DeNAの全社AI戦略：「第2の創業」への挑戦
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インターネット黎明期の1999年に創業したDeNAが、「第2の創業」と位置付ける大規模な経営改革に乗り出している。その核となるのが、全社的なAI戦略だ。南場智子会長が掲げる改革の青写真からは、AIを「効率化のツール」としてではなく、事業構造そのものを変革する起爆剤として捉える経営者の覚悟が垣間見える。
南場会長によるキーノートが見られる特設サイトはこちら。
AIシフトがもたらす本質的な変化
DeNAが目指すAI戦略の特徴は、その徹底した「オールイン」の姿勢にある。南場会長は、2021年に完了したクラウドシフトの経験を引き合いに出し、AIシフトの本質的な意義を説明する。クラウドシフトが主にエンジニアの働き方を変えたのに対し、AIシフトは全社員の仕事の質を根本から変革する可能性を秘めているという。
具体的な戦略は、大きく2つの柱で構成される。1つ目は、現行事業における劇的な生産性向上だ。現在約3,000人で運営している事業を、半分の人員で運営しながら成長を維持するという野心的な目標を掲げる。ただし、これは単なる人員削減ではない。AIを活用することで、社員を定型的な業務から解放し、より創造的な仕事にフォーカスさせることを目指している。
2つ目の柱は、新規事業の大胆な創出だ。効率化で生み出された人材を、10人単位の小規模チームに再編成し、次々と新規事業を立ち上げていく構想を描く。南場会長は「10人でユニコーン（企業価値が10億ドル以上の非上場企業）」という、一見突飛に見える目標について、すでに米国西海岸では現実のものとなっていると指摘する。
アプリケーションレイヤーへの集中投資
DeNAが特に注力するのが、生成AI産業におけるアプリケーションレイヤーだ。同社の分析によれば、生成AI産業は、半導体チップを最下層とし、コンピューティングインフラ、基盤モデル（ファウンデーションモデル）、開発ツール、そしてアプリケーションという階層構造を形成している。
アプリケーションレイヤーに注力する理由について、南場会長は明確な分析を示す。基盤モデル以下のレイヤーでは、すでに兆円単位の投資を行う大手プレイヤーによる垂直統合の動きが進んでおり、今後はコモディティ化の可能性も指摘される。一方、アプリケーションレイヤーは、エンドユーザーのニーズに直接触れることができる唯一の層であり、そこにビジネスチャンスがあるという。
特に注力するのが「バーティカルAIエージェント」だ。これは特定の業界や業務に特化したAIアシスタントを指す。DeNAは自社が強みを持つスポーツ、施設運営、ヘルスケア、メディカル分野でのノウハウとアセットを活用し、各分野に特化したAIエージェントの開発を進める方針だ。
柔軟な成長戦略：M&Aとスピンアウトの活用
新規事業の展開において特徴的なのが、社内での開発にこだわらない柔軟な成長戦略だ。AIスタートアップの積極的なM&Aを行う一方で、社内で立ち上げた事業であっても、独立した方が成長が見込める場合は、スピンアウトやIPOを支援する方針を掲げる。
実際にDeNAは、タクシー配車サービスの「GO」やAI関連企業の「ARTISPEC」など、社内で立ち上げた事業を独立させ、IPOを目指す形で支援してきた実績を持つ。南場会長は「デライト（価値）を最大化する場所に置きに行く」という表現で、柔軟な事業運営の重要性を強調する。
AI時代の人材戦略
AIの進展により、必要とされる人材像も変化する。南場会長は、一部で議論される「エンジニア不要論」を明確に否定する。見える未来においては、むしろエンジニアへの需要は高まるとの見方を示す。特に、以下の3つの人材像を重視している：
AI専門家およびAIフレンドリーなエンジニア
業界知識や業務知識を持つ専門人材
物事を起こす意志を持ち、没頭できる人材
特に注目すべきは、最後の点だ。AIの進展により定型的な業務が自動化される中、「起点となる人間」の重要性が増すという指摘は、AI時代の人材育成を考える上で示唆に富む。
DeNAの全社AI戦略：「第2の創業」への挑戦（最終回）
日本企業への警鐘：AI活用における日米ギャップ
南場会長の危機感は、AI活用における日米のギャップにも向けられる。米国西海岸では、学生からスタートアップ、ベンチャーキャピタルまで、AIツールを「息をするように」使いこなし、週単位で更新される最新の基盤モデルや新しいツールに関する情報交換が活発に行われているという。
一方、日本では特に大企業においてAIへの関心がリスク面に偏りがちで、経営者自身がAIの可能性に「興奮」している例は少ないと指摘する。南場会長は、AIによる劇的な生産性向上には「業務の組み替え」が必要であり、それには経営者自身が率先してAIツールを使い込み、その可能性に心から興奮することが重要だと説く。
「今」という機会の重要性
南場会長は、現在のAI革命を1990年代後半のインターネット黎明期になぞらえる。当時、インターネットが全産業に普及することは確実視されていたものの、実際の普及はこれからという状況があった。その時期にDeNAは創業し、インターネットの波に乗ることで現在の成長を実現した。
AI革命も同様の段階にあるという。例えば、5-10年後には薬局を含むあらゆる産業でAIエージェントの活用が当たり前になるだろうが、現時点ではまだほとんど普及していない。このギャップこそが、新たなビジネスチャンスを生む源泉だと南場会長は指摘する。
人間らしさへの着目
一方で、コンピューターが人間に近づくにつれ、「本当の人の営み」に対する感度の重要性は増すとも指摘する。例えばスポーツのような領域では、人間らしさや人々の感動に対する理解が、むしろAI時代において一層重要になるという洞察は、技術至上主義に陥りがちなAI戦略において、重要な示唆を含んでいる。
まとめ：変革の「今」を捉える
DeNAの全社AI戦略からは、単なる業務効率化や既存事業のAI活用にとどまらない、経営構造そのものの抜本的な改革を目指す姿勢が浮かび上がる。特に注目すべきは、「人員を半減させても成長を維持する」という挑戦的な目標と、その人材を活用した新規事業創出の構想だ。
南場会長は、この変革の波は78兆円を投資できる大企業だけのものではないと強調する。重要なのは、この「今」という機会を捉え、AIによる変革に果敢に挑戦する姿勢だ。そこには、従来の日本企業に見られがちな慎重さや、リスクを過度に警戒する姿勢への警鐘も込められている。
DeNAの挑戦は、日本企業がAI時代にどう立ち向かうべきかを考える上で、重要な示唆を提供しているといえるだろう。
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