弔いの木
人が死ぬと木に生る。皆が同じ種類の木。
遺族の思い出を栄養にして、悲しみの氷を溶かした水で、生い茂る。
それが弔いの木。
我が家の庭には2本の木が生えている。
1本は母。1本は弟。
2本並んで立っているが両方発育が悪い。
母の木は栄養はたっぷりあるが水不足気味。弟の木は水はまだ足りているようだけど栄養不足。
2本は補いあって、普通よりも長い時間をかけて、花をつけた。
木には白くて甘い匂いを放つ、小さな花が咲く。
雪が積もったように見えるほどたくさん咲く花は、2日後には全て散ってしまう。やがてその花は血のような赤い実になる。
赤い実はさくらんぼの味に近い気がするけれど、良くわからない。もともと小さいのに、果肉が少なすぎるから。
2人の木は今年、3回目の実をつけた。
「あんまり食べるなよ」
「いいじゃん。必要なのは種でしょ?」
父が収穫の準備した物を持って庭に出てきた。
竹で出来た平たい大きな大きなザルを太陽の良くあたる場所におき、こちらも大きな竹の籠を抱えてそばまでやって来た。
「お父さん、こんなに大きいの買ったの? どれだけ採れると思ったのよ」
「今年は沢山花が咲いたから…」
私がケラケラ笑うと父はバツが悪そうに答えた。
「そっちを頼む」
「またお母さんの木ばっかり。そうやって避けるから弟の木は栄養不足なんだよ」
「……そんな事はない」
「そうやって頑なだからお母さんの木は水不足なんだよ……」
それから私達は黙って赤い実を摘んだ。
実をザルに並べ、日当たりの良い場所に置き、このまま少し乾燥させるのだが、私は意地悪して実を混ぜようとした。でも、行動するよりはやく父に止められた。頼むから、と小さな声で言われたらもう冗談でも出来なかった。
大きいと思ったザルいっぱいに赤い実がしきつめられた。
庭に赤い水溜りが2つ、出来た気がした。
もう、10年たった。でも、私にも父にもその光景は鮮明で、赤色と共に脳裏にちら付いた。
弟は2歳の時車に跳ねられて、死んだ。散歩中に母の手を振り払い道路に飛び出してしまった。母は自らを責めた。私達は必死に慰めた。でも、責めたのは母自身だけじゃ無かったから、私達二人だけでは支えきれなかった。
そして、とうとう庭の弟の木が、弟と同じ身長になる頃、母は自殺した。
「コーヒー飲むか?」
父の声で漸く私は自分が泣いているのに気が付いた。
ダメなんだ。悲しみの涙では木は育たない。笑顔になって悲しみが溶けて、その暖かい雫で育つのだから。だから、泣いたって意味はない。
ガリガリと、豆を削る音がする。
赤い実と光沢のある緑の葉。
コポコポと、湯の沸く音がする。
空はどこまでも青く、雲は白く輝いて。
庭は今年も華やかだ。
私の涙が引っ込む頃に父はカップを持って現れた。
「ホットじゃ暑くない?」
私が引きつった声で笑って言うと、父は
「これが良いんだよ」
と、引きつった声で笑って言った。
苦くて、少し酸っぱくて。凍えた時には暖めてくれ、暑い時には冷ましてくれる。
それから、少し、依存物質の入った飲み物。
「……ブレンドした?」
「良く分かったな」
「まぁね」
亡くなった人達を想う時、私達は弔いの木から淹れたコーヒーを飲む。