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【開催レポート】第7回エフェ会「さかさま不動産をエフェクチュエーションで解剖する」

2025年1月27日、名古屋で開催された第7回エフェクチュエーション勉強会(通称:エフェ会)。特別ゲストとして、「さかさま不動産」を運営する株式会社On-Co代表の水谷岳史さんをお招きして、従来の不動産業界の常識を覆す新しいサービス「さかさま不動産」をどのように形にしていったのかを、エフェクチュエーションの文脈でトークセッション形式で語っていただきました。会場の臨場感を感じていただけるように、対談形式のレポートを作成しました。

【おしらせ】第8回エフェ会は2月4日(火)です。


エフェクチュエーションの5つの原則

中島:まず、エフェクチュエーションについて説明させてください。2008年にアメリカのサラ・サラスバシー教授が発表した理論です。凄腕の起業家たちにインタビューをして、その考え方や行動パターンを分析し、5つの原則としてまとめたものです。

  1. 「鳥の手の原則」(Bird in Hand Principle)
    手元にあるものから始める。目標達成に必要なリソースが揃っていなくても、今あるもので始められることから始める。

  2. 「許容可能な損失の原則」(Affordable Loss Principle)
    損失を過度に避けるのではなく、許容できる範囲で挑戦する。

  3. 「レモネードの原則」(Lemonade Principle)
    予期せぬ出来事や失敗を、むしろチャンスとして活用する。酸っぱいレモンからレモネードを作るように。

  4. 「クレイジーキルトの原則」(Crazy Quilt Principle)
    パートナーシップを柔軟に作っていく。競合だと思っていた相手が協力者になることもある。

  5. 「飛行機のパイロットの原則」(Pilot in the Plane Principle)
    未来は予測するものではなく、自分の行動で作っていくもの。

これは普通のビジネス理論とは逆の発想なんです。通常は計画を立て、目標を決めて、リスクを減らすようにと言われますよね。でもエフェクチュエーションは、計画にとらわれすぎず、手元にあるものを活かしながら、行動を通じて道を切り開いていく。

さかさま不動産とは

水谷:私たちは「まだない未来を作る」というミッションを掲げています。その一環として始めたのが「さかさま不動産」です。名前の由来は単純で、不動産の仕組みを逆さまにしようと思ったんです。

従来の不動産サイトは物件情報を掲載して、借りたい人を募集します。でも私たちは逆で、「やりたいこと」の情報を掲載するんです。例えば「この地域でカフェを開きたい」とか「保護犬・保護猫のシェルターを作りたい」といった夢を持つ人たちの思いを記事にして、それを読んだ大家さんから「うちの物件を使ってほしい」というオファーをもらう。

中島:その仕組みがすごく上手く機能しているんですよね。

水谷:はい。これまでに33件のマッチングが成立していて、全員が事業者なんです。しかも特筆すべきは、廃業が2、3人しかいないこと。普通の個人事業だともっと廃業率は高いはずです。

なぜうまくいっているかというと、地域に合った人が入居するからなんです。例えば、私たちは契約時にプレスリリースを書いて、町に周知します。すると地域のキーマンが「この子を助けたい」と動いてくれる。地域の工務店さんや電気屋さんを紹介してくれたり、使える補助金の情報を教えてくれたり。オープン前から地域が応援してくれる関係が作れているんです。

市場性への独自の視点

中島:全く新しいビジネスモデルですよね。成功事例もない中で、市場性についてはどう考えていたんですか?

