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【1章】 13.千影の夢
冷基の目があまりにも真っすぐで淀みがなくそして一切の遠慮がなかったことが、逆に清々しい気持ちにさせたのだろう。
「カッカッカ!大胆に失礼な奴じゃ、お前のそういうところ、シキにそっくりじゃい。似ておるな、お前ら」
「なんだと?失礼な、俺は時と場を弁えて発言しているぞ」
「あ~ん?てめーちょいちょい喧嘩売ってくるよな?」
「…おいおい、やめろよお前ら」めんどいから…
「息子じゃ」
「「えっ?」」
「12年前、私の息子が失踪した。
…初めに姿を消したのは息子の妻ーーー千空たちの母親じゃ。千空が4つ、千弘が3つの時に突然居なくなり、息子は血眼になって妻を捜した。子宝にも恵まれ、幸せに暮らしておったからのう。姿をくらます理由がなかったんじゃ。
だが警察も頼りにならず、開業したばかりの病院を切り盛りし、合間に小さい子供二人の子育てをしなが自ら情報を集め出した。
…病院の隣、ここ、ドラッグちかげでーーー。
今私がこの屋敷でしていることの原型を作ったのは息子じゃ。
当時今ほど盛んではなかったインターネットを駆使して妻の情報、そして他の行方不明者、その者たちの関係者等の情報も同時に集めながら、同じ家族や知人の行方がわからなくなった人々と交流を重ね、片っ端から情報を搔き集めた。
そのうちに”血界に行ったことがある”という自称看護師の女が現れて、息子は血界の存在や次元の概念を知るのじゃ。
そしてそこにこの世で消えた人物がそこにいるーーー…と。
…息子はいわゆるステレオタイプの医者でな。現実主義で論理的ーーー。普段なら相手にしなかった筈だが……藁にも縋る思いだったんだろうね。
その看護師の話にもしっかりと耳を傾けた。そして私はそんな息子の相談に乗り続けたーーー」
「「それで?」」
いつの間にか身を乗り出し、真剣な表情で声を合わせてみせた若者二人の姿を見て、千影は一度目を伏せて再び語り出した。
「ある日の夜、息子の病院に大けがを負った男がやってきてね。
普通の人間なら立っていられないほどの傷を腹に拵えて、血を垂れ流しているのにそいつは自分の足でやってきて、時間外で調べものをしていた息子にこう言ったそうだ。
”治療は不要だから、血をわけてくれ”とーーー。
その一言で息子は確信した。この男は血界から下りてきた男であると。例の看護師から聞いていたからさ。
”血界の住民は人間の何倍も体が強く、人間なら即死するような怪我や傷でも死なない。ただ、回復の為には”血”が不可欠ーーー”だと」
「…輸血ってこと?」
「我々人間はそう考える。だから息子も言ったそうな。
”血を入れてやるから血液型を教えろ”と。が、返ってきた答えはーーーー”型などどうでも良いから濃い血を寄越せ、後は自分でやる”
…ーーーつまりそいつはどの血液型の血を入れても赤血球が壊れない、死なない型の持ち主でこちらの輸血とは別の方法で血を入れることができるということ。
息子はその生態に医者として興味を持ったが、望みはひとつだった。だからその男に言ったそうな。
”お前の言う濃い血とやらを今この院内にある中から選ばせて好きなだけくれてやる、その代わりに血界について教えろ、お前は血人だろう”と。
男は驚いていたが、息子の条件を飲んだ。
そうして息子は輸血用血液製剤と引き換えに、喉から手が出るほど欲しかった血界の情報をその男から得るのじゃ。
血界へ上がる方法。そしてそこで過ごす為に必須である血魂という儀式、その方法、血界での”血”の概念ーーーー…等、様々なことを」
「おお」
「すげえ!」
冷基とうるしは興奮する様に合いの手の様に短く感想を口にする。それを横目に見ていたシキは少し呆れ笑いを浮かべながら、どこか保護者の様な気分で年の近い筈の少年二人を眺めていた。
「それで?行けたん?”息子”は、血界」
シキの言葉には特に答えずに冷基がそう聞いたとき、一瞬千影の顔が曇った。が、声のトーンは変わらず、千影は淡々と続きを話して見せた。
「ああ、おそらくーーーな。
しっかり腰を据えて血界で人捜しをする為に、向こうの詳細な情報が必要だと考え後日、息子はその男と…例の看護師と合流し、三人でまずは血界を偵察することにした。
あわよくばその際に血魂の情報を持ち帰れたらーーーという魂胆だったんだろう」
「お~」
「そいで?」
「終わりじゃ」
「「えっ」」
「そこから息子は戻ってない、今日までな」
「…は?ま、まじ…?」
「…そんなばななーーー……いやいや終わり雑すぎるって…、打ち切り漫画かよっ!…ってな!?」
シーーンーーーーー………
「……あ、なんか…スイマセン」
「映画や漫画じゃないんだ、現実はそんなトントン拍子にうまくいきっこない。
だいたい、千影の一家は千影を筆頭にいざって時に力技でいこうとしすぎなんだよ。千影の千空たちの育て方、血魂のやり方ーーー然りね。
もう少し落ち着いて、肩の力抜かなきゃ。成せることも成せない」
「…おい、お前。そんな言い方ないだろ?
