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【2章】 3.ユースティティア







「シキ・ルービックだな。お前に聞きたいことがある。女を返して欲しくば俺の質問に答えろ。

…お前が正しく答えさえすれば手荒な真似をするつもりはない」

「……ーーー参ったな」




動揺するシキとは裏腹に当の好香はいつも通りの無表情でされるがままーーーー。

その瞳に恐怖や焦りがないことをシキは一瞬不可解に思ったが、即座にその疑問を頭からかき消し行動する。



ーーーーーグイッーーーーー!ザッーーー!!



「…へっーーーー…」

「質問には答えるが先に彼女を離せ。でなければこいつの首を切る」

「…お、おまっーーー」

「…動くなとは言われなかったからね」



流れる様な所作で背後にいたエイカを捕え、目の前の銀髪の男がしているのと同じく後ろ手を掴み、もう片方の腕はタロットカードを持ちエイカの首元へぴたりと沿わす。”いつでも殺れる”ーーーーその意思表示を兼ねて。



「…ちっーーー」

銀髪の男は舌打ちをしながら、シキではなくその前のエイカを睨む。

「…しっ、仕方ないだろっ。…さっきからこいつの動きは尋常じゃねえーーー!」

対するエイカは言い訳をするように銀髪の男にそう訴える。

二人の力関係には明らかな優劣があり、同じ種族というわけでもなさそうだ。

”さて、どうしたものかーーーー”
一瞬の隙間にシキが思考を巡らせようとしていたが、ふと背後にあった気配が動き、すぐさま後ろを振り返るーーーー。


ーーーーーバッーーーー!


「うおっ…!なんだ、てめー急に振り向くな」びっくりすんだろうがっ

「…なんだ?冷基。さすがにお前でもわかると思うが、俺は今忙しい」

「いや、なんも言ってねーよ」

「今何かしようとしたろ?その用を聞いてる」

「…お前、ほんとすげーな。ただもんじゃないっつーのはガチなんだな」



”音”も奪われたままーーーーそれを体感で理解していた冷基。それでも前後にいる敵二人のみならず、”仲間”の自身の微かな気配さえ機敏に感じ取り即座に対応するシキを改めて凄い男だと感じたのだった。

昨日まで下界で見ていたシキとは別の人格にさえ見えた。

暇があれば屋敷に住み着いた猫と戯れたり、暇があれば菓子を食べながらお茶を飲んでいたり。偶に冷基が屋敷でご飯を食べて帰ればそのあとに無駄に団欒をしたがったりーーーと。
冷基の目にシキは男にしては珍しいほどまったりしたマイペースな性格に映っていたからだ。