水谷:面白いエピソードがあって、実は似たようなサービスを大手企業が実証実験でやろうとして途中で止めたんです。マネタイズが難しいと判断されたんですね。

でも、僕らは違う視点で考えました。まず、「会社が潰れたところで、誰に迷惑をかけるんだろう」と。当時は2人だけの会社でしたから。それに、社会課題って儲からないから課題として残っているわけですよね。

中島:クラウドファンディングでも面白い現象が起きましたよね。

水谷:そうなんです。普通、クラウドファンディングって商品の先行販売みたいな形でリターンを用意しますよね。でも私たちには返せるものがなかった。「水谷と話せる権利」とか「良い物件を探す」といったものしか提供できなかった。それでも280万円近い支援が集まったんです。

クラウドファンディングでは283万円が集まった

これは社会がこのサービスを必要としている証だと思いました。実は、空き家に関する国交省の調査では、空き地の情報提供に関して「広く一般に情報提供してもよい」という回答は15.6%しかないんです。でも同じ調査で、「まちづくりのために活用してもよい」という回答は45.8%もある。

つまり、情報としては出したくないけど、良い使い方をしてくれる人がいれば貸してもいい、という大家さんが多いんです。ここにビジネスチャンスがあると考えました。

収益化への独自のアプローチ

中島:さかさま不動産の特徴的な点として、ユーザーから直接的な収益を得ていないということがありますよね。

水谷:はい。掲載料も、仲介手数料も一切もらっていません。これは5年前に決めたことですが、今でも変えていません。

その理由の一つは、私たちのユーザーの多くが、最初の段階ではお金がない人たちなんです。自分の表現をしたいけど、資金が足りない。そういう人たちからお金をもらうのは、なんかセンスがないなと思ったんです。

でも、無料だからこそ生まれる価値があります。例えば、大家さんが家賃を安くしてくれる傾向にあります。「君たちはお金をもらっていないし、そのミッションを考えると、この1件くらいは若い子に安く貸してもいいかな」という判断をしてくれる。

また、データの収集という面でも面白い効果が出ています。アンケートをとると、普通なら回答率って低いじゃないですか。でも、さかさま不動産のユーザーは真面目に答えてくれるんです。無料でやっているから「ちょっとぐらいは恩返ししなきゃ」という気持ちが働くのかもしれません。

中島:ただし、全く収益がないわけではないですよね?

水谷:はい。間接的な収益は得ています。例えば自治体からの委託事業があります。さかさま不動産のノウハウを活かした空き家活用の施策などですね。

それから、最近はJR東海さんとも連携が始まっています。駅のテナントが余っている状況で、ただ埋めればいいわけではなく、その地域に合った店舗を入れたい。でも、公募しても良い案が来ない。そこで私たちのネットワークを活用する。

将来的には全国の空き家活用のプラットフォームになることを目指しています。例えば、FacebookやInstagramのように、ユーザーは無料で利用して、プラットフォームに価値を感じる企業からの収益を得る。そんなビジネスモデルも考えています。

事業継続の秘訣

中島:収益化を急がず、じっくりと時間をかけて育ててこられましたよね。その原動力は何だったんでしょうか?

水谷:一番大きいのは、コストを極限まで抑えたことです。さかさま不動産って、実はただのブログサイトのようなものなんです。維持費がほとんどかかりません。

それと、他の事業でしっかり収益を上げながら進めてきましたし、経費や人件費の管理はしっかりやっています。見込み案件も確率を掛けて、例えば「この案件は成約確率30%だから、100万円の案件なら30万円」という形で売上見通しを立てています。

また、プロジェクトを始める前に、まず遊んでみる。「これ、なんかいけそうだな」と思ったものをプロジェクト化する。そういうアプローチを取っています。

中島:エフェクチュエーションでいう「許容可能な損失の原則」ですね。大きな損失は避けながら、できる範囲で進めていく。

水谷:そうです。でも、そのプロセスの中で思わぬ副産物も生まれました。例えば、PRのスキル。さかさま不動産を広めていく中で、PRのノウハウが蓄積されて、それが今では別の収益源になっています。実際、日本PR協会主催のPRアワードでグランプリもいただきました。

新しい働き方への展望

水谷:最近、考えていることがあって。普通、会社って個人に合わせてもらいますよね。でも、それを逆転できないかなと。会社が個人に最適化する。「こんなことやりたい」という個人に対して、「じゃあうちに来て、一緒にやろう」って。

