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【論文紹介】直腸前方には何がある?骨盤底の平滑筋はただものじゃない!

直腸の前方にある平滑筋構造に関する研究論文をご紹介したいと思います。

こちらの研究は、男性の直腸の前方の構造を調べた研究です。
平滑筋が腸管の壁を作るだけでなく、周囲に延び出し、特に直腸の前方の領域に三次元的に広がっている、ということがわかったんです。
この研究により骨盤底支持や排尿・排便機能において骨格筋と平滑筋が動的に協調しながら機能発揮するメカニズムが示唆されました。

まず、骨盤内臓の基本的な解剖として、直腸の位置を確認してみたいと思います。
このような形で男性の骨盤部を左から見てみます。
骨盤の骨ははずしてあって、内臓が見えるようにしてあります。

骨盤腔には、この辺りに尿器系の臓器(膀胱や尿道など)、消化器系の臓器(直腸など)が収まっています。
位置関係としては、このように膀胱と尿道が前に、そして直腸が後ろに、というように前後に配置されているんですね。

骨盤の下の方は排尿や排便のための出口になってますから、骨の構造としてはぽっかりと出口が開いているわけです。
しかし、私たちヒトは直立二足歩行であるため、何もないとこれらの臓器がその重さで落ちてしまいます。
ですから、このように筋肉が骨盤の底をつくって、内臓を支えています。
この筋が骨盤底筋です。

このような基本構造がありまして、その上で今回の研究で注目したのはここです。
直腸の前方の領域に今回の研究では注目しました。

では、なぜ直腸の前方に着目したのか。
なぜこの領域が重要なのか。
それは直腸癌の手術において、この領域がキモとなる場所だからです。

例えば、直腸の比較的下の方、この辺りに癌が見つかったとします。
手術で切除してくるとなった時には、癌のある場所の前後で腸管を切り取ってくるということになります。
手術法としていくつか種類があるわけですが、ざっくり言うとこの直腸の前側を切り、後ろ側を切り、左右も切り、そしてこの腸管の上下を切って、癌を含めたこのあたりの腸管を丸ごとをとってくるということになります。

というように腸管の前後左右を切離してくるわけですが、その中でもこの直腸の前方の切離というのが手術の難所だと言われているんです。
特に男性の手術において、ここの切離が難所となります。
それはなぜか。

男性の場合、直腸のすぐ前に尿道があるんですよね。なので癌の周りをしっかりと広めに取ろうと前に切り込みすぎると尿道損傷を起こしてしまう。
しかし尿道損傷を恐れるあまり切離ラインが後ろに行き過ぎると直腸にある癌を十分な余白を持って取りきれなくなる恐れがある、というわけです。

だからこそこの直腸の前方が解剖学的にどのような構造になっているかわかれば、何を基準にどのような操作で切離を進めるのがベストなのか、そういった手術戦略を構築するベースになるだろうというわけです。

しかし、この直腸前方に何があるのか。
解剖学の教科書を辿ってみてもわかりません。
ここに何があるのが書かれてないんですね。
この解剖学アプリでもここは全くの空白地帯になっていますよね。
過去の研究論文でもこの部分の解剖学的構造に関する報告はこれまでほとんどありませんでした。

ここで一つだけ、筋の種類について確認をさせてください。
筋の種類というのは組織学的な特徴から横紋筋か平滑筋かに分類されます。
横紋筋からなる筋は大きく分けて2種類あり、体幹や四肢を構成する骨格筋と心臓を構成する心筋があります。
今回はこちらの骨格筋と平滑筋をあらかじめおさえていただきたいです。

骨格筋は体壁を構成したり四肢の運動を担うのに対し、平滑筋は内臓の壁をつくったり腺の分泌を担います。
どちらも筋は筋なのですが、それぞれ身体のどこに分布しているかや、その役割、特徴が違うんですね。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、研究の内容に行きましょう。
こちらの図は男性の骨盤を左から見たイラストになります。
骨を外したり骨盤底筋も一部除去してあり、直腸や前立腺、尿道の断面が見えるようになっています。

ここに日本語を重ねてみます。
まずこちらが直腸ですね。
そして肛門管へと続いている。
このラインが直腸の壁の部分になります。
では直腸の前方に何があるのか。

この領域、この研究ではここに平滑筋があることが分かりました。
これです、これが平滑筋。
「平滑筋って内臓の壁を作ってるんじゃないの?」
と、一つ前のスライドの内容からはそう思いますよね。
そう、ここは直腸と尿道の間の領域、つまり内臓と内臓の間のスペースなのですが、そこになぜか平滑筋がある。
しかもそれなりのボリュームでドーンと存在しているということなんです。
不思議ですね。
しかも、この平滑筋はコンパクトに塊を作っ
ているわけでもなくて、四方八方に三次元的に広がっているような形をしているんです。

で、そこに平滑筋があるとしたらじゃあ何て呼べばいいのか。
「これに名前は付いていないのか?」って思いますよね。
この直腸前方の平滑筋構造は、四方八方に三次元的に広がっているわけですが、実はその部分部分についてはこれまで過去にも個別に報告があったんです。

