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【1章】 14.強情な娘



「なあ、シキ。なんで失踪した人間が血界で見つかるん?」

「ん?」

「お前、前に”次元がどう”とか言ってたけど、それと何かカンケ―あんの?”次元の歪みで飛ばされて~”みてえな?」うるしが言ってた






ーーーーある日の放課後、冷基は屋敷に訪れていた。


地下の一番奥のひとつ手前の部屋。そこが冷基の修行部屋として定着化しつつある。二週間前に千影に命じられたあの日から、冷基が一日も欠かさずにここへ通っているのは少し意外ーーー。

口に出すとすごまれそうな感想を胸の内にしまったまま、シキは冷基の後ろに座り、その背を押している。



「そういうパターンは聞いたことがないな」

「そうなんか。ーーー…いてててっ、痛ぇわ、お前!押しすぎ!」

「冷基は筋力はあるのに体は固いな。せっかくの素材だ、しなやかな肉体を目指すには体が柔らかくないとーーー…」

「いって…!てめえ離せ、へし折れるわ!」

「そう?昨日よりほんの1cm可動域を広げてるだけなんだけど。寝違えたんじゃない?」

「あほか!んな精密なわけねーべ!」



ーーーーバシッーーー!



「こら、トレーナーをはたくんじゃない」

「誰がトレーナーじゃ」

「はい、次足ね。

ーーーで、何故血界で人間が見つかるのかという話だけど。

諸説あるが、血人に連れ去られる、もしくはそそのかされて、はたまた騙されて連れていかれる、というのが圧倒的に多い」

「え、そうなの?」

「うん。はい、ゆっくり息吐いてーーー吐きながら伸ばして」

「…ててて、すでにいてえ。フーーー…」

「俺の知る限り、向こうからーーー…というか血人が此方へ来る方法はあるが、人間が人間だけの力であちらへは行けない」

「…フゥーー……どうして?」

「”扉”を作れないから」

「…扉…。前にお前が作ったっちゅうどこでもドアみてえなやつの話か」

「どこでもドアじゃないよ、決まった場所にしか行けないもの。はい、反対ね」



ーーーーグッーーーー…!


「っーーー…だから強いんだって、押す力がよっ…」

「うるしくんは大丈夫だったよ?」

「…あいつは元々体やわらけえんだよ…いててて」

「はい、深呼吸、深呼吸」

「…ハアーーーーー…つかその扉って、誰が何のために作るん?」

「良い質問だな。血人がこちらへ降りたがる理由は十中八九、ここの”医学”。それが目的」

「!じゃあ…」

「そう、”俺がたくさん”、ここにくるのさ。

…血界はね、”人”は強いけど”病”には弱いんだ。”強い”故に、医療が発達しておらず、医者もいるにはいるが数が少ない。自分たちの強さの自信故に、目指す者がいないんだよ、”困らない”から。人は困難がないと学びの機会を失うだろ。

そもそも免疫力が高く病にかかりにくい肉体だけど、いざかかってしまうと呆気なく逝ってしまうーーーーなんてこともザラだ。

…まあ、正しくは病にかかった後、血の補給が出来ないと死に向かうーーーといった感じだけど」

「どうして血が補給できなくなるんだ?こないだばあちゃんが言ってたじゃん、”血人は輸血じゃなくても血を補充できるし、血液型も関係ない”って。

それって、いざって時に医者がいなくてもその辺の奴とかと血をあげあいっこできるってことじゃねーの?」

「…そうだね。君の言う通り、そうすれば血が足りないーーーなんてことにならない筈なんだけど。

色々とーーー…理由があって、血のやり取りを拒否したり、特定の者同士でしかやりとりしなかったりする。

それに特殊な血を持ってる奴ってのも中にはいて、そういう血人は入れる血を選ぶし、厳密には血の相性ーーーみたいなものもあったりするから、冷基が思っているほど手軽に快くやり取りできるわけじゃない。

”一滴だって自分の血は他人にやらない"ーーーって主義の奴も大勢いるしね」

「まじかよ。強いくせにケチだな、お前らんとこの人種って。色んな濃い血がその辺に溢れてるなら、ちいとくらい恵んでやりゃいいのに。そんな大量にくれってんじゃないんだろ?」

