アッシュボディ材の塗装について少し
昨年6月にオーダーした、オランダKnoorenベースのボディ材が変更になったことで塗装のことが気になってきました。注文を確定する時点でもフィニッシュの方法について問い合わせてはいましたが、明確な回答が来なかったため、いつも通りにやるのだろうと判断し、カラーだけ決めていました。
過去に所有していたクノーレンはポプラ、バスウッド、メイプルボディだったと思います。最初の1本は1990年代でしたので、その後少しずつ変化があった気がしますけれど、基本的には厚めの、しっかりした固い塗膜で光沢仕上げとなっていました。私のシンプルな理解ではポリによるグロスフィニッシュとなります。
専門の方に笑われそうですが、私の頭では、楽器の塗料をラッカー、ポリウレタン、ポリエステル、オイル、ニスの5タイプに分類しています。それぞれに艶の有無(グロス/サテン)というのもあり、着色の仕方もコーティングでの色づけと、木部に直接しみこませる生地着色とあるかと思います。材に塗膜を綺麗に載せるための下地処理を行いますが、そこでのプライマーの性質も多々あって、トップコートラッカーだが下地はポリ、というような合わせ技も含め、メーカーごとに無限のやり方が存在するとともに、そこでも優劣が競われています。
塗装の工程如何で製造の時間とコストは大差が出ますので、安い楽器には手間が掛からず乾燥時間の早いフィニッシュ方法が選ばれますし、独自の質感を表現したい、あるいは音質への影響を無視できないと考える作り手にとっては手間と時間が掛かっても最良の方法を敢えて選ぶということになります。
ユーザーの側からすれば、例えばレギュラーの手法がポリまたはウレタンであるところをラッカー(下地からすべて)に指定することで納期が倍になり、価格が10万円くらい上昇したり、となるわけです。コスパわるっ!
私がオーダーする場合に、できることならラッカーを選ぶようにしているのは、主に音質を気にしているからです。メーカーは、なぜか同じだと言うところが多いです。ネジを締め付ける力具合で音色が変わるなどと言っているところがです。それは同一の個体で変化が確認できるからで、塗装は、まぁリフィニッシュをしない限りは同一個体での比較ができませんので、わかりにくいと言えばそのとおりです(でもメーカーは知っているはずです)。
Ibanezを自分でリフィニッシュしたことがあり、厚いポリ塗装を削り取った後に水性のステインで生地着色しラッカーを吹きましたが、音は全然替わりました(ちょっと形状を弄りましたけどね)。樹種はセンだと思います。また、やはり塗装が厚いことで有名?なヤマハのBB2000を業者に頼んでニトロセルロース・ラッカーでリフィニッシュをしていただいた結果も同様です。ただ、こちらはフレットレス加工も同時なので、厳密な比較とはなりません。
量産メーカーが流通の事情で、丈夫で傷が付きにくい、傷が付いてもコンパウンドで磨けば落とせる厚いポリ塗装にすることは、商品価値を損なわないために必至であることは理解できます。もちろんコストを下げられます。
一方、吹いては乾燥、磨いてはまた吹いての繰り返しを相当数繰り返すことになるラッカー仕上げは、職人を占有する時間が増えすぎて、そこを価格転嫁しないではやってられません。おまけに店頭に並べている間の傷、お客が試奏することで付く傷、そうしたものが「ちょい傷特価」なる販売法を招き利益を圧迫しかねません。オーナーとなっても、買ってきた当日にも、早速使用感という痕跡を印してしまうことになり、まっさらな新品であることに満足する時間は儚く短いものとなります。
だいぶ以前となりますがハーヴェイ・シトロンに33インチスケールの5弦ベースを依頼した際、ニトロ(まぁラッカーの代名詞ですかね、厳密にはそうではないですが)を指定し、価格は大きく上昇しましたが、大変に満足のいく美しさと音色になりました。ちなみにアッシュボディのボルトオン構造です。想像ですが、たぶん外注と思われます。ルシアー自身が、やはりそこに時間を掛けたくないのだろうと想像するのですが。
