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 掌篇小説|シルバー・クリエイター~爺婆だって異化世界を構築する~


写真はリアルイラストを採用。実在の人物とは関係ございません。

  俺は、平均年齢72 歳の爺婆集団『リハビリ・ジーバMKK』の一メンバーである。その基盤とするエリアは、松戸、鎌ケ谷、柏の三市、つまりM・K・Kというわけ。
 脳梗塞、動脈硬化、心筋梗塞、脊柱管狭窄症、膠原病、パーキンソン病などにかかわり、現在、身体の動きがあんべえ悪い男女が、一所懸命、リハビリテーションに励んでいる。そんな爺さん、婆さんの溜まり場が、ここ【シルバーパーク桜咲き】だ。
〈note〉には〝クリエイター〟を名乗る、イキのいい男女が五万といて、うらやましい。だれもが、作る→創る、論じる、書く、描く、詠うと、クリエイティブしちゃってる様子。やはり、30代、40代の生き盛りの男女が多いように見受けられる。真剣に学び、力いっぱい表現し、明日の自分を作ろうとしている。マジ真摯な姿勢には、頭が下がる思いである。頭が下がるについては、他にも理由があった。
 さっさと告白しておこう。私は1947年昭和22年生まれ。戦争が終わって間もないころ、今は昔、食料は不足していた。アメリカから脱脂粉乳の白いミルクっぽい液体をお情けで飲まされて、やっと成長できた。すげえことだにゃあ、今、考えてみると。牛乳から脂肪分をを抜いちゃってるのだからね。その分爆弾にはウランをプラスしたってわけなのかなあ。わかりま変。とにかく栄養失調気味なのは、間違いないところでしょう。 
 しかも、生活空間は、とことん板敷き、畳、土間で、膝折り、膝擦りの動作でありました。小学生の俺は、江戸時代みたいに正座して低い机に向かって教科書を広げていたっけ。6年生になると、友達は椅子のデスクを買ってもらった。おれのうちは貧乏だったので、父ちゃんが建築現場から角材をもらってきたのか、カッパラってきたのか、知らんけど、新聞紙に包んで持って帰って、ギシギシ、トントン、文机に脚を加えてくれたのを覚えている。貧しかったなあ、寒気がするよ。出来上がった体形が、顔面積広大にして、頭蓋膨大、頭が重い。短足にして、偏平足。因みに頭を横から見ると、団塊の世代ならぬ、断崖の絶壁。デカい頭は、重さゆえに万有引力によって、何もしないでも、すぐ下がるのである。
 椅子に腰かけ、ダイニングテーブルに向かい、トーストやコーンフレークをブレックファーストに食し、夜・ディナーには、ハンバーグやビーフシチューを味わって育った若い世代に、いじけた思いを抱いたにしても、だれが 責められようか!
 そんな俺が、この度、『リハビリ・ジーバMKK』何人かで通っている【シルバーパーク桜咲き】で、留飲を下げる出来事に遭遇したのである。うれし涙に紙パンツのフレア部分の端を絞っちまったぜい。
 大まかに言っちまうと『爺婆だって、クリエイターできるじゃん』ということなのだ。おれは小心者だからネタバレしとくとさ、俺たち爺婆を悪乗りさせる野郎がいるのさ。

