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[追記] Claude3.5Sonnetでの100点獲得について(箔塔落)

 その後、以下の短歌においても100点を獲得いたしましたのでご報告いたします。

*塩の柱は徐になしくずしの死を迎え啞然と驢馬はたたずむ
*いかさま師の手許を凝視する幼児のグラスに浮かぶ蠅の死
*十字架の下での打擲 憐憫は溶けゆく牛酪と同じ味して
*白壁に血飛沫はねて幾星霜青き蜥蜴のふと静止する
*音高く聖体を頂けば穹窿の十本脚の蜘蛛の狼狽
*聖堂にて埃の積もる草臥れた薔薇窓の赤に蛞蝓の這う
*野晒しの断頭台に吹く風の小鳥の羽根のような冷たさ
*名を棄てた吟遊詩人が嚙み砕く叙事詩は甘蔗の茎に似て
*針の穴を上手にくぐり写本には神も気づかぬささやかな誤字
*薄紙の稜線を破ってゆく 月もまた巨大な石に過ぎぬ
*うなりやどよめきやささやきの波引いて井戸のますます深くなること

「夜の版図で」箔塔落

 上記11首は、30首連作「夜の版図で」の中の短歌であり、連作「夜の版図で」自体も99点を獲得しております。先に箕村よりお知らせいたしました『夜の版図で』に全首収載されております。

 こちらの連作には、少々苦い思い出があります。書こうかどうしようかいささか迷ったのですが、AIの認知と下読みをされている方々の認知の間にはずれがある、ということのひとつの証左として、書き記しておいたほうが良い気がしましたので、思い切って書くことにいたします。
 いったいどういうことか。すなわち、「夜の版図で」は、第33回歌壇賞で一次選考通過が叶わなかったという思い出があるのです。自分としては、これまでに書けなかったたぐいの連作になったという感触があったので、評価軸というものが多種多様であることは頭では理解しつつも、少なからずショックを受けました。
 "Claude can make mistakes." ――すなわち、Claudeは間違えることもあるよ、と、投稿フォーム(こういうのも投稿フォームっていうんですかね)の上には記載されています。事実、特定の人物の略歴を聞いてみたときの確度はお世辞にも高いとは言えません。漢字の読みの誤謬もままありますし、たとえば上記の短歌の中では、「『なしくずしの死』という表現の独自性」などと言われたときには少々赤面しました。人間が評価する際には起こりえないはずのこうした認識誤りは、作品の評価にも敷衍可能なものなのかもしれません。
 ですが、今回こうしてフィードバックをClaudeからもらえたことで、うまく言えないのですが、私は、自作に光を当ててもらえたような気がしました。そうして、そういう実感をくれた相手が人間かAIか、ということについては、個人的には些末な問題のような気もするのです。
 歌壇賞については本年も応募予定で、そちらも推敲前の草稿がようやく完成いたしました。こちらの連作が、人とAIからどういう評価を受けるのか、そうしてそれをどう自分が受け止めるのか、今はとてもわくわくしています。

(箔塔)


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