さよならのかわりに、指先をふれあわせて
駅や新幹線のホームには、暗黙のルールがある。
せわしない駅のなかにできるちょっとしたスペース。改札のよこの柱のかげとか、売店の裏側とか。別れをおしむ人々を隠してくれる場所がある。
誰もが一度は、経験したことがある、ひとときの別れをおしむその姿。
いつかの自分と相手を、かさねているのだろうか。
またねなのか。さよならなのか。
別れの言葉のかわりに、もうすこしだけ。
2人から聴こえてくるような、光景をチラリとみかけては、そっと立ち去る暗黙のルール。
★
あの人は、別れぎわ、そっと指先をふれあわせる人だった。
見送られると別れを意識してしまう。だから、あの人をのせる電車のホームで、さよならをいうことが多かった。
駅のホームでのおしゃべりは、たわいもないことで。数分後には、バイバイとかまたねって言葉を交わすなんて、感じられないくらい。
すこしお酒のはいった赤らめた顔で、楽しそうに話すのをみていた。今日は楽しかったねって、ありがとねっていうので、精いっぱいのわたしとは裏腹に。
寂しく…ないの?
のどまででかかった言葉は、どこかのホームで聞こえる音にかき消される。
すべりこんでくる電車は、生ぬるい風をつれてくるからすぐにわかる。その音と風のなかで、あなたはそっと、わたしの手を自分の方にひきよせる。
指先をなでるように。何をいうわけではなくて、なでながら、もてあそびながら。目を合わせて、目を細めて笑うんだ。
プシューっと空気のぬけた音がなって、扉がひらく。降りるひと、乗るひとの波のなかで、またねってポツリ。別れのあいさついう。先ほどまでの声とはまったく違う、すこしかすれた低い声で。
発車ベルがなりおわるころ、ギリギリまで指先をかさねていたのをほどいて、扉へ歩をすすめてく。そうして、扉のちかくにたって、そっと手をあげるんだ。
★
キスでもなくて、抱きしめるでもない、さよなら。すこし、もどかしかった。 駅や新幹線のホームには、暗黙のルールがあるのになって。
指さきにのこる体温は、すぐに消えてしまう。電車をみおくり、くるりとふりかえったときには、すぐに自分の現実にもどれるくらい。
でも、うん、きっと。
キスでもなくて、抱きしめるでもなかったから、きっとこんなにも忘れずにいるんだろう。
あの人を思いだすとき。わたしの指さきは、ほんのりと熱をおびる。
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