見出し画像

頭痛に嘗て死人円盤カリー缶半円にして塚に遷す - カレー回文の物語 -

深夜、星々が煌めく天空の下、一軒の庵が静かに佇んでいた。その名は「嘗て死人(かつてしにん)」。酔星庵とも呼ばれるその場所は、時間と空間の狭間に存在し、訪れる者を異次元へと誘う不思議な力を持っていた。

庵の主であるスレッシュは、中年の男性で、深い瞳と長い黒髪が特徴的だった。彼は過去の痛みや記憶を頭痛のごとく背負いながらも、「音絹旋盤(おんけんせんばん)」を紡ぎ出す音の巡礼者であった。彼の奏でる旋盤の音色は、聴く者を深遠な異空間へと誘い込み、その魂を震わせる力を持っていた。彼は孤独な人生を送っていたが、その音楽を通じて人々の心を癒すことに生きがいを感じていた。

一方、ラジュは若き星詠みの旅人であった。彼は幼い頃から星空に魅了され、その動きや輝きから未来や人々の心を読み解く才能を持っていた。世界各地を旅しながら、星々の声を聴き、人々に希望や導きを伝えていた。しかし、最近は自分自身の心の中に答えを見つけられず、何かを探し求めていた。

ある焔が踊るような夜、ラジュは旅の途中で「嘗て死人」の噂を耳にした。

「この世のものとは思えない音色が聴ける庵があるらしい」

興味を惹かれたラジュは、その庵を訪れることにした。

庵の中に足を踏み入れると、静寂とともに不思議な音色が彼を包み込んだ。壁には古い楽器や謎めいた装飾が施され、まるで時間が止まったかのような空間が広がっていた。

「いらっしゃい」

奥から静かな声が聞こえ、スレッシュが現れた。彼の瞳には深い悲しみと優しさが宿っていた。

「あなたがこの庵の主ですか?」

ラジュが尋ねると、スレッシュは静かに頷いた。

「そうだ。私はスレッシュ。この庵で『音絹旋盤』を紡いでいる。君は旅人かい?」

「はい。私はラジュ。星々の声を追い求めて旅をしています」

「星詠みのラジュか。噂は聞いているよ。ここでしばしの休息をとるといい」

スレッシュはラジュを招き入れ、自身の創り出す音の世界へと誘った。

スレッシュの「音絹旋盤」の音色に耳を傾けると、ラジュは自身が宙間を漂う感覚に捉われた。その音は深く、広大で、彼の心の奥底に響いた。

「これは…なんて美しい音なんだ」

ラジュは感動に打ち震えた。

「音の湯に浸かるような感覚だろう?」

スレッシュが微笑むと、ラジュは頷いた。

「まさにその通りです。この体験を『音宙遊歩(おんちゅうゆうほ)』と名付けたい」

その日から、ラジュは酔星庵に足繁く通うようになった。二人は音と星という異なる分野でありながら、共に深い理解と共感を育んでいった。

ある晩、満天の星が天空を彩る中、ラジュはスレッシュに提案した。

「スレッシュさん、あなたの『音絹旋盤』で『香辛瓶の秘密』を表現してみてはどうでしょうか?」

「香辛瓶の秘密?」

「はい。香辛料が持つ深遠な世界と、その香りが織り成す物語を音で描き出すのです。それは星々の輝きにも匹敵するほど神秘的なものだと思うのです」

スレッシュはその提案に心躍らせた。

「面白い考えだ。香辛料の持つエネルギーと物語を音に乗せる…新たな挑戦だね」

二人は夜を徹して語り合い、新たな「音絹旋盤」作りに没頭した。

彼らは様々な香辛料を集め、その香りや質感に触れながら、音に変換する方法を模索した。クローブの鋭い香り、シナモンの甘さ、カルダモンの爽やかさ、スターアニスの神秘的な風味。それぞれが持つ個性を音符として紡ぎ出していった。

彼らの導き出した数式は、角度θのコサインと半径rの自然対数がπで織り成す複雑な波形を奏でるものだった。

r=log⁡(eicos⁡(θ)π+1−e2iθ)r = \log\left( \frac{e^{i\cos(\theta)}}{\pi} + \sqrt{1 - e^{2i\theta}} \right)r=log(πeicos(θ)​+1−e2iθ​)

この数式は、実数と虚数の領域を超えて複素平面へと広がり、無限に広がるフラクタルの美しさを秘めていた。それはまるで「香辛料の半円算法」とも称すべき深淵な音の計算式であった。

彼らが紡ぎ出した「音絹旋盤」は、複雑に絡み合う音の波形が一つのハーモニーとなって響き渡った。その音に耳を澄ませ、香りに鼻を委ねることで、二人はまるで別世界へと足を踏み入れたような感覚に包まれた。

「この音と香りを、形にして残せないだろうか」

ラジュが提案すると、スレッシュは目を輝かせた。

「そうだ、『カリー缶』を使おう。音と香りを封じ込める特別な器だ」

二人は「音絹旋盤」の音と、香辛料の香りをカリー缶に封じ込めることに成功した。

「これをどうするつもりだい?」

ラジュが尋ねると、スレッシュは静かに答えた。

「先祖の眠る塚へと持って行こう。彼らにこの音と香りを捧げたいんだ」

スレッシュには、過去の悲しみと向き合うための決意があった。彼は長い間、家族や故郷を失った悲しみを抱えて生きてきた。しかし、ラジュとの出会いによって、新たな一歩を踏み出す勇気を得たのだった。

二人はカリー缶を手に、夜明け前の静かな道を歩き始めた。

塚へと続く道は、薄明かりの中で幻想的な雰囲気を醸し出していた。木々の間を抜け、彼らは先祖の眠る古い塚へと辿り着いた。

塚の前で、スレッシュは深く礼をし、カリー缶の蓋をそっと開けた。すると、封じ込められていた音と香りが一斉に解き放たれ、空へと舞い上がった。音は波紋となって広がり、香りは風に乗って遠くまで届いた。

その瞬間、虚幻と現実が交差し、過去と未来が一つになったかのようだった。空には美しい光の帯が現れ、星々と繋がっていった。それはまるで新たな宇宙の誕生のようであった。

ラジュは感慨深げに呟いた。

「これが我々の『音宙遊歩』の到達点だ」

スレッシュは静かに頷いた。

「頭痛に嘗て死人…かつての悲しみを乗り越え、新たな自分に生まれ変わることができたよ」

ラジュは微笑みながら言った。

「円盤カリー缶…僕たちの創り出したものが、先祖たちと未来を繋いでくれたね」

スレッシュは深い感謝の念を抱きながら答えた。

「半円にして塚に遷す。過去と未来、現実と虚構、その全てが繋がったんだ」

二人は夜空を見上げ、無数の星々が煌めく中、新たな決意を胸に刻んだ。

「これからも共に、新たな音と物語を紡いでいこう」

ラジュが手を差し出すと、スレッシュはしっかりと握手を交わした。

「そうだ、我々の旅はまだ始まったばかりだ」

こうして、音の巡礼者スレッシュと星詠みのラジュは、新たな世界を目指して歩み続けるのだった。


「PALINDROMICAL - The stories of curry palindrome」は、カレー回文師 であるS.Nekoyamaが不定期に発行するZINEです。このZINEは、カレーに 関連する回文をテーマにしたストーリーを紹介しています。




いいなと思ったら応援しよう!