 ある日の汗だらだら、うだるような昼前のこと。デイケアのリハビリが終わり、それぞれの家に帰る送迎車の車内で、運転手の武本さん(あだな・サーフ親父)が言った。
「こんなに熱くちゃ、熱中症にかかんなくても、気が狂っちゃうでしょ。いっちょドカーンと、熱気破滅弾を打ちますか?」
「そうよ、助けてよ。あたしなんか、アイスクリーム食べ過ぎて、お腹壊すし、太っちゃうし。もう、いやっ」
 と、いちばんに反応したのは井原美津子、65歳だ。彼女はちょっぴりふくよかで、「シルバドンナ」と呼ばれ、歯に衣着せぬ質の高齢夫人としてこの施設の人気者である。
 いつもは近くの美味しいパスタ屋とか、コンビニのスイーツ最新情報などで、送迎途中の車内は盛り上がる。ところが、今日は何やらシビアで本気になりそうな会話の流れが、楽しくもあり、あやしい緊張を招くようでもあった。シルバドンナが身体を揺すりながら、声を黄色くした。
「やっちゃえ、サーフ親父」武本さんは、55歳だが、週末には必ず房総の外海にサーフィンをしに行く、スポーツマンでもある。
『詩吟の源さん』と親しまれている山之内さんが、渋い声で、
「頼山陽先生の詩吟で遊んでいる私だけど、時には冒険心をくすぐられることもある」と、囁くように言った。
 送迎車に乗車している誰しもが、危険なアクションに無意識のうちに期待し、引き寄せられているようだった。
「サーフ親父はサーフィンでストレスを解消できるけど。他の人は辛いですよね」一番後ろに座っていた介護福祉士の秋元啓介が、得意の〝一見真面目男〟ぶりを見せつけつつ、高いテンションで言った。「で、サーフ親父。先週話していた松戸のK町裏山のアソコですか。アソコは危ないですよ。親会社の蘭州会も通行の迂回を推奨しているくらいです。ヤバイんじゃないですか。事務長に見つかったら、 垂れこまれるのは確実」
 『回転寿司の回し者』の異名をとる秋元介護福祉士の声音が、誰の耳にもビビッて響いた。彼はかつて送迎車でご利用者様を回転寿司に案内し、減俸処分を受けている。過ちは繰り返したくなかったのだろうが。
 俺はついに我慢できなくなった。そう、オシッコはもちろんのこと、サーフ親父が暑気払いに提案した「冒険かッ飛び走行」、今がチャンスだと確信した。
「やるなら、今っきゃないぜ。せっかく俺たち爺婆弱者が、禁を犯してまでやる気になったんだ。ブラボー、俺は5年ぶりに燃えてきた」
 聲がひっくり返った。畳みかけるように、シルバドンナ美津子が、喚いた。
「あれやこれや気にしてたら、何もできやしないよ。鼻たれ小僧じゃあるまいし、介護業界に活でも入れる気で、デンジャラス、危険の送迎ドライブを楽しみましょうよ」
「久々にシルバドンナさんのセクシーな声を聴かせていただきました。極楽極楽……」
   『詩吟の源さん』のニッカ、ニッカという笑い声が車中にこだまし、窓から碧い空へ向け逃げていった。源さんは、しずかに吟じ始めた。(頼山陽 川中島)
   鞭聲粛粛 夜河を過る 
   暁に見る千兵の 大牙を擁する
   遺恨なり十年  一剣を磨き 
   流星光底、長蛇を逸す

 『サーフ親父』運転手が急ハンドルを切った。クルマは軋み音をあげ、180度回転したかと思うや、運転手自身の「GO! アウトロー集団」の掛け声を吹き消して、スピードを加速させた。
 俺は誇りに満ちていた。戦後生まれの矜持に支えられていた。源さんの詩吟の声量に負けないように腹に力を込めて、二葉百合子『岸壁の母』を唄った。
    母は来ました 今日も来た
    この岸壁に 今日も来た
    届かぬ願いと知りながら
    もしやもしやに もしやもしやに……

「デンジャラスを突破するぞ」の掛け声とともに、送迎車のスピードが上がっていく。次第に薄暗くなり、一挙に暗くなった。周りはジャングルのような木立とうっそうと生い繁った葉だった。そこはもう松戸市の農道ではない。東京ディズニーランドのサンダーマウンテンの暗い川の流れであり、かつアマゾンのジャングル・トンネルだった。遥か前方に光の円窓が開いている。樹木の枝葉の繁りがザワザワ・ジャリジャリ、送迎車のボディ塗装を削った。それは夢でないのは確かだった。しかし、「きっと幻だろう」とだれもが思っていた。それだけ素晴らしい体験だと感じていた。爺婆は、片足を棺に突っ込んで、『崖ぷちの亡霊』の身に甘んじ、三途の川の上空でバンジージャンプのロープに片足を捕まえられて、宙ぶらりんになっていた。
 俺はこの掌篇小説を書きながら、いわゆる落ちはつけられないだろうと観念した。落ちをつければみんな、三途の川に真っ逆さまに転落するであろうと思われたから。
道路はデコボコだった。クルマのスピード感が車体を上下させた。だれもが、天井に頭をぶつけ、瘤をつくった。それでも、それぞれが初めて愛した異性に触れたときのように恍惚とした表情でほほ笑んでいた。
『磯寿司の回し者』秋元さんが、「最高のドライブ・アトラクションですね。『ジャングル・クルーズ』と名付けましょう」と、堂々と宣言した。
 驚いたことに、こののち、多くの人に活用され、レジェンドとなった。しかも、自分の人生と世界について、積極的に物語る爺婆が出てきた。俺はうれしくて、この送迎車に言葉を贈った。

 シルバーだって、世界をクリエイトできる。
 幻を語る送迎車よ、デンジャラスを突破しよう。

20240909
 

スピードとスリルが彼女を虜にした。


親父の戦時中の苦しみを思い出すんだ。

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