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誘惑銀杏|#毎週ショートショートnote

 憂鬱な毎日をどう生き延びていたのか覚えていない。37歳の誕生日も何の擦過なく過ぎた。川崎の小さな螺旋工場に臨時雇用。金魚鉢を逆さまにして暮らしていた。波型曲線の隙間から出入りして。地球に熱攻撃したような長っちりの夏が終わり、やっと秋。工場の近くに壊れかけた神社があって勤めの行き帰りに通れば鼻をチクチク刺す快感と恍惚。でも待て。気づいたのは工場の先輩に連れてってもらった小料理屋の女将さん自称34歳秋田の生まれとか。肌の白さに俺のカラダは綱引かれグリグリ負け勝負。裏の神社の公孫樹が気になってしょうがない。「くさかったでしょ、ごめんなさいね。煎ったのを召しあがって」俺の胸で殻つきの銀杏がカラコロぶつかり合った。眼が女将さんのなまめかしい唇に釘付け。カワハギのおちょぼ口がうかんだ。めまいがした。しどろもどろになって呟いた。「俺、銀杏の生の匂い、嫌いじゃないです」瞬間、彼女の口からつややかな緑の粒が飛び出した。


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