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【全音ピアノピース欠番92番】キリストの生誕日に聞く受難曲


画像は友人からいただいたクリスマスコーヒー。めちゃくちゃうまい……。

  • 1)はじめに

ピアノをやっている人には馴染みがあるであろう、全音ピアノピース。
一曲につき一冊、五百円ほどするのですが、楽に書き込める、ページが捲りやすいなどの利点があるのでかなり好き。冊子になっているものより扱いやすいのよね……。

そんな全音ピアノピースには欠番が意外にある。
要するに、絶版になった曲である。

後ろを見ると結構ある空白。この曲は一体なんの曲があるのだろうと思いを馳せる人もいるだろう。
先日、たまたま欠番を一曲探し当てた。

全音ピアノピース、欠番92番。
「主よ憐れみたまえ」作曲者:バッハ=高橋
である。

  • 2)「主よ憐れみたまえ」作曲:バッハ=高橋

この曲は高橋悠治さんという音楽家が、J.Sバッハ「マタイ受難曲」の第39曲のアリアをピアノ編曲したもの。昔のピースの裏側(25年以上前に買ったもの)に表示された難易度はE。楽譜を見てみると、難易度に違わずそこそこどころかかなり難しい曲です。
(実際バッハの合唱曲のピアノ編曲って結構難しい印象があります。マイラ=ヘス編曲の「主よ、人の望みよ喜びよ」とか……)
現在は高橋悠治さんご本人のサイトから楽譜をダウンロードすることができます。
さてそれでは、マタイ受難曲とは、どんなものか、というところで次のお話。

  • 3)J.Sバッハ「マタイ受難曲」

初演は一説によると1727年。全演奏時間三時間以上、全68曲に及ぶ大作は、新約聖書「マタイによる福音書」のキリストの受難を元にしたものである。
マタイによる福音書のキリストの受難は26章ー27章。
イエスを殺す計略→ユダの裏切りの企て→晩餐→逮捕→ユダの自殺→尋問→磔刑→墓に葬られる
というのがだいぶ大雑把な流れ。
第39曲に入る前に、その前の曲の内容に個人的に注目したい。

  • 4)第39曲アリア、の前の第38曲

第38曲の場面はマタイによる福音書の26章の最後の方。
イエスが逮捕された後に、第一の弟子であるペトロが「イエスを知らない」と三度言う場面である。
イエスは逮捕される前に、ペトロに対して予言をしている。「あなたは、鶏が泣く前に三度私のことを知らないと言うだろう」と。
イエスが逮捕された後、ペトロは街の人に「イエスを知っているか」と三度問われる。そしてペトロは三度の問いに三度「知らない」と答える。すると鶏が激しく鳴き、イエスの言葉を思い出して激しく泣く。
そこからの、第39曲目である。

  • 5)主よ憐れみたまえ 

第39曲の歌詞は以下の通りである。

憐んでください、神よ、私の涙ゆえに。
ご覧ください、心も目も御前に激しく泣いています。
憐んでください、神よ、私の涙ゆえに。

磯山雅「マタイ受難曲」P.311

高橋悠治さんの楽譜をみると、左手は同じリズムを刻んでいる。通奏低音のピチカートが涙のしたたりを具現化している。(磯山雅「マタイ受難曲」より)
誰が泣いていると言ったら、前の曲から続くペトロ。
この曲は、イエスを知らないと裏切ったペトロの号泣と懺悔のアリアである。
この曲のアリアはアルトで歌われており、磯山雅「マタイ受難曲」によると、「アルトが受け持つことにより、主体がペトロを踏まえつつペトロを離れ、普遍的な人間存在へと広げられたことになっている」と記されている。
キリストを裏切ると言ったら、ユダが一番有名だが、個人的はこのペトロの「三度知らないという」場面は、人間の、一番弱い根っこの部分を突いてくる気がする。裏切った、という切実な問題として。
イエスのことを三度知らないと言ったペトロは、イエスの死後は伝道の人になる。この裏切りも関係しているんだろうか、などと浅学の私は思いを馳せたりする。

  • 6)おわりに

全音ピアノピースの絶版から、思わずマタイ受難曲までたどり着いた。
このバッハ=高橋「主よ憐れみたまえ」は、佐藤卓史さんの演奏動画がYouTubeで聴けます。涙の雨がしたたり落ちるような美しい曲と演奏です。
本当だっらメリークリスマス!キリスト生誕おめでとう!と言うことで、もっと明るい曲を聴くべきなのかもれないけれど、たまにはこんな曲を聴くのもいいのかもしれない、と思ってまとめてみました。
メリークリスマス…(と言いつつ、26日になった)。



参考資料;磯山雅『マタイ受難曲』東京書籍

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