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下山進著『がん征服』(新潮社)読了記録 

★『がん征服』
下山進  著
新潮社 (2024/6/17)
以下、出版社web siteより引用
「標準療法では治せない「最凶のがん」に挑む。迫真の医療ノンフィクション!
平均余命15カ月。手術や抗がん剤、放射線では治せない悪性脳腫瘍「膠芽腫」に3つの最新治療法が挑む。原子炉・加速器を使うBNCT。楽天の三木谷浩史が旗を振る光免疫療法。そして「世界最高のがん治療」と礼賛されるウイルス療法。産学官を横断して取材を重ね、「がんvs.人間」の最前線をまるごと描き出すノンフィクション。」

※感想
悪性脳腫瘍「膠芽腫」に対する3つの新しい治療法の開発を並行して書き進められている。そのため、話がとびとびになってしまって(飛ばして読めばよいだけと言われればそれまでだが)やや読みづらい印象がある。ただ、その書き方は、”ファクト”を積み上げて誠実にこのノンフィクションを読者に届けたいという著者あるいは出版社の姿勢を表しているようにも思った。
この本での著者の示しかった疑問は、現在の日本の「再生医療等製品」における特異な承認制度にある。日本では、iPS細胞による山中伸弥さんのノーベル賞受賞を機に「再生医療」を日本が世界を牽引する産業にしたいという政府の施策によって、世界に例をみない特別な医薬品の迅速承認制度ができあがった。この制度を呼び水に、日本企業だけでなく世界の製薬企業が日本でまず再生医療に関わる新薬の臨床治験を進めるようになるという立て付けなのだ。私自身、再生医療等製品の開発に間接的に関わる仕事をしており、大多くの知人がこの制度の下で新薬の開発に携わっている。
著者の疑問は、わずか20例弱の治験結果だけでも、有効性を推定して承認されてしまう現在の制度にあり、その一つがこの本に登場する薬である。同じ疑問は英国の有力科学誌Natureも2019年に批判をしたことが知られている。通常の医薬品開発において欠かせない、無作為化比較臨床試験(*)が行われていないことがその大きな理由の一つだ。
(*無作為化比較臨床試験とは:無作為化臨床試験では、例えば、ある病気の患者さん1000人のうち500人に薬Aを、残りの500人に薬Bを無作為(ランダム)に割り当てて、薬AとBの効果を比較します。薬を無作為に割り当てることで、薬AとBのグループ間で、薬の効果に影響を及ぼす患者さんの特性(例:年齢、性別、重症度、合併症)のバランスを取り、公平に効果を比較することができます。:日本製薬工業協会web siteより引用https://www.jpma.or.jp/information/evaluation/results/allotment/kenkou_iryou_data/detail_09.html)
Nature誌からの批判に対しては、日本再生医療学会が反論の声明を出している。https://www.jsrm.jp/news/news-3361/

現在、この制度下で条件付き承認を受けた医薬品の、条件解除期限が過ぎ始める時期に差し掛かってきた。そして、条件解除できずに販売中止になる医薬品も出始めている。となると、その間、有効性を信じてこの医薬品を使った患者はどうなるのか?という問題にもなるのかもしれない。そういう意味では、この本の著者の危惧したことは、顕在化してきているとも言える。
ただ、それでも私は承認プロセスに透明性があり、「条件つき承認」であることが患者にしっかりと説明されることが担保されるのであれば、この制度は稀少疾患や他に治療選択肢がない難病患者にとっては、有用なものだとも思っている。
こういう本が一般の人にも読まれて、現在の制度がどういう前提で作られているのかを理解してもらうことが、まずは大事だと思う。

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