例えば、この部分にこういう平滑筋がありました、これを直腸尿道筋と呼びます、だとか。
この部分にこういう組織がありました、これをHiatal ligamentと呼びましょう、とか。
これまで個別にバラバラに報告はされてきたんです。

ただ今回の研究ではこれらが個別独立したバラバラの構造ではなくて、全部平滑筋、連続した一連の平滑筋構造だということを示しました。
つまり従来の報告というのはこの一連の平滑筋構造の部分部分を、パーツパーツをそれぞで報告していたということになります。
でも実は、それは全部一連の一体の構造なんですよ、ということなんです。

さて、直腸の前方に三次元的に広がる一連の平滑筋構造があるということが分かりました。
すると次のような疑問が湧いてきます。
この平滑筋構造は一体何者なのか、どこから来ているのか。
また、この平滑筋はどのような働きをしているのか、すなわちどのような機能的意義があるのか。
それぞれ少しだけ見ていきましょう。

まず、直腸の前方にあるこの平滑筋というのは一体何者なのか。
この平滑筋は直腸の壁を作っている平滑筋が前方に延び出したものです。
直腸の壁は縦に走る平滑筋である縦走筋や、横方向に、つまり腸管の管をぐるっと囲むように走る平滑筋である輪走筋が壁を作っているんですね。

しかし直腸の前方においてはこの壁を作っている平滑筋が腸管の壁を作るだけでなく周囲に伸びだし、三次元的に広がっているということなんです。
これがこの平滑筋の正体なんですね。
直腸の発生過程を調べた別の研究で、発生8から9週に直腸の周りに平滑筋細胞が広がっていくという報告もあります。
直腸周囲というのはその発生過程で平滑筋が腸管の周囲に伸び出すという、そういった特殊性を持つんですね。
その中でも直腸の前方というのは、この平滑筋の延長構造のボリュームが大きく、それが三次元的に広がっている、かなり特徴的な領域なんです。

次に、この平滑筋はどのような働きをしているのか。
どのような機能的意義があるのか。
この平滑筋は横方向に広がって、骨盤底筋の一つである肛門挙筋という骨格筋に直接付着しているです。
こちらは前額断面の模式図になりますが、この部分で平滑筋と骨格筋が直接付着している。
しかも、挟み込むように付着していることにご注目ください。
これが何を意味するのか。

体のほとんどの部位では、体壁を構成したり四肢の運動を担う骨格筋と、内臓の平滑筋は別々に存在しています。
しかしこの骨盤領域の直腸の周囲においては、骨盤壁を構成する骨格筋と内臓壁すなわち腸管壁から延び出した平滑筋が直接、ダイレクトに付着しているんです。

ということは、この部分では骨格筋の運動が内臓に直接影響を与えると考えられますし、逆にこれら平滑筋の収縮が骨格筋の形や角度を微調整しているとも考えられます。
これにより、骨盤底支持や排尿排便機能において骨格筋と平滑筋が動的に協調しながら機能発揮するメカニズムが示唆されました。

おそらく、体壁すなわち骨盤底の骨格筋と内臓の平滑筋が空間的に近接するこの骨盤底領域だからこそ、このような特殊な構造になっているのだと思われます。

さて、この直腸前方の領域の解剖学的構造というのは直腸癌の手術の観点から臨床的に重要なのでした。
この論文の研究結果を受けて大腸肛門外科医 のT先生はこのようなことをおっしゃっていました。
「”指で引っ掛けて切る”の時代は終わった」
どういうことか。

従来の直視下手術では、この直腸を前方の領域というのは骨盤の奥深くで視野も悪く、その組織学的な性状などはほとんど見えません。
ですから、ほぼ外科医の手の感覚頼りで、いわば指で引っ掛けて確認して切ってきた、ということなんです。
しかし現在の、そしてこれからの内視鏡手術、ロボット手術の時代には4Kもしかは8Kの高精細内視鏡カメラによってこのような平滑筋構造の組織学的性状のかなりの部分を視認することができます。
なので、今回ご紹介した研究で明らかになったような微細な解剖学的知見をベースとして平滑筋の線維をしっかりと高精細カメラで認識しながら、合理的な切離ラインを決定していく時代だ、ということをおっしゃっているわけです。

これからの新しい時代の外科手術に基礎医学、解剖学研究の立場から貢献していければと思います。

まとめです。
今回ご紹介したのは男性の直腸の前方の構造を調べた研究でした。
平滑筋が腸管の壁を作るだけでなく、周囲に延び出し、特に直腸の前方の領域に三次元的に広がっているということが明らかとなりました。
この研究により骨盤底支持や排尿排便機能において骨格筋と平滑筋が動的に協調しながら機能を発揮するメカニズムが示唆されました。

こちらの論文はオープンアクセスとなっておりまして、どなたでも無料でダウンロードが可能です。
こちらのリンクから是非ダウンロードしてみてください👇
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ca.23713

ということで、直腸の前方にある平滑筋構造に関する研究論文をご紹介しました。

動画はこちら👇

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