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お前はかわいいよ


私には、彼氏がいる。
会社の上司で、仕事がめちゃくちゃ出来る。
出来る男だ。
優しくて、強くて、真面目で、気配りや思いやりがあり、後輩想いで、信頼できる。

こんな理想な人はいない。

世の中顔じゃない。
経験からわかってた。

こんな人と結婚したい。
幸せになれる。

結婚は恋愛だけでは成り立たない。
そんな現実的な私の脳内での理想として掲げられたミッションみたいな彼と過ごす毎日は、ただ息つくようで、時の流れは平和そのもので

穏やかで。


それなりに幸せだった。

そんな中、会社の同期が1人辞めた。
彼は、いつも浮いていて周りを気にしなくて、たまに言葉のトゲで誰かを苛立たせたり、それでいい存在のようで。
私は当たらず触らず、ニコニコと彼の周りで笑ってるだけの存在だった。
深くもなく、よく知らず、ただの同期。それだけ。

ある日送別会も含めて会社の同期で飲み会をした。
初めて同期全員で集まった。

彼は、仕事を辞めて来月から新天地で飲食を始めるらしい。

「また、食いに来てよ。売り上げに貢献しろよ」

断酒していた私は解禁したかのように酒を浴びるように呑み、日頃のストレスや、親族を亡くした悲しさを吐き出し泣いていたらしい。
1軒目からの記憶は既になかった 笑

目が覚めた場所は、誰かの腕の中で。
彼氏だと思った。

「ぁあ、迎えに来てくれたんだ、、ありがとう」

「目が覚めた?昨日大変だったよ」

見渡す部屋はいつもと違って、見つめる顔はただの同期で。

驚きすぎて声が出なかった。
最初は誰かわからなかった。

気持ち悪くて起き上がれなかった。

下着は身に付けていた。
そんな行為はなかったみたいだ。

泥酔した私を引きずって家まで連れて帰ってくれたらしい。
申し訳ない、ごめんね。

動けない私に、不器用に言葉を紡ぐ彼にトゲは見えなかった。
コンビニで歯ブラシとご飯とフルーツを買ってきてくれた。

お風呂に入り、歯を磨き、ご飯を食べた。

謝る私に、
「お前は可愛いなぁ。全てが愛おしいよ。
顔もかわいい、声もかわいい、酔っ払ったことも愛おしい、泣いた顔もかわいい、仕事姿も、一生懸命な姿も、笑うところも、全てがかわいいよ。
かわいいなぁ、お前は。かわいい。めちゃくちゃ好きだ。かわいいよ。」

何度も何度も言って、

頭を撫で、私を抱きしめた。

かわいい、かわいいよ。

強く強く抱きしめていた。

お前はかわいいなぁ。
嘘はないよ。

全部が愛おしい。

何度も言われて何度も何度も言われて、誇らしかった。優越感だった。

誤魔化して引き離そうとしても、その腕は離れなかった。

かわいいなぁ。かわいいよ。
愛おしい。全てが好きだよ。

もしかしたら、今までの会話に何の意味もない言葉の中に、彼なりの好意や愛情表現があって、不器用に投げられた言葉の中には彼なりの意味が含まれていたのかもしれない。

股間が固いのもわかった。
でも触れない

キスもない。

一線は超えない。

お互いの線引きを感じながら、きっと彼はこんな毎日だったら、君が彼女だったらなんて、想像しているのも分かった。

その時まで、彼の気持ちに気づかなかった。

私は、その空間を埋めるだけの言葉を使った。

「こっちで働けば?またみんなで飲めるし、就職しなよ」

彼は言う。
「こっちに残ってほしい?こっちに残ったら、、、ねぇ、どうする?」

最後までは言わない。

いつでも会えるし、一駅先なだけだよ。
なんて、私のその言葉には何の意味も付与していない。

こっちに残ったら、、、

何度も彼はそう言った。

私からの確証が欲しかった?

私からの気持ちが欲しかった?

彼氏からの電話が何件も入っていた。
彼氏はきっと怒ってない。
心配しているのだ。私には分かった。
彼はそういう人だから。

帰るという私にタクシー代を渡して、彼は最後までこう言った。
「もう、会えないかな、またね、」

「新しい仕事、頑張ってね!また食べに行くね。」

答えの代わりに答えを出した。

彼の気持ちに答えられる筈もなく、その家を後にした。

私はずるい女だ。

彼氏でもないおとこの家で、お風呂に入った。長い髪にシャンプーの匂いを纏った。彼が抱きしめて私の髪を匂った。

いい匂いだと喜んだ。

すっぴんで、ご飯を食べて無邪気に笑った。
彼は言った。

「すっぴんの方が可愛いよ。
めちゃくちゃ可愛いよ。
かわいいなぁ。」

彼の歯ブラシの隣に、私の歯ブラシを並べた。

彼が捨てられるはずもない、私の片耳のピアスを置いてきた。

長い髪の毛を落としてきた。

香水の匂いを残した。

3秒見つめて、別れを告げた。

かわいいなぁ。最後まで言った。

また彼はきっと言葉にトゲを纏ってこう言う。
「もう一生会わないんだから捨ててやる」

そう言いながら彼は連絡してくる。
「返したいんだけど今どこ?」

分かってるよ、君のこと。

でも気持ちも思い出も過ごした時間も彼は切り離していける。

そんな人だから。

私はそんなこと考えながら迎えに来た彼氏の元へ帰った。

彼氏は期待を裏切らない。
「心配したよ。大丈夫?寝られなかった、心配させないで。ちゃんとお家に帰ってきて。」

あぁ、この安心感。
心地いい。

いい人すぎるんだよ。

「怒ってないけど、心配だからこれからは飲み会の後、迎えに行くから。」

「ちゃんと帰るから大丈夫。」

私はずるい。
社内恋愛をまだ公表していない理由は、私がフラフラしたいから。
男性に可愛がられたいから。
誰かのものである自分が嫌だから。

「私が浮気したらどうする?」

「きっと浮気しないよ。信じてる。もし、したとしても、別れないよ。でも、泥酔しないでね。他の男の家で寝ないで?浮気しないでね 笑」

笑いながら答える彼氏の器の大きさに圧倒される。

そうだ、私は一線を超えた浮気はできない。
ただ、みんなにチヤホヤされて可愛がられたいだけ。

みんなの頭の中に少しだけ、女としてチラついていたいだけ。

ずるい女でいたいだけ。

公表したい彼と、したくない私。

彼氏が言う。
「髪の毛、とってもいい匂いがするね」

そう言って抱きしめた。

ねぇ、かわいいって言ってよ。







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