中島:またしても「さかさま」な発想ですね(笑)。

水谷:はい。実は「まだなさそう」っていうのは自分の原体験から来ているんです。まだないものを生み出している人たちって、僕らと同じようにお金がないはずなんです。だからこの場所は使ってもいいし、飯も食わすし酒も飲ますし、泊まってもいいよって場所を作らないと、そういう人たちが拾えないと思ったんですね。

中島:この対談を通じて見えてきたのは、「さかさま不動産」という取り組みが、単なるビジネスモデルの革新を超えて、私たちの社会や働き方自体を問い直すものだということです。収益化を急がず、かといって理想論に走るのでもなく、実践的かつ持続可能な形で社会課題に取り組む。そんな新しいビジネスの形を示してくれているように思います。

水谷:不動産って本当はお金だけの話じゃないはずなんです。誰かが暮らして、何かを表現する場所であり、安らぐ場所。それが全部お金で決められていくから、どの駅前も同じようなチェーン店ばかりになってしまう。

もっと民主的に、その土地に合った使い方ができないか。それがさかさま不動産の目指すところであり、これからも探求していきたいテーマです。

さかさま不動産に見るエフェクチュエーション5大原則の実践

1. 手中の鳥の原則

  • 目標達成に必要なリソースが揃っていなくても、手元にあるもので始める

  • さかさま不動産の実践例:

    • 高額なシステム開発をせず、ブログサイトという形でスタート

    • 社員2人という小さな組織からスタート

    • 外注せず、自分たちでPR活動を行い、そのスキルを内部に蓄積

2. 許容可能な損失の原則

  • 大きな損失を避けながら、許容できる範囲で挑戦する

  • さかさま不動産の実践例:

    • 維持費の極小化(ブログサイト形式の採用)

    • 他の事業で収益を確保しながら展開

    • 「会社が潰れたところで、誰に迷惑をかけるんだろう」という発想で、リスクを見極め

    • マッチング手数料を取らないことで、失敗のリスクを軽減

3. レモネードの原則

  • 予期せぬ出来事や失敗を、むしろチャンスとして活用する

  • さかさま不動産の実践例:

    • 資金がないという制約を逆手に取り、無料サービスという形に

    • 資金が乏しいので外注せず自分たちでやることで、PRのノウハウが蓄積され、新たな収益源として展開

4. クレイジーキルトの原則

  • パートナーシップを柔軟に作っていく

  • さかさま不動産の実践例:

    • 自治体との連携による委託事業の獲得

    • 地域のキーマンとの関係構築による出店サポート体制

    • 無料であることで、大家さんが家賃を安くしてくれるなど、予想外の好循環が生まれる

5. 飛行機のパイロットの原則

  • 未来は予測するものではなく、自分の行動で作っていくもの

  • さかさま不動産の実践例:

    • 「まだない未来を作る」というミッション

    • 従来の不動産の仕組みを「さかさま」にするという発想

    • プロジェクトを始める前に「遊んでみる」という実験的アプローチ

    • 会社が個人に最適化するという新しい働き方の模索

まとめ

さかさま不動産の事例は、エフェクチュエーションの5大原則を実践的に体現しています。特に注目すべきは、これらの原則が個別に適用されているのではなく、互いに関連し合いながら、サービス全体の成長を支えている点です。例えば、「手中の鳥の原則」に基づく小規模なスタートが「許容可能な損失の原則」を実現し、それが「レモネードの原則」による予想外の展開を可能にしています。また、「クレイジーキルトの原則」によるパートナーシップの構築が、「パイロットの原則」に基づく新しい未来の創造を支えています。

エフェクチュエーションの実践者として、水谷さんにたっぷりとお話を聞かせていただきました。水谷さん、そしてご参加いただいたみなさま、ありがとうございました!

【おしらせ】第8回エフェ会は2月4日(火)です。

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