なんでみんなプレゼンに余計な情報を入れたがるのか
今の私の仕事は金融サービスの獲得を行うマーケティング部隊の管理職である。
そこそこ人数は多い会社で、いわゆるJTC*というカテゴリだろう。
*Japanese Traditional Company。いわゆる官僚化した古き良き日本の組織。
仕事柄、新商品の企画のようなものを作る機会があって、メンバーとともに資料を作成して、上にプレゼンをするというケースは多いのだが、メンバーが作ってくる資料には毎回、余計な情報が入ってくるのだ。
余計といっているのは、伝えたいストーリーには関係のない情報であり、その情報はそのメッセージの裏付けにならなくない?と思ってしまうモノである。
最近、一緒にプロジェクトを進めたメンバーの資料作成を見てきて、気づいたのは以下のような点だ。
内容に自信がないと、どんどんデータは増える。
新商品の企画という仕事は、企画が決定するまでの間にも役員レイヤーに報告する機会が度々ある。
それは、半期に一度の活動報告や、一つの工程が終わった後の中間レビューのようなものもある。
これらのタイミングに、常に自信のある活動内容を報告できればいいが毎回そうとは限らない。むしろ明確な結論が出ていないタイミングでのレビューは、「時間と金をかけてるのに何もできていないじゃないか」と思われがちなのだ。
ああ、あの悪戦苦闘の日々をドキュメンタリー映像にして見せてやりたい。
そうなると、プロジェクトの中で発見されたいろいろな情報を盛り込んで成果の嵩上げをしたくなってくる。今回のストーリーには関係ないけど、市場調査でこんな面白い結果が有りましたよと。
言うなれば不安をデータで隠したくなるということだ。
単純にストレートな根拠がない
これは、単純に能力不足な気もするが、メッセージを裏付ける適切なデータがないため、存在するデータで無理やり裏付けているように見せようとするパターンだ。
因果関係が逆だよというものや、不適切な対象と比較しているものなどいろいろなパターンが出てくる。
これは資料作成のストーリー設計をしっかりしていないと必ずといっていいほど遭遇するパターンである。
気を利かせていろんなストーリーに対応しようとする
組織にはホットトピックというものがある。その時々で生まれては組織を動かすもので、中には年度の計画策定などのタイミングで無理矢理生み出されたようなものもある。
新商品の企画をしている中でも、組織で新たなホットトピックが生まれると組織の中にはそのホットトピックに関連づけようという力が働く。
上のレイヤーからも、ホットトピックにこじつけられそうなネタは、そのトピックに関連づけるような力が働く。
そうすると、なぜがホットトピックに無理矢理こじつけるようなおかしなデータが新商品の企画に追加されていく。それが複数存在する場合は、色んなストーリーに対応できるようにしてしまう。こうなるとまさにカオスだ。
こうやって考えると、全く商品企画の担当者が悪いわけではなく、むしろ組織の力学の帰結のように思える。官僚的な組織と忖度文化が生み出す作品が、無駄なデータがふんだんに盛り込まれた芸術作品を生み出しているのだ。