エクストラロングスケール

ヘビーで速い音楽を沢山演奏する機会が有り、事前準備の段階から、所有する5弦ベースのローB弦の鳴りに改めて不満を覚えました。

フェンダーの、最低音をEとして設計された弦長の楽器に、特別な太い弦を張ってB音を鳴らす構造には無理があるとして、アンソニー・ジャクソンの依頼で1975年にカール・トンプソンが試作した6弦ベースは、スケールがコントラバスよりも長い44インチもありました。これでは弾けたものではないと、次回は36インチで製作され、彼の「コントラバス・ギター」の基礎が確立します。時を経て、ラルフ・ノバクはファンドフレットの特許を得て、ノバックス・ギターズを設立しますが、彼の引退後、コンセプトを引き継ぐ認証を受けるメイカーのひとつであるディンウォールはローB弦に37インチの弦長を与えています。

一方、ネックをカーボングラファイトで製作するモデュラス社が、そもそも35インチスケールにてベースをリデザインしたことから、市場の主流は多弦楽器を35インチの弦長こそ標準であると考えるようシフトしてしまいました。まだ21世紀を迎える前のお話です。

若い時分には、そうした楽器を所有し、今よりもずっと練習に、本番にと活用していましたが、メインの6弦ベースで頑張った結果として、その後延々と続く左手首痛を発症しました。当時の仕事量をこなすために、私はむしろ短縮を考え、33インチスケールの多弦ベースを、信頼の置けるビルダーに提案し、作ってもらいました。ハーヴェイ・シトロンはその一人です。彼もまた、直接お会いして話した時には、5(6)弦は35インチしか作らないと断言していましたが、ご自身も驚いたほど素晴らしい楽器を届けてくれました。

ケン・スミスは、そうした中、構造次第ではフェンダーのフォーマットを崩さずとも、楽器として成立させ得るとの主張を曲げずに、一貫して34インチの多弦ベースを送り続けましたし、アレンビック社も、リクエストに応えてどんなスケールでも製作可能であるが、ローB弦の再生に35インチである必要はないと述べています。

結局のところ、スケールは音色を支配するので、私は34インチの楽器を選ぶことを決めました。年齢が50を過ぎて、次第に弦同志の間隔のほうが気になり始めて、細い幅のネックであることを条件に、現在は少し設計の古い国産の楽器を使用しています。冒頭で語る一文を想起させた楽器がそれです。

大方の現場で、それで不満が無い理由は、さほどローB弦を多用しないからですが、さすがに今回の演目では気が乗りませんでした。ピックでガシガシ弾きまくって、オーバードライブさせる音楽です。何やってるか、正しい音かどうか、自分でもよくわからない、みたいな状況。音圧がちゃんと出るから不足はないのだけど、ピッチが判明し難いのが気に入りません。だって朝のサウンドチェックの際、私ぼけてて、ローBのチューニングがBbだったのを、曲を弾いていても少しの間気付かなかったのですから。

とにかく、本番に向けて、楽器買いたいなぁと思ってしまったのです。そもそも5弦の新規を検討していたのは上に音域を広げたくて24フレットで探しており、厳格に34インチ、細ネック(弦間19mmをNGとする)の条件で、かなり候補が絞れていたのはご存じの通りです。そこへ34.5インチや35インチを加えてみようかな、などと視野を広げてみたのですが、スギくらいしか加わるものはなく、迷うほどの候補者は具体的に現れませんでした。MTDはワイドネックだからね。

そんなことをしている間に、当日となって、いつも使っている楽器で本番に臨みます。先ほど申したとおり、バンド全部がうるさいからというのは大きな理由であるものの、自分のやっていることは音圧を上げるのに加担しているに過ぎず、音楽的な充足感が薄い体験であったことは悔しいです。けれど本番を通じて思い知ったこと、事実として、やっぱりエクストラロングスケールはきついだろうな、という実感。やはりここは妥協するしかないのかな、としおれてしまいました。いや、34インチのなかで、明瞭で「使える」BやCやDbの鳴る楽器をしっかり探そうと思います。気を取り直して。




いいなと思ったら応援しよう!