パン屋さんとクッキー屋さん
東京で暮らすのに
心のよりどころとしている場所がある。
パン屋さんとクッキー屋さんだ。
千葉に住んでいるときには
なじみのパン屋さんがあった。
そのパン屋さんには
表面が卵液でピカっと光るスコーンが
曜日限定で焼かれていた。
レーズンやクランベリーが入っている
ふっくらしたスコーン。
私は店の奥様には、それを大人買いする
「スコーンのおばさん」だと認識されていた。
クッキーは趣味と言って良いかわからないけど、
遠くてもわざわざあちこち
買いに行く。
クッキーの味や歯ごたえはもちろん、
缶、包装紙にいたるまで
いちいちかわいらしく思えて、
長年、買い続けているから、
クッキーの缶や包装紙は
我が家の収納スペースの一角を
しっかりと占領していた。
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今年に入って、私たち夫婦は東京の小さい家へ
引っ越すことになっていたから
荷物を減らす必要があった。
持ち物を見てみると、
夫の趣味はアウトドアで
持っている物と言ったら
災害時に役立つ命をつなぎとめるものばかり。
一方、私の物はクッキーの缶や包装紙のほか、
下田の海で拾った流木や与論島の貝や砂……
ちょっと申し訳ないくらい
生活には役に立たないものばかり。
悲しいかな圧倒的に夫の持ち物の方が
必要な物としての順位が優位だった。
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パン屋さんの奥様に
もうこのスコーンのおばさんが来なくなるんだということを
来店するたびに、
伝えるべきか迷っていた。
だが引っ越す直前に、
「いつもありがとうございます」と言ってくれる奥様に
黙って立ち去ることができず、
ついに都内に引っ越すことを伝えた。
私が引っ越す先には、
誰も知り合いがいないことを伝えると、
奥様は、
「おいしいパン屋さんがあるといいですね」
と言ってくれた。
そうだ、私にはそれがあった。
奥様、ありがとう!!
東京にはおいしいパン屋さんやクッキー屋さんがたくさんある。
少し不安がすっーと流れていくのを感じた。
「大丈夫じゃないかな」
都心にはたくさんのパン屋さんやクッキー屋さんがある。
それだけで、東京に住む勇気がわいてきた。
荷物は減らさないといけないから、
私の「クッキーの缶や包装紙」は
厳選することにした。
またきっと新しい子たち(新しい缶や包装紙)も、増えるはず。
知り合いがいなくても
そう考えるだけで楽しく生活できそうだ。