顔自動販売機【ショートショート】
「30分遅れます。誠に申し訳ございません」
上司宛にメッセージを入れると、バス待ちの列から離れた。
何て事だろう。よりによって、顔を忘れてくるなんて。
帽子を深く被り直す。眼鏡とマスクも着用している。一見して、顔が無い事に気づく人間は居ない筈だ。
急ぎ足で角を曲がり、細い路地へ向かう。家に戻るより早い。
路地の先の小さな公園は、いつもながら寂れていた。人目が無いのを確認して、中に入る。
公園の片隅の自販機に近づいて、もう一度、辺りを見回す。大丈夫だ。誰も居ない。
左手の手袋を外し、7本の指をパネルに当てると、表示が日本語から母語に切り替わった。
「……え? 売り切れ?」
何て事だろう。私が使っている23957番の顔が、売り切れている。
「こんな事だろうと思ったよ」
突然、背後から声がした。振り向くと、上司が私を見て、微笑んでいる。
「次は無いからね」
そう言うと、上司は手袋の無い7本指の手で、新品の顔を差し出した。
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