「ーーーー……うん、…濃度の高い血なら、数滴でも致命傷が治ったりするよ。

…そうだね、…そうかもしれない。ケチ…ね、ふふ。冷基は意外といい奴なんだろうな、きっと。

ーーはい、ストレッチは終わりね、次。筋トレいくよ。今日は下半身ね、スクワット一通りしたら、この部屋のマシン順番に、昨日と同じように
15回3セットでいこうか。

はい、まずはこれ飲んで」



ーーーポンッーーー


「…毎日トレーニング中に飲ますこれさ、プロテインだよな?」

「そうだよ、他にも有効成分入ってるけど」

「なにそれ?」

「そのうちわかるようになる」

「…ふうん?で、さっきの話だけどさ。お前ら血人は自分たちじゃどうしようもねー病気とかを治して欲しくて、ここへくるん?」


冷基はシキから受け取った乳白色のドリンクの入った紫色のシェーカーを適当に振りながら、蓋を開け口をつける。

"昨日と少し匂いが違う気がする”

ーーーーふっとそんなことを感じながらも、気にせずゴクゴク飲み干していき、ものの数秒でシキに空のボトルを投げ返した。


ーーーーポンッーーーー



「そうだよ。その方法を人間様に教えてもらいたいのさ」

「…ふーん?…で、人間は血人にそそのかされて血界へ連れてかれる…だよな?それってつまり、医者狙い?」

「が、多いな。でも”ひとまず人間なら誰でも医療の知識がある”と思い込んでる血人も多いから一概には言えないけど。

とりあえず連れてっちゃえば否が応でも人間は従う他ないからね。自力では帰れないから」

「そっか、だから千影の息子は連れかれちまったのか。ターゲットとしては最高の人材だもんな」

「彼の場合は自らの意思で敢えて危険に飛び込んだんだと思うよ。千影の子供だもの」

「…病気を治させるっつー用が済んだら、こっちに戻してやらねーのか?」

「それはケーズバイケース。だけど…そういう律儀な奴ならハナから騙したり攫ったりはしないだろうな。

自分の故郷を悪く言いたくはないが、血人ってのは野蛮なのが多いから」

「お前はちげーんだ?」

「む、当然だろ?じゃないとこんな長いことこちらに居ない。こんな血人、俺くらいのもんさ。血人は血界から離れたがらないからな」

「…ふうん?で、なんだっけ?スクワット?」

「あ、うん、通常のと、ワイド、ブルガリアンの三つを15回3セットからスタートね」

「うい~…じゃ始めるわ。ーーーい~ち…に~い」

「おい、聞け。冷基」

「…あ~ん?…俺はふたつのこといっぺんにするん苦手なんだよ。ただでさえ筋トレしてんのに…っ。話したいなら勝手に話しててくれ」



冷基が部屋の壁に立てかけた大きな鏡の前に立ち、言われた通りのスクワットを始めたが、シキは構わずその鏡の前にパイプ椅子を持ってきて冷基の視界に入る様にわざと足を組んで腰かけてみせる。




「俺は扉を作ってここへ来てーーー、初めに何をしたかと言うと」

「…お前めっちゃ邪魔なとこに座るじゃんっ!フォームが見えん…っ」

「近くの大学に潜入し、図書館のPCを拝借ーーーー、まずは情報収集に励んだ。

こちら”下界”で、俺の住む世界”血界”はどれだけ認知されていてどんな情報があるのか?」

「無視してんじゃねーっつーのっ、お前がフォーム確認しながらやれっつった癖に!」つかそれ不法侵じゃね?

「するとすぐにヒットした。検索ワードに入力した”血界”という文字は、唯一俺が向こうで調べ覚えてきた”漢字”だったからね。

それが功を成した。ーーーいや、我ながら早かったよ。千影の屋敷に辿りつくまで。一発ヒットだったからね。本当に自分を褒めてやりたいーーー」

「~ああ、もううぜえっ…!退けっつってんだよ!つかてめーどんなけおしゃべり野朗なんだ」うるし以上だぞ、お前!

