子どもの頃からの好きを大人になっても忘れない「長門美歩」の生き方。
演劇ユニット 箱庭 第5回公演「38.9℃の夜」で脚本を手がけた長門美歩。智恵子という1人の女性を題材に作品を作った。「第六感に火が付くと早いんです」という彼女は、発想から1日で脚本を書き上げた。彼女の創作活動の根源はなんなのか。どのようにしてこの作品を作ったのだろうか。
普段は自治体の公務員として働いている。もともと自分のご褒美や利益のために頑張れないタイプで、今の仕事に就いた。
小さい頃から人前に立って歌ったり踊ったりするのが好きでミュージカルも大好き。天才てれびくんの子役タレントが羨ましくて、自分も出たい、なぜ自分はここに参加できないのか、と疑問だった。
お芝居が好きだったから高校では迷わず演劇部に所属。しかし、念願の演劇部に所属したはいいものの、部員が少ないときで4人で全て女子。しかも全員出たがりなので、3人芝居で強行突破をした。当時から脚本を書いており、高校2年の終わりに東日本大震災を経験したことから、震災をテーマに作品を作ったこともある。少ない人数の中でも、部活にはとことん打ち込んだ。
大学でも演劇を続けたいと演劇サークルに所属、メンバーが十数人いることに感動した。大学では脚本3本を手がけ、妖怪やロボットと人間を対比させる構成のものが多い。
物語をゼロから作り上げる脚本という大役を、何度も担当している彼女。その原点は小学6年生のときに小説を書いた経験が元になっている。ノート14冊分にも及ぶ長編小説で、死んだ主人公が異世界で冒険するファンタジー作品を書いた。学校の先生や、友達、兄弟など様々な人に読んでもらったところ、登場人物である男装の麗人のキャラクターが人気となり、ファンクラブまでできた。自分の作ったもので周りがファンになってくれたことが成功体験だという。
そして昔も今でも漫画が大好きで仕事終わりにサンデーを読むのが至福のひと時。漫画のいいところは、自分とは違った世界や違った人間の考えが程よい手触りで伝わってくるところ。小説だと登場人物が1人に絞られカメラワークが限られるけれど、漫画には小説にはない「引きの目線」がある。その自由度が好きなのだそうだ。演劇も、舞台があって役者がいて、観客がいる「引きの目線」が発生する環境。脚本として必要な目線と、彼女の「好き」はここで結びついているようだ。
演劇ユニット 箱庭 第5回公演「38.9℃の夜」は、福島大学演劇研究会出身の既婚女性3人が、「結婚」をテーマに舞台を作るというコンセプト。脚本の経緯を聞いた。実はこの脚本に至るまで2本ほどボツになっているという。演出の志賀彩美、役者のしゅーと3人で話し合いを繰り返していたところ、しゅーからの「実在の人物をベースにしてはどうか」という一言で、自分の中に温めていたいくつかの引き出しの中から、智恵子を題材にする案が浮かんだ。
智恵子が浮かんだのは、自身の結婚生活の経験で、自分が智恵子っぽいなと思っていたからだ。結婚生活は安定しているし、良い旦那さんだとも思う。でも時々、本当の自分をわかってくれないなと寂しく感じることもある。その孤独を感じるたび、光太郎と結婚生活を送っていた智恵子ってこんな気持ちだったのかもと思った。憧れの光太郎と結婚し、互いのことを愛していたけれど、そこには確かな溝があり、埋まることはなかった。自分の人生と智恵子の半生を照らし合わせながら書いているうちに1日で完成した。着火までは時間がかかるけど、火が付くと早い。取り憑かれたようにパソコンに向かって書いていた。
結婚して4年目。交際期間3年を経て大学4年の終わりに入籍をした。恋愛と結婚の違いに対して、「結婚する前はいちごパフェがまんじゅうに変わるくらい大きい変化だと思っていたけれど、実際にしてみるといちごパフェはチョコパフェに変わるくらいだった」という。自分には自分の個性があって、結婚してもそれは地続きになっていて変わることはなかった。
そんな彼女から見て、智恵子と光太郎夫妻は理想かと尋ねると、光太郎は芸術家としては良くても旦那としてはタイプじゃないという答えが。「自分の死後、自分の詩集を発表する旦那はイヤですね」と光太郎の評価は低めである。
最後に彼女が思うこの脚本の面白いところを尋ねた。見て欲しいポイントは二つある。一つは女性と炎の結びつきと言う民俗学の要素を取り入れた点。昔、女性は主に料理と機織りを仕事とし、かまどの火を守るのが家での役割とされてきた。それゆえに女性と炎は深い関わりがあるので脚本にも取り入れた。そしてもう一つはどうして智恵子は狂っていったのか。自分で人生を切り開くも、やがて狂ってしまう女性の悲しさと強さを見て欲しい。人は弱いと石のように固まるから狂うことはできない。強いからこそ、活動的に狂っていった智恵子の半生を、智恵子をモデルにした女性の姿から感じて欲しい。特に女性に見て欲しい。共感できるポイントがあってもなくてもいいけれど、この作品を見て何かしら感じてくれたら嬉しいと語った。
人は大人になると仕事や人生に追われて、子どもの頃の感覚を忘れてしまうような気がする。何が好きでどんなものに夢中になるのか。思い出せたとしても、大人になってもそれを続けている人は何人いるだろうか。長門美歩は子どもの頃から好きだった作品作りを、今でも続けている。人生で得た知識や経験を、自分の引き出しに保管して暖め続け、然るべきタイミングで取り出すことができるのは彼女の才能と言える。そこから生まれる作品は見てくれる人、見せたい人の存在があるからこそ輝く。命を吹き込まれた物語は温度を持って動き出す。今回の38.9℃の夜も、きっと観た人に何かを残せる作品となるだろう。
【脚本】長門美歩(フリー)H27年度福島大演研卒。幼い頃から物語に魅せられ、脚本の執筆を学生時代から行う。在学中は「人とは何か」を問う脚本を執筆しており、本企画では「結婚して、家族を得ても、孤独だった」という感覚から、その孤独を高村智恵子の半生に重ねて本作を描く。
【インタビュアー&ライター】スナックおりんママ H27年度福島大学卒。福島県いわき市出身。H28~H30年度喜多方市地域おこし協力隊として3年間、熱塩加納町の魅力を発信する仕事に取り組む。同時期にローカルラジオ局で3年間ラジオパーソナリティを務める。現在は花屋で働きながら、年に数回福島県郡山市のスナックSHOKU×SHOKU FUKUSHIMAにて1日ママをしている。劇団きらく座に所属。未婚。
INDEPENDENT:SND 2019 参加企画
演劇ユニット 箱庭 第5回公演
『38.9℃の夜』
出演:しゅー(演劇ユニット あかりラボ)
脚本:長門美歩
演出:志賀彩美(演劇ユニット 箱庭)
7/5(金)19:30〜 1作品目
7/6(土)19:30〜 2作品目
7/7(日)13:00〜 3作品目
せんだい演劇工房10-BOX box-1(仙台市)
演劇ユニット箱庭Twitter↓
ビジュアル写真撮影 鈴木麻友
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