読んでるマンガの感想

セックス依存症になりました。
を読んでいる。

最初から芯食いまくりな印象。
依存している対象が、その、アルコールとか買い物とか一般的ではないかつ世間では秘められがちな行為なのであれだけど、
どんな「依存症」もねっこはきっと同じなので、
もっというと、「病」と認定されない症状とか性格とかくせとかのねっこにも通じるもので、
非常に興味深く読ませていただいている。

特に、最初の方に、主人公が先生から言われること。
・認知が大事
・自分をおかしいと思わないこと

このふたつは、核心の一部であると思う。

別に普通に社会生活が送れている人、「お悩み」レベルの人にもよいアドバイスだと思うよこれは。

認知。
認知しているようでしていない。

疲れたー、とか、
かわいいー、とか
おいしいー、
痛いー、とかすごくシンプルな気持ちを抱いたときに、
そのシンプルな気持ちだけを抱いていられるか。

どうしていたいのかな?
これ買おうかな?
この味付けだからおいしいんだな
どこがわるいんだろう?

とか思考。
思考があってもいいが、そっちを軸にしていないか?ってこと。
疲れている、痛い、ってことを「認める」と、
ああ、わたし疲れたんだなー、痛いんだなーって「認め」られて、
そうするとわりと次は解決できるような行動をしている。

でも、疲れをとるにはどうしたらいいだろう、って考えて、
でてきた答えは、ベースに疲れがあるから。
そこ残ったままだから。

「認知」しているようでしてない。

次の、自分をおかしいと思わない。
自分がまわりと違ったとき、自分のことを変だと思うかどうか。
思わなければ別に平気。
思うようであれば、軸は自分ではなく、他人や、社会の基準にあるかも。

これはすっごく大事。
おかしいと思ってたら、おかしいと思ってるってことを認める。
おかしいと思ってるんだな、わたし。

わたしは、すっごく自分の内側を見るということをすっごくすっごくやってきたと自負できるくらいやってきた。
でもー。認める、っていうのを実質的にできてなかった。
ってことが、この本読んでわかった。

主人公が、認めるのを見て、あーこうやってやるんだーって気付いた。

わたしは感情を解放するセッションに携わっている。
そして西洋医学はほとんど信用してない。

でも、この本で行われてる治療の中で、なるほどーと思うことは半分くらいはある。

この本で決定的におおーと思ったところは、
MSDRとか、バタフライハグを使っていること。

わたしが行っているセッションも、MSDRではないけど、眼球運動を使う。

恥ずかしながら、眼球運動の効果について、ここではじめて知ったこともある。

西洋医学だけじゃわたしにとっては不十分だが、治療法として使われてるだけのことはあるんだな。と思った。
医学部の学生が勉強していることを勉強してみたくなった。

すっごいあたりまえのこと言ってるけど。
そういうつっこみに対する考慮はここではしないことにする。

そういうわけで、西洋医学的治療が必要なまでではないけど、悩みがつきない、構造は理解したけど、いまいちこの世界がしっくりこないわたしにはすごいヒントになってる本。

刺激強くて、一日1話よむだけでおなかいっぱい。