米国に好きだった塗装屋があって、SNSに上げられるサンプルを見るのが楽しみでした。Southbound Customというギターボディ専門のフィニッシャーです。2018年に廃業してしまいましたが、ルシアーにとっても痛手ではなかったかと思います。Wilkinsも有名ですが、見た目だけで言えば上を行っていたんじゃないかな。ハーヴェイも使ったんじゃないかなと思って。
えーと。話を進めなきゃ。
ウレタンやポリでも許せる場合ってのがあります。近年わかってきたことで、樹種によります。で、標題のアッシュに関しては、70年代フェンダーに代表される分厚いポリ塗装の楽器は、言わば原器のひとつであって、今更ケチの付けようが無いですが、そのポリ塗装の音というのがします。豪快に弾く楽器ですから、だから駄目ということは全然ありません。ましてやメイプル指板もつるつるに塗られていますから、全身をコーティングされているわけで、いやもう、はっきり言って塗装がもたらすキャラが成分として絶大でしょう。私の想像ですが、だからプリアンプ入れようとか、重いブリッジにしようとか、細工を誘引されるのです。
逆にアルダーは何で仕上げても、そこが耳に付くことは少なく感じます。ポリなど、ちょっと音が強くなる、という印象すらあるかもしれません。またマホガニーにポリ塗装を行うのが標準仕様であるアレンビックに、塗膜による音色への脚色があるようには認められません。その特殊な構造のおかげかもしれませんが…。アレンビックに一度、アッシュボディでのオーダーをかけたことがあり、その時は、私の思い込みによる心配で、ポリはポリでもグロスを避けて、サテンにしました。功を奏したかどうかは不明ですが、その場合も気になりませんでした。
私の本能がアッシュ+ポリを避けて通ることを示唆してきましたので、自身の手にする楽器でこれはがっかり、という事態に遭遇していませんが、繊細、かつウッディな鳴り方を求めた場合に鬼門となり得る要素だという仮説が成り立ちます。
知人で、よくお世話になっている技術者の方は、導管が太い樹種にはNGという風に、もう少し一般化した、科学的な見識を示されています。そして、下地の段階からその影響があると。そうしたわけで、私の、ただただ経験則による仮説を述べた場合に賛同して頂けることがあって喜ばしい限りですが、今私の立っている局面においては、どのように解決したらいいでしょうか。
クノーレン側の回答としては、アッシュ材の塗装は下地にエポキシを使用するとのことです。コーティングについては「バーニッシュ」としか触れられていません。(失敬)あれはニスか! ポリではない…? 上塗りは材に関係ないのでしょうか。導管が大きいからエポキシというのもわかります。脆くなっているバール材にもエポキシを使いますが、要は凹んでいるところを埋めているということです。サーフェスをフラットにし、かつグレインを際立たせられ、理に適っています。
こちら側の不安な気持ちをどう伝えれば良いでしょう。アッシュへの特定のフィニッシュが、音色面で嫌な効果を与えることを、何かちゃんと科学的に伝えられると良いのですが。美観に関しては、つるつるのぴかぴかで鮮やかなカラーが映えるというような結果を求めてはいません。グロスをやめて、とだけ言えばいいのでしょうか。どうも下地のエポキシをやめて、とは言い難い気がします。そもそもアッシュが(生理的に)だめなのか? そんなことない。
カナダのF-bassは地場のアッシュを主要な材として使っていて、同時にニトロセルロース・ラッカー・フィニッシュを曲げずに貫いています(グロスとサテンが選べます)。F-bassを何本も触ってきていますが、まずもって塗装のコーティングにスポイルされていると感じさせられる個体は記憶にありません。オーダーするについても躊躇無く行えます。
またケンスミスが現在の生産体制になる前の塗装が好きでした。聞けば家具製作から学んだとのことですが、オイル&バーニッシュの仕上げは理想ですし、手塗りで染みこませていくラッカー塗装も素晴らしいもので、まず私の知る限り、楽器の塗装という点で双璧を成すと思います。
今回のクノーレンベースが、もちろん彼独自の方法で構わないのですが、塗装の質が音に乗らない楽器であってくれればと願うばかりです。心配性過ぎますかね。