確かに稽古の時の動きは機敏で、見た目の線の細さの割には力はあるが知れているし、スパーリングだって自分の方が押していたのにーーー。

そんな風に思いながら、冷基はシキにこう伝える。



「なあ、あの銀髪の野郎、俺がやるか?あいつも多分、俺より血ィ薄くね?」

「ーーーーちッ…!」

「ーーー…冷基、お前は本当に成長が凄まじい。さながら超人漫画の主人公みたいだ。

…見ただけで相手の血の濃淡が自分より勝るか劣るかが理解るのは、通常はもっと後の段階なんだけどね。本当、飛び級もいいとこ…」

「超人漫画ってなんだよ?キン〇マンみてえなことかぁ?」

「ごめん、ちょっとわからない」



冷基とシキの会話を聞いて、銀髪の男は更にもう一度小さく舌打ちをした。互いに人質を取ったこの状況下で緩い内容の話を続ける二人から”余裕”を感じ取り、直感する。

シキはともかく、この得体のしれないもう一人も手練れに違いない。
だとすれば、捨てなければ危ういーーーー、と。





ーーーーツーーーッ…


「……っ…!」

「…おしゃべりはそこまでだ。お前ら二人ともそれ以上動くと刃がもっと奥まで刺さるぞ」

「「ーーーー!!」」



銀髪の男が次の行動に出たことで、シキと冷基は強制的に会話を止めざるを得なくなった。

好香の首にピタリと当てられていた男の剣にうっすらとだが鮮血がついたからだーーー。



「ーーーOK、今から余計な口は慎もう。だから剣を退け。でなければこちらもーーー」


シキがそう言ってエイカの首に当てているカードを動かす素振りをして見せたが、銀髪の男はシキの言葉を最後まで聞くことなく言ってのける。


「殺りたければ殺れ。そいつは元々俺の仲間じゃない。…互いの目的の為、一時的に組んでいたに過ぎん」

「……!てっめえ、フィルス!…話が違うぞーーーー!…そもそもワシは”奴”の居所さえ知れれば”後は自分の手で”、とーーー…!」

「黙れ。元よりお前が奴に太刀打ちできる訳がないだろう。例え居所が知れても、俺がいなければ話にならん。…せいぜいあの刀の肥しになるだけだ」

「……っ…!」

「おい、シキ・ルービック。話の続きだ。今言った通りその男、殺したければ構わないがそうなれば女もただでは済まん」



シキに捕らわれたままのエイカと”フィルス”と呼ばれた男が言い合う様ーーー。それをしっかり観察しながらシキは再び口を開く。



「”フィルス”君ーーー、君の言い分はわかった。ではまず質問を聞こうか。俺がそれに正しく答えれば、手荒な真似はしないんでしょう?初めにそう言ったよね?」

「…ああ、”正しく”答えればーーーな」

「知ってると思うけど、俺の村の話は脅されても話せないよ」

「…わかっている。聞きたいことはそれではない」

「OK、君たちのさっきの会話で大体わかった。

ーーーでも悪いな、俺は”彼”がどこにいるのか知らないよ。

それにもし仮に知っていて、君に教えたとしても君がさっきエイカに言ったように、”せいぜいあの刀の肥し”になるだけ。

ーーー辞めた方がいい。絶対に、ね」

「…絶対に、だと?」

「ああ。死以上に、君自身が彼の血の肥しとなるんだから、無駄死に以上の屈辱ってやつだろ。

彼を探してる理由は知らないが、例え死を覚悟の仇討ちだとしてもおすすめしない。自らの尊厳を守るために、ね」

「……万一にも俺が奴に勝てんという口ぶりだな」

「俺はお世辞が好きじゃないんだ。俺の連れーーー、…彼、冷基と言うんだけど、冷基より血が薄い君には残念だけど勝ち目はないかな」

「……”レイキ”……その男、確かに血が濃いが奴ーーー…ティノと同郷か?」

「…だとしたらどうする?」

「…仲間に口説く。奴を忌み嫌っている同郷は多いと聞く。…アロンザの血は好かんが、戦力になる」

「そうか。でも残念、彼はティノ同郷でもなければ、会ったこともない他人だ。諦めろ」

「…………」

「どうだ、フィルス君。俺は正直に答えたぞ。彼女を開放してくれないか?」

「…検討のつく場所は?どこかあるだろう」

「…聞いたことないかな?俺と彼ーーー…ティノは例の一件以来、袂を分かつことになったんだよね。
…俺達が連れ立っているだけで色々と厄介ごとが増えるから。…もちろん、今みたいなことも含めて。さ」

「…それはわかった上で聞いている。表向きはそうでも、お前なら奴の行きそうなところの心当たりくらいはつくんじゃないのか」

「さあ。彼は故郷には寄り付かないから北の雪国以外ーーーとしか」

「……正直に答えろ」

「本当さ。あの頃は確かに四六時中一緒にいたがそれは利害が一致したから。今の君とエイカと似たようなものさ。”目的が終わればさようなら”ってね。尤も、彼は人と連むタイプでもないし。

…ああでも、唯一いる彼の小姓なら。居場所を把握しているかもね。…その彼の情報なら、君に渡そう」

「…そんなことを喋って、大丈夫なのか、お前は」

「”何も知らない、情報も渡さない”じゃ流石に納得してもらえないだろう。俺も背に腹は代えられない。
それにさっきも言ったが、例え俺からティノの居場所が割れても君に彼は万一にも仕留められないから。彼も怒りはしないだろう」

「…二度も言うな、この正直者め」

「はは、ごめんごめん。俺、嘘つけないタイプなんだ」





どうやら銀髪の男・フィルスの目的は”ティノ”という男の居所ーーーー。

その交渉の間、シキは終始落ち着いていた。その落ち着きにフィルスはシキの自信と誠実性を見た。

人質を捕られていても相手に憎悪を向けず、真っすぐに目を見てくる綺麗な緑色の澄んだ目と、自分も他人の首に刃を向けているとは思えないほど落ち着いた態度、口調。少々失礼な物言いはするが、言葉以外の内から出ているものに、とにかく邪気がない。

…それでいて”こちらが何かすれば、”エイカを確実に殺る”という明確な意思と殺気もしっかりと感じられるから不思議だ。

フィルスはシキを見目や血だけではなく、綺麗な男だと感じていた。



「……シキ・ルービック。お前は奴とは大違いだな」

「そう?まあ、彼は野蛮だしね。それよりフィルス、信じてくれた?ちゃんと彼の小姓の情報を伝えるから、納得できたらまず彼女を解放して欲しい。俺もエイカを解放するから」

「………先にその小姓の名を教えろ」

「”モト”だよ」

「…知っている名だ。少し前に元居たマフィアを抜けてティノに纏わりついてるという噂は本当だったんだな」

「なんだ、知ってたの」

「…お前はなぜモトの情報を知っている?」

「彼がティノを捜して俺の村へ来たから。本当だよ。村の訪問リスト見る?機密情報だけど…やむを得ないから必要なら開示しよう」

「……なるほど。わかった、それなら信じよう」

「ほっ、良かった。じゃあ、せーので人質交換だ。いいいね?」

「OKだ」

「…ーーーそこにいる彼女、ユースティティアは約束の公平性を測る女神だ。彼女が正義を測り、左手に持っている天秤が動く。もし傾けば、不正があった方に右手に携えた剣で裁きを下す。

そうなると俺の力でも止められないから、”公平に”、くれぐれも天秤が動かない様にーーーよろしくね?」

「……これが噂に聞く、シキ・ルービックのタロットの力、か…。だが結局、どう転んでもお前にその剣が振り下ろされることはないんだろう?」

「…ふふ。これはそんな都合の良い能力ではなくてね。とっても扱いが難しいんだ。だからこのカードは普段は目張りや威嚇としてしか使わない」

「……今が使い時だと?」

「うん、珍しく血界で約束を守れそうな男だから。ーーー俺、無駄な殺生も好かないんだ」

「…………それは血人らしくないな」

「いいんだ、らしくなくて。じゃあ、いくよ。せーの…ーーーーーーー」




シキがタロットから出してそのままにしていた女性、ユースティティアの目に光りが宿るのが目隠し越しにもわかる。
シキがその能力を使う、合図ーーー。

フィルスとシキ二人ともが人質の両腕を拘束している手の力を緩め、首から刃をほんの少し離すーーー。


対話のみでうまく交渉がまとまりそうだったまさにその瞬間ーーーー、自分の前後両方のどちらからともなく感じた殺気にシキはギョッとした。






「シキ!どけ!!」



「ーーー…なっ」












ーーーーーーーーこの場の”公平・均衡”が破られた瞬間だった。















シキのタロット「正義」 (ユースティティア)

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