掌篇『恋は地球を救う』#シロクマ文芸部|「北風と」
北風と太陽が「どちらが偉いか」をめぐり総合格闘技で勝負した、という風聞は、彼女の耳にもすぐに入った。 結果はご承知のように、北風の負け。「暴力は説得に勝てない」と世界に知らしめた。彼女は、カチンッときた。まなじりを決して、太陽に異議申し立てをした。「まるで騙まし討ちじゃないのさ。太陽さんともあろうお方が。民はがっかりしたわよ。わたしがリベンジするわ。覚悟しなさい!」 「おお、上等じゃぁありませんか。わしは法律上〝買収〟とみなされるようなことはしておらぬ。どこからでも、かかってこい」 太陽は贅沢三昧、栄養満点である身体を隠そうともせず、耳の後ろの皮膚を赤くし、頬をたるませ、瞼にするどい光を走らせた。 その刹那、彼女の形の良い胸に包まれた、宛ら赤児の肌のような繊細なこころが、くしゃみをした。鼻をくしゅくしゅとよじって、ポケットからコンパクトを取り出した。折りたたまれていた流線形の手鏡を広げると、高さ10キロメートルはあろうと思われる巨大な姿見となった。 彼女は爽やかな午後の空色の大気の中で可憐な瞳をまばたきした。「眉よし、アイラインよし、真っ赤なルージュも決まってる」艶っぽい仕草で鏡を片付け、つぶいた。「さぁ、尋常にに勝負しましょ」 彼女は振りかぶった。オーッと野茂英雄投手ばりのトルネードだ。十分に湾曲した背から溜めの効いた〝風〟が肌理こまやかな粒子の団体となって、地球、北半球、日本の霧降高原に降り注いだ。地上の人々はここちよい南からの風に素肌をさらし、うっとりし眼をとじた。 そうなのです。〝彼女〟は実は〝北風の恋人〟であり、その名を『南風なっちゃん』というグローバルな人気者。ここ数カ月、銀河系宇宙気象ASSOCIATIONからの依頼業務で、南半球まで出張していたのだ。『なっちゃん』が送り出す南風は生きものすべての肌に優しい、内臓に優しい。ハートにもうれしい、愉悦の南風。 一方の太陽だって、負けてはいられない。人間はじめ生き物に気持ち良さを届けようと、努めてソフトな太陽の光と熱を放射する。 しかし、もともと太陽はエネルギーが巨大であり、それを臨機応変に調節するのは至難のわざであった。ついに太陽は、「わしは、多くの星に頼られている。求められる熱、光が強烈すぎるのだ」との言葉を残し、敗北を認めたーー。一週間後『We love 地球ー惑星気象会議が』開催された。出席者は、太陽、北風、南風、春風、秋風、夏風、雨、ほか。 テーマは、地球温暖化を中心に、生態系、砂漠の拡大、水資源農産物、水産物への影響など、が激しく議論された。そして「快適な地球2025」批准書が採択されたのである。 地球を救うのは、ホモサピエンス、AIアンドロイドだけではない。地球の気象や、惑星の現象などが絡みあい、綜合的になされるものであることを南風から学んだようにおもえる。ビバルディの『四季』がさらに鼓膜に快い。
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