感覚を”なんとなく”で終わらせないために
こんにちは!note初心者2日目です。語尾が定まらずドキドキしてます。
さて、プロフィールにも書いたように、ロジック重視の職場の中で感性をちょいちょい混ぜ込む試行錯誤をしているのですが、ロジカルな議論の中で、感覚的なことを話すときに注意しているのが、
・「なんとなくこう思った」を正直に口にする
・その理由を自分の中で突き止める
の2つです。特に2つ目が強調したいところ。
(ん?感性と感覚を同義で使ってていいのか?ひとまず保留にしますです)
1つ目の「なんとなくこう思った」を正直に口にする件については、言ってみると同じように思ってる人が意外といるのがわかったり、複数人がそう思うなら何か理由があるんだろうね、という議論が新しい方向に進んだりするのがいいところ。
2つ目の「理由を自分の中で突き止める」は、↑で言ってみた時にそんなこと思ってるのは自分だけだった場合に特に重要で、今日はこの話がしたくて、書いてる気がします。つまりここからが本題。
「なんとなく思ってる」時というのは、アイディアや考え自体は脳の中に確実にあるのに、言語化されていないだけの状態なんだろなと。
普段の暮らしの中で、五感を通じて様々な情報を受け取っていて、そういう情報は感覚器官を通じて「大脳辺縁系」に無意識のうちに蓄積されていくのだけれど、なにせ無意識だから何が入っているのか正直よくわからない。
下の絵(出所はその下のMen's beautyさん)で説明すると、夕焼けを見た時に、風景そのものは脳の中(大脳辺縁系の方)に入ってきていて、それを人に説明しようとすると、外側の脳の大脳新皮質を使って言語化する。ただ、大脳辺縁系にある情報は、気づいているものもあれば気づけていないものもある。例えば、鳥が何羽飛んでるとか。それをよーく思い出してやっと思い出せたりする。
で、さっき言った「その理由を自分の中で突き止める」はまさにこの、大脳辺縁系に蓄積された情報から「なんとなく思った」ことの理由・要因・原因を探し出す作業でして。
実際には、そう思った瞬間のことを思い出して、そこで語られてたこととか、目にした風景とか、「自分がどう感じてたのか」「その瞬間に何があったのか」を掘り起こすようにしています。
あるいは、感覚が似てる過去の例を取り出して、「いまの議論ってなんかヤバイ気がしていて、このヤ~な感じって、〇〇の時と似ているんですよ。その時って話が××な方向に偏りすぎてて、出てきた解決策も××方向で、△△方向のケアが足りてなかったのが後々足引っ張ったと思うんですよ」と具体例を感覚全開で説明してみる。そうすると、具体例を元に、いまの議論と過去のケースの何が共通しているのか等について、他の人たちが詳細を詰めてくれる。これを「頭脳のオープンイノベーションだ」と呼んだ人が社内にいました、笑。
なので、「感覚」「なんとなく思ったこと」にはそれなりの理由が絶対にある。感覚的に思ったことを自分で無視せずに、理由をちゃんと探っていくと、自分ならではの視点が育っていくし、人に対して断片でもいいから伝えていくと、納得感を得られやすいはず。と思うのでした。
*以前、友人Tに「あなたの言ってることは一見突拍子もないのだけれど、よくよく聞いてみると確かにその通りだし、よく観察してることに驚いた。あなたみたいな考え方もあるんだなと感心する」と言われたことがヒントになったのでした。
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