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涙のクリームソーダとチョコレートパフェと笑うレモネード



今年の6月、
何十年か振りに東京へ行った。

友人の会社の周年パーティーに参加するため、19歳の娘とおめかしをして、虎ノ門にあるホテルの54階から東京タワーと東京を眺めた。

初めて五つの星を格付けされたホテルへ
連日の風呂上がりのフェイスパックで毛穴まで整え、いざ出陣じゃ。

パーティーへの参加の目的の大半は、
美味しいご飯と美味しいお酒を浴びる(ほぼ下戸寄りだが酒は好きだ)こと、、

それよりも、

今年2月に旅立った母が生まれ育った東京の街を、天空に近い場所に立って眺めてみたかった。
今の私が何を感じるのか。
それをしてみたかった。

だって人生ってあっという間でしょ。
とりあえず何でもおもしろがってやってみるの精神!!!って心づもりで過ごしながら、

気がついたら、スルスルスーンと静かに54階へ上がる五つ星ホテルのエレベーターの中だった。


味わったことのないワクワクの扉の前。少しどころか、気持ちはつま先立ちのようにグンと背伸びをしてたマイハート。

人間って不思議よね、その建物が立っている場所、置かれているもの、設え、味わったことのない環境に身を置いた途端に、私がここに来てよかったのかとか、自分を大きくも小さくもしちゃうのはどうしてなのだろう。

私は私なのだから、別に誰にどう見られるなんて関係ないのに。

「ありのままでいる」ことってどういうことなんだろう。

経験でしか人は成長しないとよく言われるけど、
成長することをした先にまた次の経験のステージがやって来て、その螺旋をずっと上がり続いて行くのかな。

友人のお祝いのパーティーでは、ウェルカムドリンクのシャンパンの泡と、どこまでも続く街のネオンがきらきらと繋がっているようで、人工的な光と泡が目の前に瞬いていた。

たくさんの人の笑い声や話し声が私の周りに粒子となって弾けたり、また集まってみたりと混沌とした粒の中、見上げたこの日の東京の夕暮れから夜に移る空の色は、淡いオレンジとゆっくりと濃くなっていく水色の重なりがとても美しくて、神さまがくれた特別すぎる夜景になっていった。



翌日、朝早くホテルを出ると、
夜明けの都会は祭りのあと。
積まれたゴミの山にカラスがのんびりと居座って、くちばしを丁寧に操っている。
これから暑くなりそうな陽の照りが、ビルの間からこちらにも向かっているようだった。


東京から札幌に帰るまでに少し時間があったので、日比谷公園に寄った。
紫陽花を眺めた。堂々と咲いていた。


じりじりと気温が上がる中、
母が暮らした東京の下町へ
聖地巡礼。
上野を通り北千住へ

会いたい人に会うと決めていたから、
北千住でルーロー飯を食べながら、ダメ元で叔母にメールをした。
あなた達が優先!と、クリニックに行く時間をさいて会いに来てくれた。

デパートのカフェはどこも混んでいて、
叔母がここでもいい?と、案内してくれたのは下町の老舗の喫茶店だった。
(深めのもふもふベロアソファで、少し照明は暗いのね。)

私は自営業の家に
3人きょうだいの姉兄がいる末っ子で生まれた。忙しいお盆の時期と年末は母親の実家で過ごした。

甘えるだけ甘えて(それでも少しの我慢はしてきたつもり)お母さんが大好き!で、トイレにもついていったほど。

親と離れて暮らす東京での
長〜い長〜い夏休みと冬休み、
時に春休みなんてもあって、
そんな都会のおやすみなんて
大嫌いだった。

上野の動物園も嫌い。
箱根の小涌園も嫌い。
北千住のお蕎麦屋さんも嫌い。

寂しいから、
東京が嫌いだった。

今年母が旅立ってから、いや、旅立つ前の旅立ち準備期間!?から
母が用意してくれていたものは

嫌い!!!!嫌い!!!嫌いだ!!
って大きな街で小さく泣いていた
ちゃこちゃん(幼少期の呼び名)を
誰かが愛してくれていたんだよという
再会、出逢いの連続でした。

「 あなたは愛されていた 」

という回収劇をあれからしばらく続けている。

昨日は叔母から
サプライズで来てくれたお礼と、
段ボール箱が届いた。
あの時2枚しか渡せなかったと、
本物本場とシールが貼られた草加せんべいが届く。
ありがとう。

いつだったか、母の病状を叔母と電話で話していた時、長電話になって、

「あの頃、おばあちゃん(母の母)を好きになれなかった、それでもおばあちゃんは私を姉や兄と同じように愛してくれていたって、今ようやくわかった」

と、叔母に言ったことがあった。

「おばあちゃんは全部、わかってたよ。
だってお母さんじゃないとダメなのは私がそうだったからね」

と、笑ってた。

その話をおばあちゃんとよく歩いた
北千住の駅に近い
喫茶店で思い出した。

昔ながらのあったかいおしぼりで
涙をふいた。(顔面丸ごと拭き切りたい)
娘にゴシゴシしない、やさしくって怒られるやつだ。
2人のやり取りを聴きながら、
ケラケラと隣りで笑う娘。

「みーんなお空にいってしまっていつお迎えが来てもいいと思っていたけど、もう少し元気で生きるわ〜」と言って帰ってった叔母の誕生日はもうすぐ。


母親が旅立った後に、
こうして叔母との時間が
より深いところで広がって、私の人生に育まれていて、私が私を喜ばせている。
私と叔母を繋げた、母親が旅立った後に。

私が生きている限りに広がり続ける世界。

人生はおもしろいでしょ、と母親の声が聞こえた。

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