身体操作を取り戻せ②
「正座」について(続き)
正座が一般的になったのは江戸時代の武士からだといわれています。
武術の身体操作の基本には「上虚下実」の安定した姿勢があり、その身体感覚が養われるのが「正座」というわけです。
そして前回の記事で、その正座によって「上虚下実」の状態になるには、ある身体操作が必要であるという話までをしました。
前回のはこちら
「野口整体」野口晴哉氏の晩年の弟子である岡島瑞徳氏は、「第三腰椎」(腰の骨の3番目)を「達人の椎骨」と呼んでいました。
それと関係があるのか、黒田鉄山氏や塩田剛三氏など、達人と呼ばれる人たちの姿勢を見ると、少し腰が丸くなっている印象があります。
私は、達人たちの姿勢を見て何となく共通するものを感じていましたが、どこがどうなっているという言語化は、その時は出来ませんでした。
しかしある時、川津康弘という方のYouTubeチャンネルで「もしかしたらこれかも」と思われる動画に出会いました。
その動画は「鼓命門(こめいもん〈命門を張り出すという意味〉」と呼ばれる姿勢を深く解説されている動画で、達人たちの共通する姿勢のヒントを私に教えてくれました。
さらに、その当時私はパニック障害に苦しんでいたのですが、その身体操作により劇的にパニックは寛解していきました。
「命門」というのは腰にあるツボで、それを後ろへと張り出すような姿勢を「鼓命門」といいます。
「命門」は第二・第三腰椎の間にあり、中医学でいう「生命力の入り口」となるツボです。
岡島瑞徳氏が第三腰椎を「達人の椎骨」と呼ぶことにもつながってきます。
「腰椎」とは背骨の腰の部分の骨のことを指し、「仙骨」という骨の上に乗るようにあります。
*腰椎は5つあります。
前に傾いた「仙骨」を立てるようにし、前方に湾曲した腰椎を後ろへ出す動作を「仙骨を収める」と表現します。(鼓命門と類義語)
*自分に尻尾がついているとし、その尻尾を足の間を通して前に出すようなイメージ。
(興味のある方は是非川津康弘氏のYouTubeをご覧ください。身体操作の感覚的なことの言語化が素晴らしいので。)
岡島瑞徳氏の「達人の椎骨」、黒田鉄山氏や塩田剛三氏の腰が少し丸まって見えるというのも、第三腰椎(命門)を張り出し、仙骨を収め「軸」を作っているからではないかと思います。
「鼓命門」の姿勢は、身体の軸を物理的に作るという役目もありますが、「氣」の流れにも大きな影響があります。
「氣」にはグルグルと身体を、下の図のように巡っている「内氣」というものがあり、河津さんいわく、この氣の流れが1番途切れやすいのは「命門」の部分であるようです。
そこで、命門を後ろへ出し、仙骨を収めることにより内氣が巡りやすくなります。
パニック障害や鬱は氣の消耗が主な原因なので、この仙骨を収めた姿勢で立っているだけで、氣が補充していくのがわかり、楽になってきます。
そして正座での「上虚下実」はこの操作ができて初めて可能になります。
また、パニック障害や鬱の人はみぞおちに痞え(つかえ)があり、自分では無自覚ですが緊張している場合が多くあります。
そういった時、仙骨を収め「上虚下実」の状態になると、精神が安定するので、そういう方は是非「正座」から始めてみてはいかがでしょうか。
仙骨を収めて立つだけでも、呼吸がお腹や背中、仙骨まで通るようになり、下腹部が充実し精神が安定してきます。
それはイメージだけではなく、体感としてわかります。
「蹲踞(そんきょ)」について
「蹲踞」は正座と同様に「上虚下実」の状態を作る上で重要な身体操作の一つです。
蹲踞はつま先を立て、踵の上にお尻を乗せる姿勢で、この姿勢も仙骨を収めて行います。
そして、親指の付け根に重心がかかるようにするのが重要です。
もし小指側に重心がかかるのであればうまく仙骨を収めることができていないということになります。
仙骨を収め、肩の力を抜くようにします。
慣れないと不安定ですが、慣れると「中心軸」を体感できるようになるので、生活の中に正座や蹲踞を取り入れるだけで「上虚下実」や「中心軸」といった、昔の日本人が持っていた身体感覚を取り戻せると感じています。
私の体感では、蹲踞はうまく軸が通れば正座よりも「上虚下実」の状態になれると感じています。*肩の力も抜けるし、顎や目の力みまでもが取れますよ。
(2時間くらいの映画なら蹲踞で見てもいいくらいです。嘘、それはいや。)
体幹から動き出す四肢(手足)
日本古来の身体操作の特徴は「腰肚(こしはら)」にあるということは述べました。