「冷基、脚が止まってるぞ。はい、次、むっつ~」

「…腹立つな、てめえのマイペースさ…!!」

「俺はふたつ以上のこと同時にするの得意だからね。で、続きなんだけどーーーー」

「……もう勝手にしろ…!俺は筋トレに集中する」



鏡のど真ん中の邪魔な位置を陣取り、自分語りを始めるシキに始めこそイラついてみせた冷基だが、途中からそれ以上の文句を言うことはなかった。

トレーニングに集中しだしたのがひとつ、もうひとつがこの一週間でシキという男に慣れたのが理由であった。そう、シキは端正な容姿と凛とした佇まいに似合わず、男にしては相当なおしゃべり野郎だったのだーーー。

幼馴染のうるしも冷基が黙っていても一人で話し、騒ぎ続ける相当なおしゃべり野郎だと思っていた冷基だったが、シキはそれを超えて毛色も少し違っていた。相手の反応を気にするうるしとは違いマイペースで話したいことを話すが、稀少な体験の詰まった彼自身にしか話しえない、興味深い内容ではあったのだ。




「”血の世に生きる者よ、我ら影一族が医学の学びを与えよう”ーーーー」

「っ…!」

「”血界”と検索にかけたときに、一番上に上がってきたのが影屋敷のサイトだった。俺は当時、漢字が読めなかったけど、お誂え向きにサイト上の文字には全てルビを振ってくれていたんだ。おかげで言葉の意味はすぐ理解できたし、住所も無事解読できた。

その頃は今ほど難しくはなかったからね。ここ、ドラッグちかげに辿りつくまでの道のりは」

「…きゅ~う、じゅ~…うっ…!っとーーー」

「その時サイトを管理していたのは千空。

彼は血魂には成功したが、どうにかして自分が血界へ行けたとしても父親の二の舞になる確率が
高いと考え、この世にいる血人を誘き寄せる作戦を立てたんだ。

延命の為に血界からやってきて人間を攫う血人を、自分の屋敷に集め、唆すーーー。…逆転の発想だよね、彼はとても冷静で頭が良いと思う。

そして父親と同じく、同時に人間も集っていた。情報と仲間が欲しかったんだね」

「…じゅういち、じゅうに~……じゅうさん~っ…」

「が、しかしーーー。血人と人間、足しても余る百人力の俺がやってきた。

千空の一番の功績は、俺を一発で誘き寄せるサイト作りをしたことだ。何故なら、俺は世にも珍しい野蛮ではない血人だから。

人間も血人も使い捨てにはしない。お互いの利害を一致させて双方の利を得る様に動く。”利を見て義を思う”ってやつさ」

「じゅうし~……、ーーーー…じゅうごっ…!!っとーーー」

「はい、一分休憩ね」





ーーーーパシッーーーー



「…また飴?今甘いもんいらねーんだけど…」

「いいからいいから。血糖値下がりすぎてもダメだから」

「…ん~」



ーーーーカサッーーーー…もぐーーーッ…



3セットの通常スクワットを終えたところで次は飴玉を差し出され、冷基はその袋を剥き、口に放りこみながら再度、思う。

”やっぱり昨日と味が違う気がする”ーーーー。



「だからね、冷基。お前も俺がいるこの時にやってきて良かったよ」

「ええ?…ああ、うん」

「お前、ちゃんと聞いてるのか?」

「まーちょっとは。千空がすげえって話しな。で、次…えーと、ワイドスクワット。足開くんこれくらいだっけ?」

「…ほんと全然聞いてないんだから。もう少し開いて」

「へいへい。じゃあいくぜ。いーち…、にーい…」

「…まあ、君は想像よりもはるかに順調、絶好調だから良いんだけどね。なんなら俺の計算より修行の進みもハイペースだし」

「ほんと?じゃあ今日はあれやんのか?スパーリング!」

「キックで2分間、1分休憩を2セットね」

「なんだ、2セットだけかよ!」

「初心者は2分ってかなりきつい筈なんだけどね。冷基は本当にタフだな」

「パンチはもっと好きだぜ、やろうぜ、シキ。1セットでいいから」

「ダメ。今日は足の日だから。それにスパーリングは毎日やるもんじゃない。後にロードワークだってあるし」

「ちゃんとそれもやるからさ、な!1分でいいから!パンチ!パンチさせろ」

「…正直腕のスパーは俺の負担が大きいんだよな」冷基の右は殺人級だし…

「なんだよ~、それでも血人か~?お前は~」

「…見ての通り、肉体派じゃないんだよ、俺は。それに今の冷基相手じゃまだ血は使えないし…」

「ーーー!血使ったらもっとお前強くなんのか?」

「そりゃもちろん」

「まじか、やろうぜ!使っていいからさ」

「…何度言わせるんだ、ダメったらダメなの。

そもそもこないだの部屋以外で血を使うのは禁止だし、勝手なことをして千影に叱られるのは俺なんだぞ」」

「ッンだよ~ケチ!」

「ーーー…、なんか…そのレッテルすごく嫌だな…」

「ああ?」

「さっきも言ってたろ。”血人はケチなんじゃないか”って」

「ケチじゃん。血もケチるわ、スパーもケチる」

「なんだと。お前、スクワット増やすぞ」

「あ?なんでだよ」







ーーーーーギャアギャアーーーーー…!!







