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連載 Fantasy Action 2『夢あわせ~理学療法戦士サリー~ 』

理学療法士サリーは、オランダで思いがけずかつての弟子・相棒の小野田繁六と再会する。不思議な経過を経て、ふたりは新たな旅へ出ることとなるーー。

サリーと繁六は再会を喜んだ。

「まあ、繁六!」
 サリーは瞳を輝かせ叫んだ。懐かしい顔であった。

 サリーこと風巻紗里は、小野田繁六を忘れられようはずもなかった。七歳年下のクリクリとよく回る眼をした青年であった。その眼差しは世界へ向けられたおびただしい好奇心かと思えば、不意にはぐらかされ、諦念や絶望の吐露となったり、時には常識のほころびにユーモアの楔を打ちこんだりもした。
「ご無沙汰しています」ハンロックがふだんとは異なり、はにかんだような笑みを浮かべた。「もう四年になりますか。ほんとうに、その節はお世話なりました」
「思い出話は、あと、あと。お仕事よ」
 ここは、タイム・トランスポート、シップの船内。シルバーではなく、ベージュを基調にグリーンが鮮やかなリラックスな空間が演出されている。
 サリーがかわいらしい口角をわずかに上げた。背筋を伸ばすと、なめらかな胸のラインが強調された。
   顎ひげのGMが、さぁ始めるぞ、と万年筆の先を宙に向けた。人の目には可視できないベクトルが三人の現世人類の体幹を貫いた。
    三人の身体が45度空中に飛び出した。室内の空間ホログラムシステムの立体方眼マトリクス上にピタリと3体の現世人類が標本となって、浮いた。
  「今より、928year遡行、GO! 1096年東ヨーロッパ、イベリア半島へ向け、タイム・トランスポートいたします。冷凍睡眠on.GO!」
 三人の姿は一瞬のうちに消えた。data画面上には、i以下のように表示された。
   アムステルダム――ジェノヴァ
   20240825     20240828
        距離1,213.8Km        時間差928year
 

タイム・トランスポート・シップは宇宙へ飛び立った。


  スリープスケルトン・カプセルからセクシーな脚を跳ねるように突き出し、一回転して、軽金属樹脂の 簀の子床にきれいに着地したのは、まずサリーだった。
「あぁ、よく眠ったわ。時空間の旅も37時間43分37分にも及ぶと、ちょっぴり疲れるわ」
 ジェネラル・マネージャーのストラーも起きてきた。
「ハンロックはどうした? 寝坊か。とんでもない男だ。3時のおやつ・スイートは少な目のお仕置きだな」本気で目を吊り上げている。
  そこへ欠伸をしながら、ハンロックがスリープスケルトン・カプセルからh這い出てきた。その無様な格好には、ハンロックを好青年として高く評価していたサリーも、ハッと度肝を抜かれた。
サリーは歩幅を大きくとり、ハンロックの前に立ちふさがった。「あなたはかつて、理学療法の腕前にしても、ヒューマンとしてのモラルも最高点だったのよ。バディを組みたい療法士BEST  ①に選ばれたこともあったじゃないの……」
「ご無礼ながら、申し上げます。わたくし,オランダ南東部エリアにおける昨日までのADL(日常生活動作)普及運動で、いささか疲労気味であったのは事実です。しかし、私をそのような個人的理由のみで、起床時刻違反をするようなセラピストとお考えですか。悲しくなるばかりでございます」ハンロックは素早い仕草で床に膝をつき日本古式の土下座のスタイルを取った。「何卒、今一度、タイム・トランスポート・シップの運行マトリクスをご確認くださいませ。切にお願いいたします」
 ハンロックは、数度にわたり、額を床に擦りつけた。
 サリーは、慌ててはいないものの、事態の重要性に緊張し、美しい髪の毛をゆすった。
  GMは舌打ちをしたのち、スリ-プ・カプセルのノブの計器の細かい数値一つ一つを確認し始めた。3分が経ったろうか。ストラーGMがおもむろに顔をあげた。
「いや、失礼した。タイム・トランスポート・アカウンティングシステムにバグが発生していたようだ。疲労回復の効果の高いノンレム睡眠だが、同時にあるホルモンに限っては稼働を活発化している。このギャップが、ハンロックの正常な睡眠行動に余分な負荷をかけたようだ。すまない。全面的にハンロックのヒューマンエラーとは言えない」
 ストラーGMは壁側の戸棚をひらき、ティッシュ箱ほどのデバイス(BRAIN TRANSPORT)を取り出した。「この精密計器により、君たちは時空間トラベル睡眠中に学習した〝現在地および今日的エルサレム・エリアの危機に関するポリティカル情報〟をブレイン(大脳)に再インプットしなければならなくなった」
 サリーの表情が陰った。口を開こうとしたが、ストラーGMが眼光鋭く制した。
「Don’t speak. 本来2024年時点で、ホモ・サピエンスの脳神経細胞とAIはコラボレーションの試行をおえ、Hybrid Humanはフル稼働していなければならないのだが、自然災害が邪魔をした。承知のように、Artificial Intelligenceつまり人工知脳のテクニカル・リーダーシップは 中国に握られているとみるのが、グローバルコンセンサスであった。ところが、2030年南海トラフ地震が発生し、実態機密が明らかになった。実はJapanも重要な局面において最先端テクノロジーを保持していた。それがトラフによって、停滞してしまったのだ」
「それで、私たちの知能はまだ 〝天然知能〟のままなのですね」サリーの瞳が猫の目に近く野生を帯びた。
「ハンロック、よく見なさい。今から約53倍速で、このデバイスで君たちに〝11世紀のエルサレムを中心としたグローバル・ポリティカル・インフォメーション〟をブレイン伝送するから、受信しなさい」GMは、歯切れよく命じた。
サリーとハンロックは、壁からチェアを引き倒し、腰かけた。ストラーGMがBRAIN TRANSPORTをクリックONした。
 サリーは心を空にして、静かに瞼を閉じた。今、この宇宙船は、果てしなく広大すぎるほどの宇宙のどこかで、ホバリングしているに違いない。でも、どこかは特定できない。小窓の向こうに、うすぼんやりと景色が揺れた。山の稜線がほの明るく、細い雲が見える。脳裡に『枕草子』の冒頭が浮かんだ。

   春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは、すこしあかりて、
   紫だちたる雲のほそくたなびきたる。

    身体の隅々が澄みわたっていく……。と、そのとき、サリーの脳のシノップスに、ダイレクトに意味が伝送されてきた。
 ――11世紀末、イスラム勢力の圧力を受けたビザンツ帝国は、ローマ教皇ウルバヌス2世の救援を嘆願した。これが、十字軍の直接的なきっかけとなった。                          〈続く〉



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