。確かに冷基、いつも暇そうだし(笑)声かけてみるよ」

「うん、約束だよ」

「ん、わかったよ」

「…あと、何かあったら必ず連絡して」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





※※※※※※※



ーーーープーッ、プーッーーー…

「……………」

ーーーーピッーーー…




あの日、若に言われた通り冷基に電話を掛けたけど話し中で繋がらなかった。放課後だったしうる辺りと無駄話でもしてたんだろう。

ーーー”良かった”ーーー。


そう思ったのに。

一週間後にはうるの差し金で冷基も屋敷へ向かったというのだから、お笑い種だ。

…というか、あんな胡散臭い屋敷の噂を信じて行動を起こす人って、…いるんだ。
自分の事を棚に上げて思う。

ただ、若があの時一緒に来れなかったことだけは不幸中の幸いかな。あの場に若がいれば、あの血抜き行為を許容しなかった筈だから。

でも出来るなら、彼のことはあたし一人でーーーー……。。



……ジュボッーーーー…!


「……ていうか、怠い…」

……眠い、お腹空いた。
でも眠れないし、食べれない。

碌に考えごとが出来ないくらいには眠いし、胃液が上がってくる位にはお腹も空いてる。
でも眠りたくないし、食べたくない。

かと言って、立ち上がりたくないし、何もしたくない。

「…………………」




“1ヶ月後にまたここへ来て。それまでの君のやるべきことは、心身を休めること”


ーーー血を抜かれた後、あの屋敷で一週間眠っていたらしい。

あの胡散くさい金髪の彼の話だと、その一週間であたしは生死を彷徨っていたらしいけれど。


ーーーまた、死に損なった。

あの時死にたかった訳じゃないけど、死んでも良かった。

生きていることが億劫だーーーーー。


それなのに、あの屋敷へ行って帰ってきたらあたしの”やる事”が終わってしまった。

出来れば、止まりたくない。
滞りたくない。

一度止まると立ち上がることが今の倍、重い。それの、繰り返し、繰り返しで今に至る。

その重みは積み重なり、今じゃこの貧相な身体は鉛の様に重くーーー起動力は落ちるばかりだ。



“いいか、何か異変を感じたら必ず連絡して。血魂に成功した後に心身に異常をきたしたり、亡くなる者もいるんだ”


「………」

ーーー大体、血魂って何なんだろう?

……大層なことされた割になんにも変わった気しないし、それをしたから何になるのかもよくわかってない。聞いてもない。全てめんどくさい。

……ーーー”でも、やらなければ”。

そう思えることが残ってること、そして何より、どれだけ胡散臭かろうと、例えインチキだろうと結果的に屋敷の人達があたしの依頼を受けてくれたことは素直にありがたい。

けれどーーーー。


「……まず、1ヶ月…持つんだろうか。あたし…」




かろうじて繋ぎ止められていた生が、彼が消えたことでまた、還ろうとしている気がする。本来の在るべき場所へ。

   
















お別れ会 献花の式

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