隣の部屋から聞こえるシキと冷基の騒ぎ声が廊下に響く中、その一つ奥の部屋では千空がいつかと同じように蝋燭に手を翳し、部屋に自分の血力を充満させていたーーー。

先日、皆で集まっていた時と同じく、暗い部屋で煙に血を含ませてーーーーー。






「ーーーーーー…好香、あと5分だ。いけそうか?」

「…………」



ーーーーコクンーーーーー…




千空の向かいに足を崩して座っていた好香は、部屋に入る前に着せられた上着をギュッと両手で握りながら下を向いている。

千空の問いに言葉なく頷いてみせるが額からは冷や汗が出ており、元々真白い顔は青白くなっている。

”初日は胃液まで吐いていた。…今もまだ、相当に気分が悪いんだろう”。その姿を見て千空はそう理解していたが、敢えて声をかけ続ける。

この状態で会話をしたり、通常通りに過ごすことが今の彼女にとって第一のハードルだからだーーー。



「…シキ曰く、冷基の方は絶好調だそうだ。”幸先が良い”とシキは喜んでいた」

「………ーーーーー」

「…お前、冷基に忠告されなかったのか?」

「………なんの?」



千空のその問いかけにやっとのことで顔をあげ、口を開いた好香だったが、千空はその青白い顔と苦しそうな目にいたたまれない気持ちになった。
少し大人びているがか細い少女が、自らの妹と重なったのだ。そして血魂が楽ではなかった者のその後の辛さも、誰よりも理解っている。


「…女は不利だぞ、血もそもそも薄い。そのほかも色々な面で、血界では特に。死ぬ思いで血魂を終えたお前に言うべきかはわからないが、…冷基に任せてもいいんじゃないのか?

あいつは素質がある。酷な話だが、お前が今まさに味わっている辛ささえ、冷基は微塵も感じていない。…だからあいつは段階をいくつもスキップしているわけだが…。

運よくお前らは友達だ。シキじゃないが、向いている奴に任すのは賢い手だと思うぞ」

「………ああ、それ。……でも…偶々だから…」

「ん?」

「…冷基とあたしが二人ともここへ来たのは偶然…。だから、それぞれ、好きにしたらいいと思うし、……冷基も多分、そう思ってると思う」

「………」

「……だからあたしはーーー。…ばあちゃんにクビだって言われるまでは辞めない。

……千空くん、…には…迷惑かけるかもしれないけど」

「…いや、迷惑だと思っているわけじゃない。
俺はただーー…」

「…………ねえ、」

「なんだ?」

「…あと、何分かなーーー?

……………ごめん、……また吐きそう……」

「…ーーーーわかった」





ーーーーースッーーーー……




千空が翳していた手を払うと、即座に蝋燭の火が消える。しかし赤黒い煙はもくもくと立ち込めていた為、千空はテーブルの下から袋を取り出し、好香に手渡す。


「…換気扇をつけてくるがすぐには煙は消えない。もう限界だろう、これに吐け」

「………平気……、トイレまでは持つ…」

「…肩を貸そう」

「………大丈夫……それより、……さ……」



ーーースッーーー…



好香は重い体を引きずり立ち上がりながら、青い顔のまま千空を見上げ、紫色になりつつある唇を開き、こう尋ねたーーー。




「………何分、足りなかった………?」


「…はあーー」



千空はひとつ大きなため息をついた後、こう、答える。


「……ーーー1分20秒だ。…今日だけ、サービスしてやる……」

「………まじ…、………ラッキ~……」

「…その代わりお前、今日も夕飯を食って帰れ。その時、千弘が入れた分の白飯を残すなよ」

「……ーー今まさに吐きに行こうとしてる人にそれ、言う?……さすが、……ばあちゃんの孫ーーー……鬼畜……ぅっ…」

「…ほらーーー、上着脱いで、袋持っていけ」念のため…

「……はいは~い……」

「…ったくーーーー」





”強情な奴だ”ーーーーー。

着せていた特殊な上着を脱がせると露になる、自分の妹よりも体の線の細いセーラー服の後ろ姿を見ながら千空は感心するのであった。


















好香

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