
『きしむ恋』#青ブラ文学部 ♯軋む恋
「あなたの恋愛も、つらいでしょうね」
お友だちは同情してくれる。そうなの、本当に情けない。
「会いたいのに行けない。ただ待つだけ。恋心はジリジリ燃えてくるというのに」
「まさに軋んでいるとしかいいようのない恋ね」
「神様が決めたこととはいえ、哀しくて」
導爆線のプラスチックを唇に咥えたが、身のよじられるような憤りと鬱屈のやり場はどこにもなかった。アヘンのもととなる芥子を栽培していたアフガニスタンの荒涼とした大地で、わたしは今、1千万ともいわれる仲間とともに、恋に軋みながら息をしている。
お友だちは、手榴弾とか、機関銃。そして、死と背中合わせの恋。
10時間ほどが経った。「近づいて来たわ。アフガンの民間人だわ」と手榴弾の女子から声があがった。
ヒクッ、咽喉が締め付けられた。身体がビリビリしてきた。
高度に発達した資本主義国家、いや、独裁主義国家でも使われているであろうアイロボット社製掃除機〝ルンバ〟を小型にしたようなわたしの身体ーーつまり地雷は、愛にわななき始める。
土のなかから潜望鏡を伸ばして、彼方をながめた。
「ああ、愛しいパレリン。山羊飼いの、心優しい人」
パレリンは山羊をそだてる遊牧の民である。年老いた母、父、幼い弟と妹をつれて、出かけるところだった。彼は先頭に立ち、モップをもって、あら、ごめんなさい。モップの先端には雑巾ではなくて、地雷探知機が装着されているんだわ。わたしたちを見つけるために。
「あっ、ブ―ヤッタ、そこを動いちゃだめだ。左30センチの所に地雷が埋まってるって、探知機がピーピー知らせてる」
「ねぇ、お兄ちゃんのお嫁さんになるはずの女の人は、どこ行っちゃったの?」妹のマーフィが、泣きべそをかきながら尋ねた。
パレリンは、雷に打たれたように天を仰ぎ、身体を硬直させた。
「そうだ、ぼくの愛するフローラ。ああ、アッラーを崇めぬ者たちによって、彼女は地雷に変身させれてしまったんだ。そういう人たちが何百人、何千人もいると聞いた」彼は顎髭を掻きむしった。「この辺りの地雷危険区域にいるかもしれない。探知機が見つければ、彼女は死ぬ」
そのときよ、私の身体からやわらかな毛糸のボールが飛び出した。ぐるぐる回転しながらパレリンの胸に突撃した。
「あっ、たいへん!」わたしは土の中で叫んだけれど、彼には聞こえない。彼の表情が、うっとり柔和に変化したように思えた。胴をねじるようにして両腕を空に挙げ、腰でおどり始めた。その周りを小さな砂嵐が舞い上がった。そして、わたしは見た。
大地に膝まづき、宛ら、礼拝でもしているパレリンのターバンから二つの毛糸の毬がゆらゆらと飛び出てきた。
わたしは恐ろしくなった。心臓部ともいえる起爆金属箔版・左右2枚がへらへら、ドキドキ揺れる。スイッチがONすれば、私の〝ルンバ〟は爆破するに違いない。地上の人間も死に至らないまでも腕や脚を失う可能性は強い。ところが不思議なことに、金属箔版のきしむ音はサイレント。
パレリンが砂の舞う空に掌を突き上げて、
「うおーっ、見える、聞こえるぞォ。ふたりの魂が軋む愛の歌だ。ああぁ」
と、あたかも両の掌のすこし上に、二つの毛糸の毬を宙に浮かせ遊ばせているかの仕草をした。
それは、わたしの合成樹脂製の鼓膜、三半規管、蝸牛にも、さわさわときれいな軋み音をきかせた。
そうよ、彼とわたしの精神が愛撫し合って、きしむ音色なのだわ……。幸せは、近いかもしれない。
いつの間にか〝ルンバ〟の脇の土がひとすじ滴に濡れていた。潤んだ瞳で確かに見た。 〈了〉