スポーツで運動能力を高めようとするとき、どうしても四肢(手足)に注目し、手足の筋力を鍛えることが重要だと考えてしまいますが、そうではなく、手足の動きに力を与えているのが体幹(腰肚)になります。
スポーツの世界で「コアマッスル」と呼ばれる「深層筋」の重要性は唱えられています。
日本古来の身体操作を現代に残している文化の一つに「能楽」がありますが、能楽には深層筋が鍛えられる動きがあるといいます。
その代表的な動作が「すり足」です。
すり足は大腰筋などの深層筋を使わなければできない動きであり、昔の武士たちはこの深層筋を使った身体操作をしていたのだと思います。
大腰筋は腰の骨から始まり、太腿の骨に付く筋肉で、大腰筋を使って歩くということは、腰まである「長い足」で歩くというイメージになります。
つまり日本古来の身体操作は、体幹(腰肚)に意識がしっかりあり、そこから四肢が動き出すというような身体感覚があったのでしょう。
私は、スポーツのトレーニング(筋トレ)で、手足の末端に重りつけてトレーニングすることに、スポーツのパフォーマンスを上げるという点においては、あまり意味はないと思っています。
(個人的意見)
前回の記事で述べましたが、「歩行」のとき、つま先で地面を蹴らずに、踵や足裏全体で離すように歩いていると、次第にお腹から足が生えているような感覚になってきます。
腕や足の動きが、体幹と連動することにより、腰やお腹から手足が動き出すという感覚により、「丹田」の意識はより強くなります。
とくに昔は着物であったため、帯を巻くというのも腹圧が高まり、より「腰肚」に意識を持てたのだと思います。
四肢(手足)によって導かれる体幹
とくに股関節や肩甲骨と連動しやすいですが、手首や足首の動きによっても体幹は導かれます。
例えば、左腕を外旋位(腕を横に広げ、手のひらを上に向けた状態)にし、右腕を手のひらは下に向けた状態にします。
そうすると、左側へ体重移動がしやすくなります。
また、片足立ちをして、上げている足のつま先を下に向けると、支えている足の方向へ体重移動がしやすくなります。
反対につま先を上に向けると、上げている足の方向へ体重移動しやすくなります。
このように体幹を誘導するのは手足の動きであり、手足を動かすのは腰肚(体幹)という、体幹と手足の連動が身体操作の基本にあります。
日本人が失ってしまった身体意識
日本人古来の身体操作は「腰肚(こしはら)」にあります。
そして、明治以降の近代化によってそれまでの日本人が持っていた身体意識は徐々に失われていきました。
これらの身体意識が失われてしまうと、日本人の(他の国の人もそうですが)精神性を発展させてゆく原動力も消えかねません。
達人になるような鍛錬は、誰もができるものではありません。
興味のある人は自分でどんどんと達人技の情報を見つけて実践していただければいいと思いますが、私は誰もがすぐに取り組めること以外に興味がないので、
「立つ」「座る」「歩く」というすごくシンプルな身体操作だけを伝えようと思い、この記事を書こうと思いました。
心の乱れは呼吸にあらわれます。
呼吸で心と身体を一体化させ、安定させる身体操作が「仙骨を収める」方法で、この姿勢さえ修得すれば、軸が通りエネルギー(氣)も補充できます。
仙骨を収めて立つことや、正座することは「上虚下実」の状態(心氣を腹に落とす)を作り、腰肚の身体意識が鍛えられていきます。
是非、日頃の生活の中で少し意識をしてもらえればと思います。
では最後に、仙骨を収めて立つ方法を簡単にまとめて載せておきます。
1・図のように、椅子に座り首から背中を脱力します。
2・そこからお尻を上げて、その状態からゆっくりと上体を起こしていきます。
この立ち方で立つと、仙骨が収まった状態になります。
昔の日本人の優れた身体操作は、正座や蹲踞や歩行から自然と形作られたものでした。
身体操作であれば、私たちが自分さえ意識していればいつでも取り戻せるものだと思います。
私は身体操作のスペシャリストではありませんが、何か伝えることの一端になりたいし、各文化のスペシャリストたちが、後世に日本文化の素晴らしさを受け継いでいくことを願っています。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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