いつもなら落ち着いていられるかもしれないけど、自分の子供や奥さんのことだぜ?家族が急にいなくなって、テンパっちまうのは当然じゃね?
ばあちゃんもばあちゃんの息子もやれることやってんじゃねーか。普通そこまでできねーって」
「やれることをやってるからって、結果が出なきゃ意味ないでしょ?」
「ーーーお前なあ…、」
「結局どれだけ努力したって、”一番の望み”が叶わなきゃ自分の人生に納得できない。千影本人が一番そう思ってると思うけど?
俺なら死んでも死にきれないね」
「シキの言う通りじゃ」
「…ええ~…、」
唐突に終わった千影の話に思わず突っ込みを入れたうるしだったが、シキの思いやりのない発言に思わず食ってかかるも、まさかの千影本人に肯定されて撃沈するのであった。
「私は息子が居なくなった時に、余生を捜索に費やすことを決めた。同時に、孫達の人生を犠牲にすることも。
だがーーー…これからは孫達には自分の望む道を歩んで欲しいと思っている。
シキの言う通り、私はやり方を誤った。その報いを受けるじゃないが、自分を戒める為にも綺麗さっぱり、すべて辞めようと思っていたんじゃ。店も、屋敷での活動も。
が、いかんせん私はこの通り、まだピンピンしていてね。
あまりにも体力も気力も有り余っていてどうしたもんかと考えあぐねていたら、こやつが現れたーーー。
…シキは、私が長年願っても出会えなかったこれ以上ない”適材”でねーーー。これは”まだ、辞めるな”ということかと思ったのさ」
「ーーーそうそう。
俺は何も千影のしていることを否定しているわけじゃない。寧ろ賛同しているからこうして一緒に屋敷を切り盛りしているんだよ」
「ああ、そう…」
「なるほどお?孫は引退で人不足ってか。
お前が見極めて血魂させりゃあ、効率がいいし?たまーに俺みたいな人捜ししてて、血の濃い奴現れたらラッキー、みてえな?」
「その通りだ、冷基。お前もかなり”適材”だぞ」
「ああそう、ああそう…」
「うるしスネるなよ。要は俺は美好と、ばあちゃんがくたばるまでにばあちゃんの息子を血界から見つけ出せばいいわけだ」
「スネてねーし、そいでお前はまた言い方よ…。てか、息子の嫁もな」忘れんなし
「奥さんは必要ない」
「いや、なんでよ?それは流石に鬼畜すぎん?シキくんよ」
「彼女は既に見つけて持ち帰っている」
「「…えーーー」」
ーーーーカランカランッ、スッーーーー…
「「ーーーーあ」」
「悪い、遅くなった。気にせず続けてくれ」
シキの異様な台詞に冷基とうるしが言葉を失ったその時、閉じていた襖が開く。
千空が好香を連れて戻ってきのだ。
千空は先に好香を通して千影の斜め前に座る様促し、自分はシキの斜め前に腰を下ろし、千影と同じ様に正座を作った。
「好香、平気か?」
「うん、もう大丈夫」
「…妹川も座布団いるか?」
「うん、ありがと」
冷基とうるしが好香に声をかけたが、気のない返事が感情の読めない表情と声で言葉少なく返ってくるだけ。
これが好香のデフォルトである為、二人にはいまいち好香の体の具合がわからなかったが”大丈夫というなら大丈夫なんだろう”と、シンプルに捉えてそれ以上何も言わなかった。
「千空、そいつに話したか?」
「父のことは、少し」
「そうか、なら続きを話そう。シキ」
「うん」
千影が千空に問うた後に、シキに改めて声をかける。この部屋に全員が集ったからか、シキはさきほどまでよりも少しだけ重い口調でこう、言った。
「好香がどこまで聞いてるかわからないけど、続きを話すね。わからないことあったらその都度聞いてくれて構わないから。
千影の息子の奥さんーーー、つまり千空の母親は俺が向こうで死体を見つけて回収した」
「……やっぱりかよ…。…そんなの鬼畜だって、もう…聞いてる方も辛くなってくるわ」
「でもーーー、ばあちゃんの息子が睨んだ通り、血界にいたってことか…。すげえな、ばあちゃんの息子」
シキが語ったその結末にうるしは嘆き、冷基は感心していたが、好香は無言、無表情で相変わらず感情は見えなかった。
「ね、執念ーーー…ってやつだよね。…俺もできるなら生きて見つけてやりたかったけど、残念ながらーーー。
…ーーーで、ここからが本題なんだけど。
お前たちも薄々わかっていると思うけど、確かに血界にはこちらで居なくなった人間が見つかることは少なくないが、既に亡くなっている可能性もある。
……というか現実、7割位は死んでいると思う。実際、俺と千空が今までに血界で見つけた31人中、生きて戻せたのは10人のみ。
…中には生きていても帰りたがらない奴ってのもいたり。事情は様々だけど、…とにかく人間は血界で生き永らえることは基本的に難しい」
「…どうして?」
そこで初めて自分から口を開いた好香に目線をやってシキは答える。
「弱いから」
「…何が?体?」
「体も、心も、血もーーー全部だよ。
血界はこちらに比べると空気も濃いし、血も濃い。人間はその匂いや感覚にあてられるから、あまりに血が薄いとただ血界にいることすら耐えられない。
だからまずは向こうで普通に過ごせるだけの心身作りが肝要。血界はこちらみたいに舗装や整備も、環境配慮もされていないからね。いい意味でも悪い意味でもとても自然。故に危険も隣合わせ。
だから千影は千空と千弘が幼いうちからその試練を課していたのさ。特に濃い血の匂いや感覚は、できるだけ早くから慣らしておくのが良い」
「そっか…」
「…千空から聞いてると思うけど、さっきお前が気分が悪くなったのはそういうことだ。
早速お前達を少し慣らそうと、部屋に彼の血を特殊な方法で充満させていたのさ。
…でも、好香には早かったみたいだ」
「………ーーーー」
「だからね、冷基と好香にも千空達の様に修行をしてもらう予定だけど、…さっきも言った通り、人間は基本的には血界で長く生きられない。だからーーー、急いだほうがいい。
”彼”が血界にいるのならーーーだけどね」
そこまでシキが話し終えたところで次は冷気が疑問を口にする。
「その修行って、どれくらいかかんの?早くした方がいいっていうけど、千空たちは小さい時からやってたようなことなんだろ?
今から始めて実際血界にいけるん何年後だよ?」
「…ちょ、お前。”千空くん”とか言えよ、年上だろ?」
「別にかまわないぞ、冷基。好きに呼べ。シキも年下だが呼び捨てだしな」そういえば
「…ええ~…」
「ーーー1か月」
うるしがいつも通り冷基の無礼をすぐ様咎めたが、千空は特に気に留めず、シキも構わず話を続ける。
「ーーー…と、言いたいところだけど。余裕を持って目標2か月だな。俺が組んだメニューでいくから最短ルートだよ。良かったな、お前たち」
「…おいおい、本当に大丈夫かよ?それ」
「む?なんだ、俺を疑ってるのか?冷基」
「だってよお、お前。俺達を”弱い”だ”血が薄い”だなんだというが、お前自体別にガタイも良くねえし全然強そうじゃねえじゃん」
「それはシキの血力を見ていないからさ。
冷基、お前はたしかに血は濃いが血魂を終えたばかり、それは向こうでは赤子同然なんだ。お前も鍛錬すればシキの血の凄さがわかる。
シキは強いぞ。それに人にものを教えるのも上手い、とにかく器用な奴なんだ。俺が保証する」
シキの胡散臭さが拭えず、疑ってかかる冷基を千空が制したが、さらに冷基は続ける。
「…強いってどんくらい?俺、結構喧嘩強いけど、俺より?」
「もちろん。どれくらい…ーーーーか、…そうだな、今ここで一瞬で俺達全員を殺れるくらい」
「はあ~?そりゃないだろ、さすがに」
「試してみるか?」
ーーーーザッーーー!
「あっ!それ!」
「…こら、やめんか!シキ」
いつか冷基に選ばせたタロットカードを懐から取り出して見せるシキ。すかさず千影がそれを制止したが、シキは意に介さずにクスクス笑っている。
「ククッ、千影、心配するなよ。こんな無防備な状況なら血の力を使わなくなって、このカードだけで首を落とせるーーー。
そう言いたかっただけさ」
「ああん、あんだとお?やれるもんならやってみやがれっ」
「…ちょっとやめろよ。なんか野蛮だな…この屋敷は…」看板娘以外…
ーーーーコホンッーーーーー
「ーーー…とにかくだ、冷基と好香。お前たち二人にはシキの組んだメニューをこなしてもらう。
平日学校が終わったら毎日ここへ来い。わかったな」
「えっ、毎日ぃ!?土日も?」
「うるし、お前は好きな時に来ればよい。お前もこやつらとーー…私たちを手伝いたいのならな」
「行くっす!」天使いるし!
騒ぎ出す少年共に業を煮やして、咳ばらいをしそう伝える千影だったがーーーー。
「お前、仕事大丈夫なん?」
「……ん、何とかする」
冷基と小さくやり取りする好香に向かい、厳しい眼差しでこう、伝えたーーー。
「ーーー好香よ、一番修業が必要なのは明らかにお前じゃ。…必ず毎日来い。でなければお前は血界には行かせん。わかったな」
「………ーーー。…わかった」
「………」
シキはそれを見て何か言いたそうな顔をしていたが、特に口を挟むことはなく、対面の日は終了したーーーーー。
【千影の息子の人生禄】
26歳 結婚
27歳 千空 誕生
28歳 千弘 誕生
31歳 妻、失踪 (千空4歳、千弘3歳)
33歳 失踪 (千空6歳、千弘5歳)
【現在】
千空 18歳 9/9 (父、生きていたら45歳)
千弘 17歳 7/7
千影 69歳 10/10 (24歳で出産)
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